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陥落の中
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男は根性を見せることなく、あっさりと吐いた。
右手の親指が一生使い物にならなくなった途端だ。しかも、余計なおまけも付けてだ。
どうやら、この男は沿岸警備隊の押収品の麻薬や銃器を横流しして、懐を温めていた汚職野郎だったらしい。
その事実を人身売買組織に押さえられ、いいように使われていたらしい。だが、それなりの報酬も出て、なおかつ横流しも続行できたので、不満は無かったようだが。
「……で? エレナは?」
話が丁度よく切れたタイミングで、俺は貧乏ゆすりをしながら、正座する男に改めて問い直した。
正直なところ、本題を切り出さずに言い訳じみた(実際言い訳だが)言葉をつらつらと並べる男に、俺は我慢の限界が来ていたが、エレナのために少しだけ我慢する。
「……バハマです」
バハマ。いわずと知れた、カリブ海に浮かぶ諸島だ。
「その小島にある別荘の一つに、娘さんはいまふ……」
「嘘じゃねぇだろうな」
「嘘じゃありません! 本当です! 信じてください! お願いします!」
男は俺に縋り付かんと寄ってくるが、鬱陶しいと突き飛ばす。
「……どうよ。コッポラ」
視線を、壁に寄りかかって拷問の一部始終を眺めていた青年に向ける。
「多分、嘘じゃないと思います」
「根拠は?」
「……これを」
彼は懐からスマホを出し、その画面を俺へ見せた。
そこに映っていたのは、何かの移動の記録らしかった。
シリアルナンバーらしい数列の次に、「HAWAII」やら「NEW YORK」など地名が書かれている。
「安全保障省から取り寄せた、ホノルル空港の出入国記録です。ここと、ここを見てください」
コッポラが指差したのは、二つの欄だった。
二つとも、シリアルナンバーは違えど、ホノルルからバハマへ向かった記録だ。
「上のやつが、石田さん達が襲われる二日前のもの。下が、襲われた当日のものです。記録によると二つとも、レンタルされた小型ジェット機での移動だそうです」
コッポラの言葉が耳に入る度、男はビクビクと身体を震わせる。
この反応からみるに、心当たりがあるようだ。
「そして、下の欄の記録では、乗客は五人。全員男で、二人ほど怪我人がいたそうです。肩に怪我を負った人と、鼻にガーゼを当てた人が」
その言葉に、俺はアラモアナセンターでの一幕を思い出した。
襲撃者は全部で六人。
その内、一人は死に、二人に怪我を負わせた。
それぞれ、肩と顔面だ。
襲撃者達の特徴と合致する。
「更に言うと、彼等は大きなキャリーケースを持っていたそうです。中身は不明ですが、大きさは分かっています。……女の子一人が余裕で入るほどの大きさだったそうです」
「……そうか」
俺が再び男に目を向けると、俯く彼の頬に汗が一筋流れていた。
「バハマってのは、嘘じゃないみたいだな。感心感心」
「……………………」
頬を伝っていた汗が、顎から拳に滴り落ちる。だんまりモードにまた入ったらしい。
このままでは埒が明かないので、コッポラに話を進めてもらう。
「で、コッポラよ。もう一つの欄の奴は誰なんだ?」
コッポラは俺とイリナの顔を順に見てから、口を開いた。
「……おそらくは、エレナちゃんを手籠めにしようとしている人物です」
手籠め、という単語に俺は肝が冷える感覚を覚えたが、動揺を前に出さないようにする。
「名前は?」
少し躊躇ってから、コッポラはその名を口にする。
「梁 堃」
