祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

文字の大きさ
88 / 100
第3章 夢よもういちど

3-35.奇跡の意味 エゴルト・エボルト、鈴成 凛悟

しおりを挟む
 頭が痛い、吐き気と眩暈めまいもする。
 視界が真っ赤なのは目からの出血か。
 どうしてこうなった、何もかも最悪だ。
 特に最悪なのは……、僕が今、見下ろされていることだ!
 今にも気を失いそうな中、プライドだけを頼りにエゴルトは意識を保つ。
 
「どういうことだ? なにが起きた?」
「アンタは負けたんだよ。俺に、俺たちに」

 凛悟の傷は浅くない、弾は胸を貫通しているが、ゼイゼイゴボコボという呼吸音は肺に血が溜まっていることを示していた。

「アンタは禁じられた願いを願おうとした。だから罰を受けたんだ。第4の願いのな」

 凛悟は半ば足を引きずるようにエゴルトに近づくと、床に落ちた”本”を拾いページを広げる。
 そこには第4の願いが、誰かの死を願うと逆に死んでしまう願いが記されていた。

「そんなはずはない! だったらなぜ彼女は生きている!」

 誰かの死を願ったら死ぬのなら、先にみのりの殺す願いを唱えたマリアも死ぬはず。
 僕はそのために検証したのだ、ならないように。
 マリアが願った後、死を願ったらペナルティが起きるような願いは願われていない。
 マリアの後に願われたのはみのりの対象を蜜子に移す願いと……。

「……まさか、これが奇跡だというのか!?」

 だとしたら理不尽だ。
 怒りの感情がエゴルトに湧き、流れ落ちる血が勢いを増す。

「違うな。アンタを倒すのに蜜子が願った奇跡なんて必要ない。俺と藤堂だけで十分さ」
「あいつが何かしたというのか!? 金で部下を買収して毒でも盛ったというのか!?」

 このパーティが始まった時点では”どんな事件や事故でも傷つかない”という願いはまだ叶えられていなかった。
 その前に毒でも盛られ、たまたまこのタイミングで効いたのか。
 いや、それでも事件には変わりない。
 それでは僕は傷つかないなはずだ。
 クソッ! 苦痛で頭が働かない!

「正解を教えてやるぜ。まずは俺の願いの秘密からだ」
「キサマの願いはその”本”じゃないのか?」
「”本”さ。この”本”は祝福ゲームにおいてとても重要だ。俺にとっても他の”祝福者”にとっても。だから仕掛けをしておいた」
「キサマが死ぬと”本”も消滅するというやつだろ。それがなんだというのだ!」

 余裕ぶった態度も、CEOという地位にふさわしい振る舞いもかなぐり捨ててエゴルトは叫ぶ。

「おっと、そこは”たいしたものだ”って返すとこかな。いいか、よく聞け。俺の願いは、祝福者の情報と叶えられた願いの詳細が自動更新される”本”。ただし……」

 これが決め手だと言わんばかりに凛悟は言葉を溜める。

「”本”の内容を俺は遠隔から認知でき、さらに俺はその内容を遠隔で改竄かいざん出来る」

 その場にいた全員の心が震えた。
 自分たちは踊らされていたのだ、全てはこの男に、鈴成すずなり凛悟りんごの手で。

「正直焦ったぜ、みのりちゃんが俺の”本”に反映されないって付帯事項をつけた時には。だが、それも俺と藤堂のコンビプレイで解決だ。みのりちゃん、さすがにそろそろ気付いたかい。藤堂の心が読めないことに」

 凛悟の言葉にみのりはハッとなる。
 そういえば結婚を宣言したATMファンの心は読めるはず。
 もちろん、みなと藤堂とうどうの心も。
 だけど、いくら頭の中で検索しても、彼の心はどこにも見つからなかった。

「いったいアンタは! アンタたちは何をしたの!」
「それを今から教えてやるよ。第17の願い、藤堂の本当の願いはこの会社を合法的に乗っ取ることじゃない。本当の願いは『この”祝福ゲーム”で最恵国待遇を受けたい』だ」

 周囲が水を打ったように静まり返る。

 ── 最恵国待遇 ──
 それは歴史の中で登場したり、現代でも国同士の経済的条約に用いられるもの。
 日本の歴史でいえば幕末に結ばれた”日米和親条約”が有名。
 どこかの国と条約が結ばれたなら、それと同じく最も有利な待遇が自国にも与えられるというものだ。

「ああ、1時間のディレイの部分は本当だぜ。他にも夢とか歴史改変でも無効にならないという付帯条件もちゃんとつけている」

 こんなものはオマケだけどな、といった態度で凛悟は説明を続ける。
 この作戦が始まった時、凛悟は本当は内心ヒヤヒヤとしていた。
 1時間のディレイの間にみのりに藤堂の記憶を読まれてしまうと、作戦は破綻する。
 そのために凛悟はギリギリまで待っていた。
 藤堂に作戦の詳細を伝えることを。
 エゴルトとみのりの対決が始まって、彼女に藤堂の記憶を読もうとする余裕が無くなるタイミングまで。

