やはり、父になれず。

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

文字の大きさ
2 / 20
第一章 自由に生きられず

第2話 本気で夢を追えず

しおりを挟む

六年前、徹は東京でミュージシャンを目指していた。
作詞作曲、PCを使っての編曲も自分で行なっていた。

ギターの弾き語りでライブを行なっていたが客足は増えなかった。

原因は自分でも分かっている、作詞作曲に定評はあったものの歌が上手くなかったのだ。

その事実に気付いてからはステージに立つ回数も減り、音楽仲間に楽曲提供をする日々を送っていた。

しかし、PCで音源を作る作業は東京じゃなくても出来る。
そう思い、当時バイト先で恋仲だった雪乃との結婚を決め、雪乃の実家がある宮城に引っ越して来たのだった。

子供が出来た今も音楽制作は続けている。

SNSや動画配信サイトに自分で作った楽曲を投稿している。
自慢じゃないが、我ながら多くのフォロワーを獲得し、新曲を投稿するたびに沢山の評価を頂ける。
それが今の徹にとって、唯一の生き甲斐だった。

評価を貰えるのは嬉しい、しかしその先がないことも事実である。
その楽曲がお金を稼ぐわけでもなく、趣味の範囲を抜け出せていなかった。

おそらく雪乃は楽曲制作に勤しむ徹をよく思っていない。
そんなことよりも子育てをしろ、言葉にはしないがそう思っているのが視線で伝わる。

今は趣味と思われても仕方がない、でも絶対に見返してやる!と、雪乃の冷めた視線を感じれば感じるほどに徹は楽曲制作に精を出すのである。

今日も仕事中に浮かんだ歌詞とメロディをトイレの中でスマホのレコーダーに小さく録音していた。

帰宅した今、PCで楽曲を作る必要がある。
曲調は?コードは?使用する楽器は?
頭の中でどんどん曲が作り上げられていく。

一刻も早く頭の中の作品を形にしたい。

帰宅後、徹は家族にバレないように静かに玄関の扉を閉め、自室にあるPCの電源をつけた。

しかしその時、ドンドンドン!!!
自室の扉が激しく叩かれる。

徹はヘッドフォンを外し、ため息をついた。

誰がやって来たかは見当がついている。

「パーパー!!!何でここにいるの!?隠れんぼするよ!!」

やってきたのはやはり灯だ。

「ただいま。ごめん、今パパ仕事中なんだ」

こんな台詞じゃ引き下がってはくれないことは分かっている。

「嫌だ!!隠れんぼする!!パパ、ズルいよ!」

「いや、ズルくはないだろ」

なんとか居座ろうと灯と問答を繰り返すが、引き返す様子は見られない。

「もう!!パパ面倒くさい!!もう遊んであげないからね!」

「お、いいよ。ふーちゃんと遊びなよ」

「もう!パパなんて知らない!!パパなんて、、、ママに言うからね!」

「どうぞどうぞ、ママに言ってきてください」

「もう知らない!!!」

灯は泣きながら階段を降りて行った。

ふぅ、ようやく音楽制作に集中出来る、そう思ってヘッドフォンを耳に当てる。

歌詞とメロディが一緒に思い浮かぶ時は経験上良いものが出来上がる。

ここ最近は仕事と子育てに気を取られ、良い曲が書けなかった。
今回は違う、そんな予感がしている。

「あーもう!!何も出来ない!!」

しかし、ヘッドフォン越しにでも分かる雪乃の怒鳴り声を聞き、徹はそっとヘッドフォンを外す。

明日の仕事は残業になることが分かっている。
だからこの曲は今日のうちにある程度形にしておきたい。
今、下に降りて子供達の相手をしていてはそれが叶わない。
これは良い曲になる、このチャンスと勢いを無駄にするわけにはいかない。

徹は娘達の泣き叫ぶ声と妻の怒鳴り声を掻き消すようにヘッドフォンを耳にかけ、PCの音量を上げた。

楽曲制作ソフトはもう使い慣れたものだ。
最初の頃は説明書もマニュアルも何もないこのソフトに頭を悩ませたものだった。

徹は昔から目的のための努力は惜しまない性格で、一度やると決めたらとことん突き詰めて学習する。
真面目な性格も相まって、どの環境にいても[優秀]という評価を獲得してきた。

今の仕事でも主任としての役職を与えられ、日々奮闘している。

しかし子育てにおいて優秀ではないことは自分でも分かっていた。
優秀ではない、ならまだ良い方だ。
実際は絶望的に子育てが向いていない。

理由としては三点ある。
一つ目は論理的じゃないことが許せない性格であるということ。
二つ目は何一つ忘れることが出来ない性分だということ。
三つ目は優先順位の最上位に野望があるということ。

子供というのは全くもって論理的ではなく、喜怒哀楽が三秒ごとに変化する。
子供と関わっている時、良く出来た親ならば「まだ子供だから、、」と言って許すことが出来るのだろう。
しかし徹にはそれが出来ない。

「何故?」という問いが圧倒的に勝るのだ。

子育て以外の物事では、その「何故?」という問いが問題解決の助けになる。
学びにおいても「何故?」があるから新たに知識を吸収することが出来る。

しかし子供に対して「何故?」と問うのは御法度である。

どれだけ思索しても、答えがないからだ。
いや、あったとしても無意味だからだ。
何故なら三秒前というのは彼女達にとっては、もう過去なのだから。

そうやってごちゃごちゃと頭で考えて疲労を蓄積していき、野望と現実の狭間で力尽きて眠る毎日である。

徹はこんな日々から抜け出したかった。
TVで活躍するアーティストのように、この人生を熱く生きたかった。
限られた時間の中で、一度きりの人生を精一杯生きたい。
自己研鑽とスキルアップを繰り返し、自分の限界を知りたかった。

絶対に良い曲を作ってみせる。

そう心を燃やす徹だったが、やはり心のどこかにある義務感と罪悪感が、胸の炎に水を差すのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...