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longshu

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29 必罰

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小夜たちの社から離れてほどなくして敏蔵はふとした違和感に気づく。丹田のあたりが妙に熱くジンジンと痛い。不思議に思い直垂の裾をめくった。臍のあたりの皮膚が少し裂けていた。裂け目から血がぽたぽたと流れている。

「けっ、あの社の中で引っ掛けたか。おい、垂、さらしあるか?」

「へいっ、敏兄ぃ。」

血がぽたぽた流れている腹の裂け目を止血も兼ねてさらしで巻くと、次の巣窟に目を付けておいた庄屋の屋敷へ向かった。

――――――――――――――
2日目

「お父ちゃん、おなか痛い。」

敏蔵の愛娘の祭が、なだれ込んだ長者屋敷の中で、彼女にとっては唯一無二の信頼する父に訴える。

「何、どうした?」

他の者には例外なく冷酷で、殺人すら蚤を潰すほどにしか思っていない敏蔵ではあったが、彼の唯一の娘、祭にだけは人の親らしい態度を見せる。長年殺戮や強姦が日常茶飯事で、親子のぬくもりなどと言いうものとはまったくかけ離れた生活をしていた敏蔵が四十数歳で初めてもうけた子供であった。

愛おしそうに我が子の腹を見る敏蔵。見ると、五つになる祭の白桃のような可愛らしいお腹にも、敏蔵のそれと同じように臍のあたりから皮膚が少し裂けている。裂け目から血がぽたぽたと流れているようだ。

「お痛しちゃったね~、どこかで転んだの~?おい、垂っ!!!」

祭への菩薩のような態度から一転、狂気を込めて垂一にそう叫ぶと、隣の部屋に片膝立ちでかしずいていた垂一がすぐに察したのかさらしを持ってくるのであった。

「おい、珍しく用意がいいじゃねえか、なんで分かった?」

「へい、敏兄ぃ、何せ俺も親分と同じところを切っちまったようで、勘が働いたんでさぁ。」

と言って、自身のお腹を見せ、おちゃらけて後頭部をたたく。

がっ。ごつっ。ぐぐっぁ。

とたんに血まみれになる垂一の面。

「俺の娘に薄気味悪いこと言ってんじゃね~ぞ!胸糞悪い!!」

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3日目

「ちっ、腹が引きつるな!敏兄ぃ、どういう事なんだ?」

普段、生傷など全く気にしない彼らであったが、何せ皆全く同じ症状である。宮助が不可思議に思い敏蔵に尋ねる。

「わかんね~な。が、ひょっとすると、前にどこかで滅ぼした村のやつらが復讐を狙って、その手の奴らを雇って夜中に何かしているのかもしれねぇ。」

自身達の暴虐さに胡坐をかいて見張りも何も置いていなかった敏蔵ではあったが、その日を境に巡視を立てるようになる。それでもこれまでとまったく同じように庄屋の家を占拠し泥酔しながら、そこの娘や女中を凌辱しては酒池肉林を決め込んでいる、神経の分からない悪徒どもであった。

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4日目

「おい、なかなか治るんね~な~。おい庄屋、ここいらに名のある漢方医でもいね~のか!?」

多少焦りながら、いつものように家主を殴って情報を引き出し、唐の医術を習得している医者を呼びだそうとする敏蔵。

「い、いたた、はい、漢方医ですか?この通りの端に、それは立派なお医者様の屋敷がございますよ。行かれてみてはいかがかでしょうか?」

庄屋の庸介は、不法に屋敷を占拠されてしまっている状態ではあったが、この狂漢達に殺されてしまわぬよう、忍従して丁重にもてなし、何とか隙を見つけて逃げ出せないか考え、的確な受け答えをする。

――――――――――――――
5日目

この頃になると、いくら暴虐非道、信心のかけらもない敏蔵達一味の間でも、何らかの忌まわしい出来事が自分たちの周りで進行している、この暗い事実をおぼろげながらも認識せざるを得ないのであった。何しろ、ある日突然彼らの仲間や家族皆が同じ傷を腹に負い、そして昨日医者に無理やり施療させたのにもかかわらず、まったく良くならないばかりか、傷口は徐々に悪化していくばかり。

「え~ん、え~~ん!えええ~~ん、えええ~~ん!!」

「おおお、どうしたの?ぽんぽん痛いね~、もう少しの我慢だよ~。」

敏蔵の娘は原因不明の傷の悪化と痛みに怖くて一日中泣いている。

「ちっ、あの漢方医、全然治んねーじゃね~か、殺してやる!!」

――――――――――――――
6日目

「くそっ!!」

どがっ。

敏蔵が垂一の鳩尾に地蔵の首も折れんばかりの勢いで蹴りを入れる。吹き飛ぶ垂一、あたりには腹の傷口からの血がほとばしる。

皆、何か訳のわからぬまま窮地に立たされている事は分かっているのだが、当然ながらどこをどうしたら解決の糸口が見えるのか見当もつかない。そんな無力感に敏蔵はもちろん粗暴な彼らは一様に苛立ち、庄屋や見張り番の垂一と言った弱い者に暴力をふるい、家屋を破壊し出すのであった。

もちろんそんな無駄なあがきをしてみても傷口が閉じるわけではない。逆にどんどん広がっていき、普通の人ならば筆舌に尽くしがたい痛みと共に、ともすれば腹から内臓が出てしまうので、とても立ってはいられないような状況となっていた。

――――――――――――――
そして、その夜、敏蔵達の前に忽然と姿を現したのは、、、、、、、、、小夜であった。

――――――――――――――
「わ、わわ、わわわわわ!!!」

見張り番の垂一が、血のにじむ脇腹を必死に押さえ声にならない声を上げて、敏蔵と、宮助、永吉、植太ら四天王のもとに転がり込む。腹痛に苛立つ敏蔵達は、垂一を殺さんばかりに殴りつける。

「なんでぇ~!!!うるせぇっっ!!!」

「は、はは、ははいっ!!!そ、それが、あの神職の小夜が生きていやがったみたいなんで。。。」

「社ごと燃やして奴に火が付くところも確認したはずじゃねぇか!馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」

どかっ!

