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第一章 自由に生きられず
第2話 本気で夢を追えず
しおりを挟む六年前、徹は東京でミュージシャンを目指していた。
作詞作曲、PCを使っての編曲も自分で行なっていた。
ギターの弾き語りでライブを行なっていたが客足は増えなかった。
原因は自分でも分かっている、作詞作曲に定評はあったものの歌が上手くなかったのだ。
その事実に気付いてからはステージに立つ回数も減り、音楽仲間に楽曲提供をする日々を送っていた。
しかし、PCで音源を作る作業は東京じゃなくても出来る。
そう思い、当時バイト先で恋仲だった雪乃との結婚を決め、雪乃の実家がある宮城に引っ越して来たのだった。
子供が出来た今も音楽制作は続けている。
SNSや動画配信サイトに自分で作った楽曲を投稿している。
自慢じゃないが、我ながら多くのフォロワーを獲得し、新曲を投稿するたびに沢山の評価を頂ける。
それが今の徹にとって、唯一の生き甲斐だった。
評価を貰えるのは嬉しい、しかしその先がないことも事実である。
その楽曲がお金を稼ぐわけでもなく、趣味の範囲を抜け出せていなかった。
おそらく雪乃は楽曲制作に勤しむ徹をよく思っていない。
そんなことよりも子育てをしろ、言葉にはしないがそう思っているのが視線で伝わる。
今は趣味と思われても仕方がない、でも絶対に見返してやる!と、雪乃の冷めた視線を感じれば感じるほどに徹は楽曲制作に精を出すのである。
今日も仕事中に浮かんだ歌詞とメロディをトイレの中でスマホのレコーダーに小さく録音していた。
帰宅した今、PCで楽曲を作る必要がある。
曲調は?コードは?使用する楽器は?
頭の中でどんどん曲が作り上げられていく。
一刻も早く頭の中の作品を形にしたい。
帰宅後、徹は家族にバレないように静かに玄関の扉を閉め、自室にあるPCの電源をつけた。
しかしその時、ドンドンドン!!!
自室の扉が激しく叩かれる。
徹はヘッドフォンを外し、ため息をついた。
誰がやって来たかは見当がついている。
「パーパー!!!何でここにいるの!?隠れんぼするよ!!」
やってきたのはやはり灯だ。
「ただいま。ごめん、今パパ仕事中なんだ」
こんな台詞じゃ引き下がってはくれないことは分かっている。
「嫌だ!!隠れんぼする!!パパ、ズルいよ!」
「いや、ズルくはないだろ」
なんとか居座ろうと灯と問答を繰り返すが、引き返す様子は見られない。
「もう!!パパ面倒くさい!!もう遊んであげないからね!」
「お、いいよ。ふーちゃんと遊びなよ」
「もう!パパなんて知らない!!パパなんて、、、ママに言うからね!」
「どうぞどうぞ、ママに言ってきてください」
「もう知らない!!!」
灯は泣きながら階段を降りて行った。
ふぅ、ようやく音楽制作に集中出来る、そう思ってヘッドフォンを耳に当てる。
歌詞とメロディが一緒に思い浮かぶ時は経験上良いものが出来上がる。
ここ最近は仕事と子育てに気を取られ、良い曲が書けなかった。
今回は違う、そんな予感がしている。
「あーもう!!何も出来ない!!」
しかし、ヘッドフォン越しにでも分かる雪乃の怒鳴り声を聞き、徹はそっとヘッドフォンを外す。
明日の仕事は残業になることが分かっている。
だからこの曲は今日のうちにある程度形にしておきたい。
今、下に降りて子供達の相手をしていてはそれが叶わない。
これは良い曲になる、このチャンスと勢いを無駄にするわけにはいかない。
徹は娘達の泣き叫ぶ声と妻の怒鳴り声を掻き消すようにヘッドフォンを耳にかけ、PCの音量を上げた。
楽曲制作ソフトはもう使い慣れたものだ。
最初の頃は説明書もマニュアルも何もないこのソフトに頭を悩ませたものだった。
徹は昔から目的のための努力は惜しまない性格で、一度やると決めたらとことん突き詰めて学習する。
真面目な性格も相まって、どの環境にいても[優秀]という評価を獲得してきた。
今の仕事でも主任としての役職を与えられ、日々奮闘している。
しかし子育てにおいて優秀ではないことは自分でも分かっていた。
優秀ではない、ならまだ良い方だ。
実際は絶望的に子育てが向いていない。
理由としては三点ある。
一つ目は論理的じゃないことが許せない性格であるということ。
二つ目は何一つ忘れることが出来ない性分だということ。
三つ目は優先順位の最上位に野望があるということ。
子供というのは全くもって論理的ではなく、喜怒哀楽が三秒ごとに変化する。
子供と関わっている時、良く出来た親ならば「まだ子供だから、、」と言って許すことが出来るのだろう。
しかし徹にはそれが出来ない。
「何故?」という問いが圧倒的に勝るのだ。
子育て以外の物事では、その「何故?」という問いが問題解決の助けになる。
学びにおいても「何故?」があるから新たに知識を吸収することが出来る。
しかし子供に対して「何故?」と問うのは御法度である。
どれだけ思索しても、答えがないからだ。
いや、あったとしても無意味だからだ。
何故なら三秒前というのは彼女達にとっては、もう過去なのだから。
そうやってごちゃごちゃと頭で考えて疲労を蓄積していき、野望と現実の狭間で力尽きて眠る毎日である。
徹はこんな日々から抜け出したかった。
TVで活躍するアーティストのように、この人生を熱く生きたかった。
限られた時間の中で、一度きりの人生を精一杯生きたい。
自己研鑽とスキルアップを繰り返し、自分の限界を知りたかった。
絶対に良い曲を作ってみせる。
そう心を燃やす徹だったが、やはり心のどこかにある義務感と罪悪感が、胸の炎に水を差すのであった。
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