名前を聞いた瞬間、俺とイリナは顔を見合わせた。それ同時に、言葉で表すにはあまりにも大きな怒りで頭が沸騰する。しかし、頭は冷静だった。むしろ冷えすぎなぐらいだ。
「……あの野郎」
それだけ言って、どうお礼参りをするか算段を立て始める。
銃器の入手経路から、バハマまでの移動手段、後始末まで全てを組み立てる。元傭兵の腕の魅せどころだ。
人生で一番集中するべき時間だと、脳が理解していた。それなのに。
「そうです、梁です」
男が余計な口を挟んできた。
「アイツはとんでもない奴で、もう五人くらい女の子を買ってるんですよ。しかも、ヤッてるのを他に聞かすのが趣味で」
愛想笑いで情報を話して、少しでもポイントを稼ごうという腹だろう。プライドを捨て、担ぐ神輿を変えて自分だけでも生き残ろうとする姿勢は尊敬に値するが、俺に担がれる気は無い。
「うるせぇ」
リハビリと黙らせるのを兼ねて、一発ぶん殴る。力めないので威力こそ無かったが、殴られたという事実が男をまた静かにさせた。
「……そうかいそうかい。だったら、急がねぇとな」
俺はゆっくりと立ち上がり、男を見下した。
「そ、そのほうが……」
「だが、丸腰じゃ色々と面倒だ。だから、沿岸警備隊の押収品を使わせてもらうぞ」
「え……」
男の顎が地面に付いた。
「というか、お前さっき自分でベラベラと吐いてただろ。押収品横流しして、小遣い稼ぎしてたって」
俺の言葉で、彼はようやく自分が墓穴を掘っていたことを悟ったらしい。
「使えるもん根こそぎ持っていくから、上手い言い訳でも考えとけ」
「……無理です」
「無理もクソもあるかい。だったらテメェをここで嬲り殺しにして、押収品倉庫の暗証番号吐かせてやろうか? 指の一本で済んでるうちが華だぞ」
男は助けを求めるように、周囲を見渡す。イリナは当然として、ナザロフもコッポラも軽蔑の向けるだけで、助け舟を出す気配は一向にない。
しかし、男はめげずに中立寄りなコッポラへ話しかける。
「こ、コッポラ君……。こ、これは、恐喝じゃないのかい?」
「……別に、ここで石田さん達を捕まえてもいいですが、その時は貴方の罪も洗いざらい、ぶち撒けなければいけませんよ」
ド正論で言い換えされ、男は何も言えなくなってしまう。もはやそこにいるのは、沿岸警備隊の捜査官ではなく、薄汚いクソ以下の犯罪者でしかなかった。
着替えを済ませ、俺達は病院を出て沿岸警備隊の建物へと向かう。
その道中、俺は考え抜いたこれからの作戦を三人に伝えた。それぞれ思うところはあっただろうが、三人共納得してくれた。
事さえ丸く収められれば文句や罵倒くらい受け入れる気でいたが、素直に聞き入れてくれて嬉しかった。
右手の親指が一生使い物にならなくなった途端だ。しかも、余計なおまけも付けてだ。
どうやら、この男は沿岸警備隊の押収品の麻薬や銃器を横流しして、懐を温めていた汚職野郎だったらしい。
その事実を人身売買組織に押さえられ、いいように使われていたらしい。だが、それなりの報酬も出て、なおかつ横流しも続行できたので、不満は無かったようだが。
「……で? エレナは?」
話が丁度よく切れたタイミングで、俺は貧乏ゆすりをしながら、正座する男に改めて問い直した。
正直なところ、本題を切り出さずに言い訳じみた(実際言い訳だが)言葉をつらつらと並べる男に、俺は我慢の限界が来ていたが、エレナのために少しだけ我慢する。
「……バハマです」
バハマ。いわずと知れた、カリブ海に浮かぶ諸島だ。
「その小島にある別荘の一つに、娘さんはいまふ……」
「嘘じゃねぇだろうな」
「嘘じゃありません! 本当です! 信じてください! お願いします!」
男は俺に縋り付かんと寄ってくるが、鬱陶しいと突き飛ばす。
「……どうよ。コッポラ」