四天王の中でひときわ大きな巨魁の永吉がそう怒鳴り、丸太のような足でうろたえる垂一を蹴りつける。いつものように垂一の鼻と口から鮮血が噴き出す。しかしこの男、プライドが無いというのか生きていくための所作に計算高いというのか、これらの屈辱にも慣れっこになっているようで、すぐさま卑屈に引っ込むのであった。

永吉が悪態をつき、今にも人を殺しかねないほどの勢いで、長者屋敷から外へ出るが、そのままずっと出てこない。。。一刻(30分)ほど待った後、さすがに不審に思い宮助と植太が様子を見に出て行った。

見ると永吉は宮助の目の前に昏倒していた。そしてそのさらに向こうに、垂一の言っていた神社の娘が散歩にでも来たかのような風情で立っていた。小夜は、狂った男たちに凌辱され兄もろとも抹殺される前のきれいな白い装束の袴を着て、そして、彼らに弄ばれている時には決して見せなかった流れるせせらぎのような穏やかな顔をして、宮助たちに静かに微笑んでいた。

その顔は、小鳥、やがて猛禽か獣かに食べられる運命のそれ、を惜しそうに見ているとでも言うのか、屠殺場へ送られる哀れな動物たちを哀れんでいるとでも言うのか、憐憫に満ちているようでもある。

「ちっ!永吉をどうしやがった!?お前、まだ生きてやがるのか、またいたぶってほしいのか?」

垂一の次に好色な宮助が、裂けかけた腹部に激しい痛みを感じているのにもかかわらず、いやらしい顔を浮かべ小夜に詰め寄る。

すると、小夜は寂しげな表情を浮かべ、宮助たちの目の前で幻のように掻き消えた。

「は?き、消えた?」

植太は美しい女の不可思議な出現と消滅にあっけにとられた。皆、狐につままれたような顔をして、思い出したかのように痛みに腹をさすりつつ、長者屋敷の敏蔵の元へ戻るのであった。

しかし彼らは気づいておくべきであった。社を燃やしたその日、たった6日前には身体中至るところ傷だらけで、立ち上がるための足の腱も切られ、着る衣装も全て破かれ捨てられていた小夜が、そんな森厳とした様子に戻るはずがないであろうことを。

――――――――――――――
7日目

長者の家で敏蔵、永吉、宮助、植太、垂一、祭、他悪党の群れは皆一様に腹部に地平線のように長い亀裂を抱えながらさらしを巻いて横たわっている。傷口はほとんど張り裂けんばかりに大きくなり歴戦の悪雄たちといえどもあまりの痛みに弱音を吐きだしていた。

「おとうちゃん、痛い。。。」

もはや叫ぶ力もなく、敏蔵の愛娘祭りがかすれた声でつぶやく。

「く、くそっ!!!」

悪態はつくものの、今度ばかりは敏蔵も腹いせに垂一を殴り飛ばす気力もない。

漢方医もなすすべがなく、悪党どもの報復が怖くすでに住処を引き払って村からは逃げ去ってしまっている。

絶対に助からない疫病に見舞われたかのような、1週間に及ぶ猟奇の中で敏蔵は気付くのであった。ひょっとしてこれはあの小娘の祟りではないかと。

――――――――――――――
夜になると、悪辣な四天王を除いてはほとんど気絶するか、あまりの痛みとどう処置しても広がっていく傷の恐怖に気が触れてしまうかしていた。

ほぼ皆死に絶えたかのような静寂の中、ひたひたひたひた、、、、這いずり回るような音が屋敷の外から聞こえる。

「なんでぇ、あの音は!!!?」

非常に耳障りな、おぞましい音だ。腹部を裂かれそれでも負け惜しみで強がっていた敏蔵は、腰を踏ん張って立ち上がり音のする方向へずるずると歩いていった。

そこには、、、、。

小夜が、這いずりながら敏蔵の方へ向かってきていた。

首と内臓だけになった小夜が。

口から血を吹き出し、血の涙を流し、生前はきれいに整っていた髪を振り乱し、この世のすべての者を呪い殺すような形相をして、地獄車のように転ってくる小夜が。

首から下すべてを呪いの贄にして、敏蔵達への復讐を遂行している、小夜が。

小夜は、時に転がりながら、時に内臓を引きずりながら、その憎しみに満ちた血の瞳だけは片時も敏蔵から外さず、徐々に彼の足もとへ近づいて来た。それは敏蔵に、やがて彼に訪れるであろう苦しみに満ちた確実な死を想像させるに十分であった。

「ひ、ひぃ~~~~!!!!!」

これまで、どんな者にも暴力と屈辱を与えることしか知らなかった敏蔵の発した、初めてのそして最期の悲鳴。

みりっ、みりみりっ、みりみりみりみりっ、、、肉が、石臼にすりおろされ何かの餌になるような音を立てて、敏蔵の腹部の中心、へそのあたりから放射線状に裂けて広がってゆく。潰れた内臓をぶら下げながら。その様は肉でできた蜘蛛の巣のように見えた。

「ぎ、ぎぎ、ぎゃーーーーーー!!!!!」

凄まじい絶叫。気の遠くなるような恐怖と痛み。敏蔵は、同じように腹が裂けていく祭や子分たちを見ながら、小夜と同じように首から下の体を爆裂させ、その生命を終えたのであった。永遠の後悔をその身に背負いながら。
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