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第四章 準々決勝
その4 敗北は僅差に
しおりを挟むタベルトさんの料理は盛り塩に似ていた。
その形は山状になったかまぼこだ。
下には揚げた皮が敷かれている。
あの油鍋はこれを作っていたのか。
「さあ、タベルト選手! この料理のお名前は?」
「これは『手作りかまぼこ富士山盛り』ちゅうんよ」
「確かに、富士山に似ています。白い山肌と黒と茶の大地、これも見事な盛り付けだー! ではさっそく試食に移りましょー!」
「これ、まだ温かいわ!」
「さっきのとは違うね。さっき以上に魚の味が感じられるね」
「いや、こっちも美味しい、うーん甲乙つけがたいぞ」
「手作りかまぼこがこんなに美味しいなんて知らなかったわ! どっちもステキ!」
俺も早速『手作りかまぼこ富士山盛り』を口にする。
審査員の言葉通り、かまぼこはまだ温かった。
そこからは舌平目の濃厚な旨み、いや濃厚というか淡泊だが濃厚な、うーんややこしい。
味はしっかりしているのだが、濃いわけではない、濃さは揚げた皮が補っている。
パリパリとした食感と油と薄い塩味が美味しい。
うん、こういう分かりやすい味ではないが、かまぼこは確かに美味しいのだ。
「なあ、さっき分けてやったさかい、今度はお返しするのが筋やない?」
「そうだな、おひとつどうぞ」
「拙者も頂くぞ」
俺の皿からかまぼこが二盛り消えた。
部長の皿からも一盛り消えている。
ミンナトさんが食べたのだろう。
「あいかわらず、タベルトはんのかまぼこはええ味や、せやけど……」
「そうね、勝ったとは断言し切れないわ」
ツクルトさんとミンナトさんが言う。
俺も同感だ、師匠も同じ感想だろう。
実は俺は知っている、かまぼこは作り立ての温かいのが一番美味い。
だが、蘭子の料理は煮凝りを加えるため、冷やさなくてはならなかった。
ここは欠点だ。
だが、蘭子は気づいていないかもしれないが、元々のお菓子のシベリアは冷蔵庫が無い時代でも羊羹のひんやりとした食感が人気だったのだ。
そういう意味では富士山盛りよりも盛りのセンスは良いと言える。
問題は第一次欲求に基づく所だ。
「それでは採点です!」
司会の合図で50名の一般審査員と10名の特別審査員が採点ボタンを押す。
「出ました! 蘭子選手99点! タベルト選手100点! これはハイレベルな戦い! だが、僅差で勝利したのはタベルト選手でしたー! 大会初の満点です!!」
負けた。
「では、唯一、蘭子選手に4点を入れた特別審査員の方にお話しを伺ってみましょう!」
その特別審査員は俺が目を付けていた審査員だ。
机にスポーツドリンクが置いてある審査員だ。
「いや、どっちも美味しかったよ。だけど、ほんのちょっと蘭子選手のかまぼこは塩っ気が強い気がしたんだ」
「へっ? ちょうどよかったけど!?」
隣の審査員が異論を出す。
「ほんのちょっとっだよ、ほんーのちょっと。俺の好みのレベルと言っていい。だけど、それが勝負の決め手になるとは、少し心苦しいな」
蘭子に満点を出さなかった審査員は、理由がわずかであった事と、自分の好みであった事を強調する。
だが、俺も師匠も気づいている、その理由にはちゃんと背景がある事を。
この炎天下では審査員は汗をかく、水分も補給する。
その補給にあの審査員はスポーツドリンクを飲んでいたのだ。
結果、汗で失われる塩分が補われる。
人の味覚は体調に左右される、塩分が失われている時に、塩っ気が強い物は美味しく感じ、塩分が十分であれば塩辛く感じるだろう。
蘭子の味付けはいつもの通りだった。
つまり、俺の中では少し濃い味付けだ。
塩分が失われた身体ならば、それがちょうど良く感じるだろう。
夏場の会場を意識した味だ。
だが、塩分が満たされていれば、塩辛く感じてしまう。
これが、あの審査員に該当してしまったのだ。
「これは名勝負! 準々決勝の第一試合の1セット目を飾るに相応しい試合でした! お二人に拍手を!」
パチパチパチ!
会場からの拍手を背にふたりは俺たちの下へ戻ってきた。
「ごめーん、負けちゃった~」
「蘭子ちゃんは悪くないわ、ほんのちょっと運が悪かっただけよ」
「そうね、正直、勝てた理由がわからんとよ。最初にイロモノ系と言ってごめんなさいね」
タベルトさんが蘭子に握手を求める。
「こっちこそ、くつぞこのかまぼこなんて初めて作ったよ~、上手く出来てよかった~、負けたのは残念だけど」
そう言って、二人は手を握り合った。
「ちょ、ちょい待ち、あなた試作も無しにあれを作ったっていうの!?」
タベルトさんが驚愕する。
当たり前だ、普通は料理何度か試作して材料の配分のバランスを決めるのだ。
それを、行き当たりばったりで作れるのは至難なのだ。
「んーと、鱈とカマスでの手作りかまぼこはあるけど、くつぞこは初めてかな。でも、舌平目は何度か食べた事あるよ~」
「そ、そう、大したものね。あなたとは次は敵ではなく、味方として戦いたいわ」
そう言って、二人は再び手を握り合う。
さて、次は俺か。
俺は席を立つ。
「なあ、あんたはん、さっきの賭けは忘れておらんよね?」
あー忘れたかった。
「忘れてなどおらぬさ。俺は先攻で『テーマ』を選ぶ」
俺は断言した。
「いい気にならないでよ、彼女は我々三人の中でも最も小物」
部長が悪役っぽいセリフを吐く。
俺もそれに続く。
「魚対決ごときで敗れるとは三きょ……、三巨頭の恥さらしよ!」
あぶねぇ! 巨乳って言いそうになった。
ありがとう冥王様の配下! 何とかごまかせたよ!
だって、ツクルトさんのおっぱいも負けずに大きいんだもの。
おっぱい対抗心を燃やしたくもなるわ!
「陸、勝ちなさい。私はあなたの勝ちに賭けるわ」
部長は今度はミンナトさんと賭けをするのだろう。
きっと、俺が勝てば部長が有利になるような条件で。
俺たちの勝利には俺と部長が勝たなくてはならない。
あー、プレッシャーで胃が痛い。
痛む胃をさすりながら、俺とツクルトさんはステージに向かう。
「ねぇ、賭けってなぁに?」
俺の背から蘭子の無邪気な問いが聞こえる。
部長と会話しているようだ。
きっと驚くだろうな、俺の勝負に己の貞操が掛かっているいる事を知ると。
「えっ!? あたしたちが勝てば、りっくんと酒池肉林で一番搾りなの!! りっくんはそのために頑張ってるの!?」
どうしてそうなる!?
「なぁ、あんまり言いたくないんやが、あんたのお仲間って……」
「み、皆まで聞くな、勝負に私情は禁物だぞ!」
「せ、せやな、いい勝負をしような。お楽しみはこれからやで!」
どうして俺の回りの女性はこんなんなのだろう。
俺好みの楚々とした女の子はいないのだろうか。
桃闇はいつもそこにあるってか。
いや、それは忘れて、勝負に集中だ。
ツクルトさんは自分に有利な賭けをしたつもりだろうが、それは俺の想定内だ。
俺は元から『テーマ』で勝負するつもりだったのさ。
これから、俺の作戦におののくがいい!
上手くいくといいなぁ。
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