地球よいとこ たまにはおいで

相田 彩太

文字の大きさ
19 / 29
第十二話 ロスト・サムライ(全五部)

その1

しおりを挟む

 「鍋山なべやま 戌久いぬひささんですね」
 「いかにも元肥前藩、士族、戌久である」
 儂は胸を張り、尊厳と誇りを持って来訪者の問いに応える。
 これがもはや虚構であり、虚勢とも受け取られかねない事は分かっている。
 だが、それでも先祖代々の鍋山の名をけがすことはできない。
 たとえ、この身を売る事になっても。
 「お仕事をお探しだそうで、それもかなりの大金を」
 そう、儂には金が必要だ。
 維新が成って四十年、士族の商法と呼ばれながらも南蛮、いや欧州への輸出入を生業として事業を立ち上げ、茶や生糸や蒔絵には言うに及ばず、狸をはじめとする鳥獣、ついには蝸牛を喰らう虫までにも手を出し、軌道に乗せた。
 十年前には息子に家督を継がせ、還暦を迎えた時、儂の成すべき事は終わった。
 後悔はある、心残りもある、だが全て過去の物だ。
 このまま楽隠居を決め込もうかと思い始めた時に、それは起こった。
 孫が病に倒れたのだ。
 治療には欧州から薬だけでなく、医者を招聘しょうへいせねばならぬ。多額の金を払って。
 倒れた孫は次男坊である。
 跡継ぎではない事を幸いと陰口をたたく者もおる。
 商売が傾く程の金を払うべきではないと言う者もおる。
 本人は元服も済ませておらぬ十の齢ながらも、家の為に身を捧げると言いおる。
 愚としか言いようがない。
 弱体化した大清国を打ち倒し、露西亜の侵略を退け、列強の末席を目指そうとしている我が国に優秀な男子おのこは必要不可欠である。
 これから十年の間に大清国を喰いものにしようと列強が争うであろう。
 その時こそ、この国が躍進する。
 だから、儂は孫を助けると決めた。
 鍋山の苗字はご先祖様が武功を上げ、鍋島様より一字を賜った物である。
 戌の文字は伝統ある茂の文字の一部から成っているものである。
 儂の忠誠は全て殿に捧げ、この度も鍋島様は英国の医者の手配に尽力頂いた。
 後は金子だけである。
 そして、出入りしている欧州の商人より金策の目途も立った。
 日本語がやけに上手い金髪の商人である。
 代償はこの身、この心のみである。
 つまり、儂の忠誠までも捧げ、新たな主に仕えよという事だ。
 儂は迷った。
 儂の忠誠は鍋島様、ひいてはこの日の本に捧げているのである。
 命を捧げよというのであれば儂は二つ返事で腹を決めたであろう。
 だが、列強の王や爵位を持つ者に仕えたとなれば、戦場で日の本の男子おのこと合いまみえる事もあろう。
 その時、儂は戦う事は出来ぬ。
 そんな儂の声に商人は笑いながら言った。
 「そんな事は決して起きないし、起きたなら寝返っても良い」と。
 破格の条件である。
 だが、商人はこうも言った。
 「ただし、二度と家族や友人には会えず、参られる墓も建てられず、孤独のまま死を迎えるでしょう」と。
 些事さじである。
 儂の友は北の果てで死を迎えた。死体も残らず、跡継ぎの消えた家は断絶した。
 それに比べれば儂は優秀な息子と、未来のある孫を救う事も出来る。儂の逝く末など些末さまつな事だ。
 「最後に確認です。あなたは新たな主に仕え、その下で命を真っ当する事を誓いますか」
 「無論である。この命、全てを以って仕えまする」
 商人はにこりと笑うと、懐より金を差し出した。
 儂はその金を息子に渡し、新たな仕官を得て、外国に旅立つ事を告げた。二度と戻らぬとも。
 儂は廃刀令より蔵にしまってあった大小と、少々の荷物を行李こうりに詰めて旅立った。
 旅程で学んだ事は言語である。
 儂は列強の言葉には自信があった。維新前は阿蘭陀オランダ語と英語を学び、商売をするようになってからは仏蘭西フランス語と独逸ドイツ語も少々かじった。
 だが、商人が教えた言語は全く別の言葉であった。
 片言であるが、その言葉を嗜んだ時、旅路は終わった。
 たどり着いたのは異国である。
 噂でしか聞いた事のない、米国で発明されたという自動車、動く石畳、自動開閉扉、全てが文明国であった。
 そして儂は商人に連れられて新たな主の前に引き合わせられる。
 「ブラン帝国、第一皇女、ブラウ・ブロイ・ブルベンデルグ・ブランである。面を上げい」
 儂は商人との打ち合わせ通り、顔を上げる。
 「ブラウ皇女様、銀河連盟所属、銀河周辺管理官、ビクターにございます。この度はお目通り頂き誠にありがとうございます。本日は太陽系第三惑星地球の珍しい原生生物『侍』をお持ちしました。親睦の証としてお受け取り下さい」
 「なべしま いぬひさデス。スベテをアナタにササゲます。カワイガッテくださいネ」
 儂は商人に教えられた通り、異国の言葉で、異国の礼儀作法に則って挨拶をした。
 
 
 儂の任務は姫の護衛兼遊び相手である。
 儂の日課は決められた時刻に姫の起床を促し、姫がお望みとあらば、姫を背や肩に乗せ城の中を駆けまわる事だ。
 無論、不埒な輩や間者の気配を感じれば「アヤシイヒト、アヤシイヒト!」と叫ぶ。
 見事に悪漢を発見した時は姫のお付きの者よりお褒めの言葉を賜るのだ。
 待遇も悪くない。
 綿の布団に数日に一回の入浴、支給される舶来の着物は清潔で染みひとつない。
 ただ、食事だけは難儀している。
 穀物を豆の形に固めた物で干飯を思わせるのだが、味は薄く、変化がない。
 だが、箸を使って食べると姫様が褒めてくれる所は良い。
 この国の文明は日本より遥かに発展しているが、それ故の弊害も見えて来る。
 特にこの国の住人は足腰が弱く、体力に乏しい。
 動く石畳で毎日移動していれば、さもありなんと思う所だが、この城の住人はみな貴人なのだろう。
 鍛錬が足りんと言いたい所だが、儂は未だこの国の言葉に慣れておらず、上手く伝える事が出来ぬ。
 「アルコウ、ハシロウ」と言えば、城の中庭に出してくれる事もあるが、駆けまわるのは儂だけである。
 それでも姫が笑ってくれるので儂は満足なのだ。
-----------------------------------------------------------------------------
 タイトルは「ラスト・サムライ」と「ロスト・プラネット」の融合ですね。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...