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第十二話 ロスト・サムライ(全五部)
その1
しおりを挟む「鍋山 戌久さんですね」
「いかにも元肥前藩、士族、戌久である」
儂は胸を張り、尊厳と誇りを持って来訪者の問いに応える。
これがもはや虚構であり、虚勢とも受け取られかねない事は分かっている。
だが、それでも先祖代々の鍋山の名を穢すことはできない。
たとえ、この身を売る事になっても。
「お仕事をお探しだそうで、それもかなりの大金を」
そう、儂には金が必要だ。
維新が成って四十年、士族の商法と呼ばれながらも南蛮、いや欧州への輸出入を生業として事業を立ち上げ、茶や生糸や蒔絵には言うに及ばず、狸をはじめとする鳥獣、ついには蝸牛を喰らう虫までにも手を出し、軌道に乗せた。
十年前には息子に家督を継がせ、還暦を迎えた時、儂の成すべき事は終わった。
後悔はある、心残りもある、だが全て過去の物だ。
このまま楽隠居を決め込もうかと思い始めた時に、それは起こった。
孫が病に倒れたのだ。
治療には欧州から薬だけでなく、医者を招聘せねばならぬ。多額の金を払って。
倒れた孫は次男坊である。
跡継ぎではない事を幸いと陰口をたたく者もおる。
商売が傾く程の金を払うべきではないと言う者もおる。
本人は元服も済ませておらぬ十の齢ながらも、家の為に身を捧げると言いおる。
愚としか言いようがない。
弱体化した大清国を打ち倒し、露西亜の侵略を退け、列強の末席を目指そうとしている我が国に優秀な男子は必要不可欠である。
これから十年の間に大清国を喰いものにしようと列強が争うであろう。
その時こそ、この国が躍進する。
だから、儂は孫を助けると決めた。
鍋山の苗字はご先祖様が武功を上げ、鍋島様より一字を賜った物である。
戌の文字は伝統ある茂の文字の一部から成っているものである。
儂の忠誠は全て殿に捧げ、この度も鍋島様は英国の医者の手配に尽力頂いた。
後は金子だけである。
そして、出入りしている欧州の商人より金策の目途も立った。
日本語がやけに上手い金髪の商人である。
代償はこの身、この心のみである。
つまり、儂の忠誠までも捧げ、新たな主に仕えよという事だ。
儂は迷った。
儂の忠誠は鍋島様、ひいてはこの日の本に捧げているのである。
命を捧げよというのであれば儂は二つ返事で腹を決めたであろう。
だが、列強の王や爵位を持つ者に仕えたとなれば、戦場で日の本の男子と合いまみえる事もあろう。
その時、儂は戦う事は出来ぬ。
そんな儂の声に商人は笑いながら言った。
「そんな事は決して起きないし、起きたなら寝返っても良い」と。
破格の条件である。
だが、商人はこうも言った。
「ただし、二度と家族や友人には会えず、参られる墓も建てられず、孤独のまま死を迎えるでしょう」と。
些事である。
儂の友は北の果てで死を迎えた。死体も残らず、跡継ぎの消えた家は断絶した。
それに比べれば儂は優秀な息子と、未来のある孫を救う事も出来る。儂の逝く末など些末な事だ。
「最後に確認です。あなたは新たな主に仕え、その下で命を真っ当する事を誓いますか」
「無論である。この命、全てを以って仕えまする」
商人はにこりと笑うと、懐より金を差し出した。
儂はその金を息子に渡し、新たな仕官を得て、外国に旅立つ事を告げた。二度と戻らぬとも。
儂は廃刀令より蔵にしまってあった大小と、少々の荷物を行李に詰めて旅立った。
旅程で学んだ事は言語である。
儂は列強の言葉には自信があった。維新前は阿蘭陀語と英語を学び、商売をするようになってからは仏蘭西語と独逸語も少々齧った。
だが、商人が教えた言語は全く別の言葉であった。
片言であるが、その言葉を嗜んだ時、旅路は終わった。
たどり着いたのは異国である。
噂でしか聞いた事のない、米国で発明されたという自動車、動く石畳、自動開閉扉、全てが文明国であった。
そして儂は商人に連れられて新たな主の前に引き合わせられる。
「ブラン帝国、第一皇女、ブラウ・ブロイ・ブルベンデルグ・ブランである。面を上げい」
儂は商人との打ち合わせ通り、顔を上げる。
「ブラウ皇女様、銀河連盟所属、銀河周辺管理官、ビクターにございます。この度はお目通り頂き誠にありがとうございます。本日は太陽系第三惑星地球の珍しい原生生物『侍』をお持ちしました。親睦の証としてお受け取り下さい」
「なべしま いぬひさデス。スベテをアナタにササゲます。カワイガッテくださいネ」
儂は商人に教えられた通り、異国の言葉で、異国の礼儀作法に則って挨拶をした。
儂の任務は姫の護衛兼遊び相手である。
儂の日課は決められた時刻に姫の起床を促し、姫がお望みとあらば、姫を背や肩に乗せ城の中を駆けまわる事だ。
無論、不埒な輩や間者の気配を感じれば「アヤシイヒト、アヤシイヒト!」と叫ぶ。
見事に悪漢を発見した時は姫のお付きの者よりお褒めの言葉を賜るのだ。
待遇も悪くない。
綿の布団に数日に一回の入浴、支給される舶来の着物は清潔で染みひとつない。
ただ、食事だけは難儀している。
穀物を豆の形に固めた物で干飯を思わせるのだが、味は薄く、変化がない。
だが、箸を使って食べると姫様が褒めてくれる所は良い。
この国の文明は日本より遥かに発展しているが、それ故の弊害も見えて来る。
特にこの国の住人は足腰が弱く、体力に乏しい。
動く石畳で毎日移動していれば、さもありなんと思う所だが、この城の住人はみな貴人なのだろう。
鍛錬が足りんと言いたい所だが、儂は未だこの国の言葉に慣れておらず、上手く伝える事が出来ぬ。
「アルコウ、ハシロウ」と言えば、城の中庭に出してくれる事もあるが、駆けまわるのは儂だけである。
それでも姫が笑ってくれるので儂は満足なのだ。
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タイトルは「ラスト・サムライ」と「ロスト・プラネット」の融合ですね。
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