「ふ、ふざけんあ! そんなチートな願いがあってたまるか!!」
「そうよ! 願いの総数は絶対に24から増えないはずなんだから!」
 
 最恵国待遇が本当なら、藤堂は今まで叶えられた願いの全てを叶えることが出来る。
 この”祝福ゲーム”において、それは反則だとふたりは訴える。
 だが、それを嘲笑あざわらうかのように凛悟はチッチッチッと指を振る。

「願いの総数は増えていない。最初の25からな」
「25!? なにを言ってるの!? 最初の場にいた”祝福者”は24人のはずよ。あたしは見たし、神もそう言ってたわ!」
「その通りだ。だけどな、俺は、俺だけは知っているのさ。第0の願いがあったことを」

 凛悟が”本”を開いてふたりに見せる。
 そのページは白紙であったが、やがて文字が浮かび上がる。
 第0の願い ── グンマ・ニューデン ──と。

「このページは俺が改竄かいざんして隠していたページだ。グンマさんの願いは過去にタイムリープすること。俺はグンマさんに会って聞いた、今は歴史が変えられた2周目であることを」

 あの日の出来事を凛悟は思い出す。
 そして気付いたことも。

「グンマさんの話では1周目でも”祝福”ゲームは行われていて、同じように進んでいたらしい。だがそうだとすると願いの総数がおかしいということに気付いた。それだと1周目の第1から第12までの願いの分が増えてしまうのではないかと。俺が最初に考えたのは、実は”祝福”の数は25ではなく37ではないかということだ」

 凛悟の説明に聞き入るように”元祝福者”たちは耳を傾ける。

「だが”祝福ゲーム”の制約ルール『願いの総数は決して増えない』は絶対だ。少なくとも”祝福”を使って解除しなければ制約ルールは無くならない。しかし無くなっているなら最初の説明の時にこの制約は通知されないはず。この考えは間違っている」

 流れるように語りけるように凛悟は言葉を紡ぐ。

「そして俺は気付いてしまった。”祝福”は叶える権利だということに。決まった願いを、過去に一度叶えられた願いをもう一度リフレイン叶えるなら総数の制限に引っかからないと。ではないからな」

 エゴルトの顔が歪む、痛みではなく、してやられたという屈辱に。

「これでわかっただろう。同じ願いを繰り替えす”最恵国待遇”は成立する。いや、。あとの種明かしは単純だ。藤堂はもう一度リフレインした。俺の第10の願い、”本”の願いを。そしてみのりちゃんの願いの詳細も知った。藤堂の”本”は俺の”本”じゃないからな。君の願いは結婚相手の命や金や記憶などを一方的に共有すること。一方的だから君のものは共有されない。互いにその願いを叶えたなら、当然互いに記憶は読めなくなる」

 みのりが藤堂の記憶を読めなかった理由、それが凛悟の口から明かされる。

「この会社の買収は第6の願い『1000兆ドル欲しい』で手に入れた資金によるものだ。ここはトレーダーの藤堂の人脈と金を利用させてもらった」

 あの会見は藤堂の伝手つてで仕込んだもの。
 手付金は1億円、発表直前に100億円の報酬を振り込んだらゴーツク・ファンドは目の色を変えて見事に仕事をこなした。

「ここまで説明すればわかっただろ。どうしてマリアが生きていて、アンタが死んでいるのか」
「リンゴ、キサマ、ヤりやがったな。ボクのアクションをヨんでいやがったな」
「俺の最後通牒さいごつうちょうを無視したアンタが悪い。藤堂にも俺の願いをもう一度リフレインした”本”がある。マリアが死を願った時点では第4の願いは夢の出来事として無効になっていた。そのタイミングを見計らって藤堂は第4の願いをもう一度リフレインしたのさ。アンタはもう終わりだ」

 怒りのあまり唇を噛み潰したエゴルトの口からの滝のような血潮が絨毯を染める。

「マだおわっていない! このテのシュクフクがあるカギり!!」
 
 最後の力を振り絞りエゴルトは立ちあがって腕を掲げ、願う。
 この傷を癒せと。

「終わっているんだ……、もう……、アンタは死んでいるんだよ」

 驚愕に目を見開き、エゴルトは手を見る。
 そこには、なにもなかった。
 ”祝福”も、聖痕スティグマも、命も。

「そして! 奇跡は起こる!」

 エゴルトと鏡映しになるように凛悟は手を胸に掲げると、そこに暗い光が灯る。
 2の文字が、失われたはずの聖痕スティグマがそこに現れた。

「カえせ! それあオレのだ」
「ちがうな、これは……、蜜子が俺に託してくれた希望だ!」

 すがるように伸ばされたエゴルトの手を凛悟は振り払う。
 エゴルトの瞳から光が消え、彼はそのまま倒れる。
 その男は、全てを手に入れたはずの男は、血だまりの中で死を迎えた。

 生き残った”祝福者”、鈴成凛悟は肩で息をしながら、その手の聖痕スティグマをじっと見る。
 彼に残された時間も少ない。
 その手に宿った”祝福”は蜻蛉かげろうのようにはかなく、陽炎かげろうのように揺らいでいた。
 ここが最後の機会だとばかりに凛悟は願う、神の座におもむくことを。
 次に目を開けた時、彼は神の座に、明るい闇の中にいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...