野菜士リーン

longshu

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第1章

1-は-1 一人の大学生が終末的思考を持つに至るまで その1

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彼女はその時21歳であった。頃は桜も美しく散りつつある初春、都市圏の一流企業への就職も決まり、これから始まる卒論の研究に頭を悩ませている文化人類学を学ぶ大学4年生である。

「は~、一難去ってまた一難ってこの事ね。何でこんなテーマ選んじゃったのかしら?」

ゼミの一室でたった一人でその美しく長い黒髪を手でもてあそびつつ、愚痴ともつかない独り言を漏らした。聡明ではあるが、物静かで友達と外へ遊びに行く事などあまりない内向的な性格であった。もともと探究心旺盛ではあるが、人前で主張したり発言したりするのがひどく苦手で、就職試験など最も苦手な行動の一つに入る。

幸い就職試験で見せた、彼女の卓越した分析力と正確無比な受け答え、そして成績証明書に記された突出した内申点は面接官に好印象で受け止められ、希望のメーカーの内定を取ることができたのだった。もっとも持って生まれた清潔感と美貌も少々その好印象に含まれているのではあったが。

彼女は、とても綺麗な姿形をしていた。愁いを帯びた瞳、しっかりと通ったしかし大きすぎない鼻、美しく長い黒髪、華奢で長いしかし決して不健康には見えない魅力的な手足、彼女の美しい要素要素を調和させる、好みであるシックな黒のワンピースは、それを自覚しての事かどうか彼女の持つ雰囲気にぴったりであった。あまりに美しく同級生と一線を画すため、男子もなかなか声を掛けづらい有り様であった。

「とは言え、取りかかりだそっと。早く卒論を提出して、実家に帰ってやりたいこともあるし(笑)。」

前向きに独りごちる彼女。決断が早く、自己完結しているところも彼女の重要な特質の一つであった。

彼女の研究テーマは『人は何故争うのか?ー戦時下における象徴的な地域の一事例からの研究ー』であった。

文化人類学を専攻する彼女が所属するゼミでは、他に『日本の農村における紛争解決の習俗』、『高知県漁撈民の伝統文化』、『途絶された地域の民話における共通敷衍したテーゼについて』など数テーマが卒業研究として用意されていたのだが、何故か彼女はその大きなテーマに一瞬惹かれてしまい、皆が驚く中、率先してそれを選んでしまったのであった。

そして、彼女の大学の下宿先と同じ都市にある、とある博物館に足を運ぶのはごく自然な成り行きなのであった。

その博物館はとある戦争の惨禍を人類の記憶に留めるために、その時に起こった数々の事象と、それによって生じた数え切れないほど多くの遺物、それにまつわる歴史などを展示した、一つの大きな記念館であった。数十年前にあった世界を揺るがす大戦争の中で使われた、一瞬で数十万人の命を奪った背徳的な爆弾、その一点にのみ的を絞った記録の集積地である。

「人は何故争うのか?地域の一事例からの研究にはぴったりだけど、これをテーマにするのはちょっと重かったかしら。。。まぁ、さっさと卒論なんか終わらせちゃいましょう。」

社会に出る前の簡単な通過儀礼よろしく、卒論など夏休みの宿題か何かのように考えている彼女は、その博物館を見て1週間ほどで文章をまとめてあげて、あとは自分の好きな料理の研鑽(特にスウィーツ作りが大の好物であった)や歴史建造物の観光に没頭するつもりであった。

「来月には論文提出し終わって、姫路城を見に行けるといいんだけど、まずは集中して見学しよ。。。」

そして彼女は、外観からはその地域で数十年前に引き起こされた惨禍を決して想像する事が出来ない博物館の、重々しくも端然とした、大理石で出来た開放的で大きなエントランスに静かに入っていくのであった。
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