祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

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第3章 夢よもういちど

3-32.第21の願い 逸果 実

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 神の”祝福”によってもたらされた約束強制。
 それにマリアは必死に抵抗していた。
 神に仕える彼女にとって誰かを殺す願いは耐えがたいもの。
 しかし、自分の意志とは関係なく彼女の頭にはエゴルトの命令が浮かんでくる。

「しゅ……、よっ……」

 マリアは血がしたたる己の手で顔を殴りつける。
 痛みで一瞬、思考が飛ぶ。
 だが、それも時間稼ぎにしかならない。

「ミツコさん」

 彼女の手が隣の蜜子の服をつかむ。

「がんばってくださいマリアさん! あんなやつの命令に負けちゃだめ!」

 マリアの肩をガシッとつかみ蜜子が呼びかける。
 だが、マリアはその手をそっと持ち上げると、自分の首へといざなった。

「マリアさん……、なにを」
「このまま、締めて下さい。”祝福”を誰かを殺すために使うなんてあってはならないのです」
「なに言ってるんですか!? 死んだら”祝福”はエゴルトの手に渡ってしまうんですよ!?」
「それでも……、この手で殺めるよりはましです。そんなことをすれば主に顔向けできません」

 蜜子は迷った。
 殺したくはない、でも気絶させるだけなら!?
 そうすれば命令は遅延するかもしれない。
 蜜子の目に覚悟の炎が灯る。
 しかし、それを見逃すエゴルトではなかった。
 
「彼女に死なれては困るな」

 エゴルトは倒れている部下の懐から銃を抜き取ると、それを蜜子へと向ける。
 パンッと銃口が火を噴いた時、その射線に割って入る影があった。
 胸に弾を受け、吹き飛ぶように凛悟は蜜子の下へ転がる。
 
「センパイ!!」
「ぶ、無事だったか……、よかった」
「センパイ、あたしどうしたら、どうしたら、どうすればいいんですか!? この最後の”祝福”をどう使えばいいんですか!?」

 もうその手はマリアの首から離れていた。
 ”祝福”の宿る左手で血が溢れる凛悟の胸を押えながら蜜子は訴える。

「蜜子、お前は知っているはずだ。ここで願うべきことを」

 とうの昔に”祝福”が消え去った左手を彼女の左手に添えながら凛悟は言う。

「無駄だよ凛悟君。彼女は僕と約束をしている。僕のため以外に”祝福”は使えない」
「そうです。今、センパイの傷を治そうとしたけどダメでした。頭にロックがかかったみたいに思考が止まっちゃうんです」

 涙がポロポロと凛悟の顔に落ちる。

「思い出せ、今の俺達は超絶ピンチだ。エゴルトは邪悪な男だ。このままでは世界がヤツに支配されてしまう。思い出せ。あの日の誓いを」
「わかりません! わかりません! わかりません!」

 涙は勢いを増し、血を洗い流さんとばかりに凛悟に降りそそぐ。
 その源を凛悟はそっとぬぐった。

「だいじょうぶ。蜜子はいつでも正しい。君の想いが世界を救うんだ」

 ほんの数秒の出来事だった。
 みのりにとっては目の前で行われているメロドラマなど興味がなかった。
 エゴルトがマリアに命じた『この女を殺し尽くせ』という願い。
 あの女がその命令に抵抗している間に逆転の手を考えなくてはならない。
 エゴルトを倒す方法は彼自身による自滅のみ。
 彼女の頭の中を数十万のATMファンから搾取した知能と知性が駆け巡る。
 切り札は一枚、これで逆転出来る手を。
 そして、彼女は見つけた。
 文字通りの禁じ手ジョーカーを。
 マリアが叫ぶ、彼女を指差して。

「あ……、あ、あの女を殺しつくせ」
「エゴルト! 最後にやらかしたわね! これでアンタも終わりよ! あたしのATMファンはここにもいるのよ!」

 テーブルの影で震えている男、ビジョー・スターガスキー。
 彼はエゴルトが集めた”祝福者”のひとり。
 それが彼女の切り札。
 彼は彼女の搾取の対象たるATMファンだった。
 
「ビジョーの配偶者たる逸果みのり みのりが願う! 前の願いの対象を花畑蜜子へ!」

 このままでは自分は死ぬ。
 彼女の目的は蜜子の”祝福”をエゴルトに奪わせること。
 そうすればエゴルトは死に、彼のふたつの”祝福”はどこかの誰かに移る。
 自分もビジョーの”祝福”を奪ったことで死ぬかもしれない。
 だけど、このまま殺されるよりはマシ。
 それに自分なら一度死んでもATMファンの命で生き返るかもしれない。
 ただ、彼女は間違えていた。
 逆転の前提条件を間違えていた。
 彼女が見た”本”のページ、

 第15の願い ケビン・フリーマン
 ── ほかのひとの”しゅくふく”をうばうわるいやつはしんじゃえ ──

 このページはエゴルトに偽造されたページであり、またエゴルトの願いは”奪う”ことに該当しないことを。
 そして、彼女の叫びとほぼ同時に、蜜子の願いも神へと届けられていた。
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