視線を、壁に寄りかかって拷問の一部始終を眺めていた青年に向ける。
「多分、嘘じゃないと思います」
「根拠は?」
「……これを」
彼は懐からスマホを出し、その画面を俺へ見せた。
そこに映っていたのは、何かの移動の記録らしかった。
シリアルナンバーらしい数列の次に、「HAWAII」やら「NEW YORK」など地名が書かれている。
「安全保障省から取り寄せた、ホノルル空港の出入国記録です。ここと、ここを見てください」
コッポラが指差したのは、二つの欄だった。
二つとも、シリアルナンバーは違えど、ホノルルからバハマへ向かった記録だ。
「上のやつが、石田さん達が襲われる二日前のもの。下が、襲われた当日のものです。記録によると二つとも、レンタルされた小型ジェット機での移動だそうです」
コッポラの言葉が耳に入る度、男はビクビクと身体を震わせる。
この反応からみるに、心当たりがあるようだ。
「そして、下の欄の記録では、乗客は五人。全員男で、二人ほど怪我人がいたそうです。肩に怪我を負った人と、鼻にガーゼを当てた人が」
その言葉に、俺はアラモアナセンターでの一幕を思い出した。
襲撃者は全部で六人。
その内、一人は死に、二人に怪我を負わせた。
それぞれ、肩と顔面だ。
襲撃者達の特徴と合致する。
「更に言うと、彼等は大きなキャリーケースを持っていたそうです。中身は不明ですが、大きさは分かっています。……女の子一人が余裕で入るほどの大きさだったそうです」
「……そうか」
俺が再び男に目を向けると、俯く彼の頬に汗が一筋流れていた。
「バハマってのは、嘘じゃないみたいだな。感心感心」
「……………………」
頬を伝っていた汗が、顎から拳に滴り落ちる。だんまりモードにまた入ったらしい。
このままでは埒が明かないので、コッポラに話を進めてもらう。
「で、コッポラよ。もう一つの欄の奴は誰なんだ?」
コッポラは俺とイリナの顔を順に見てから、口を開いた。
「……おそらくは、エレナちゃんを手籠めにしようとしている人物です」
手籠め、という単語に俺は肝が冷える感覚を覚えたが、動揺を前に出さないようにする。
「名前は?」
少し躊躇ってから、コッポラはその名を口にする。
「梁 堃」
名前を聞いた瞬間、俺とイリナは顔を見合わせた。それ同時に、言葉で表すにはあまりにも大きな怒りで頭が沸騰する。しかし、頭は冷静だった。むしろ冷えすぎなぐらいだ。
「……あの野郎」
それだけ言って、どうお礼参りをするか算段を立て始める。
銃器の入手経路から、バハマまでの移動手段、後始末まで全てを組み立てる。元傭兵の腕の魅せどころだ。
人生で一番集中するべき時間だと、脳が理解していた。それなのに。
「そうです、梁です」
男が余計な口を挟んできた。
「アイツはとんでもない奴で、もう五人くらい女の子を買ってるんですよ。しかも、ヤッてるのを他に聞かすのが趣味で」
愛想笑いで情報を話して、少しでもポイントを稼ごうという腹だろう。プライドを捨て、担ぐ神輿を変えて自分だけでも生き残ろうとする姿勢は尊敬に値するが、俺に担がれる気は無い。
「うるせぇ」
リハビリと黙らせるのを兼ねて、一発ぶん殴る。力めないので威力こそ無かったが、殴られたという事実が男をまた静かにさせた。
「……そうかいそうかい。だったら、急がねぇとな」
俺はゆっくりと立ち上がり、男を見下した。
「そ、そのほうが……」
「だが、丸腰じゃ色々と面倒だ。だから、沿岸警備隊の押収品を使わせてもらうぞ」
「え……」
男の顎が地面に付いた。
「というか、お前さっき自分でベラベラと吐いてただろ。押収品横流しして、小遣い稼ぎしてたって」
俺の言葉で、彼はようやく自分が墓穴を掘っていたことを悟ったらしい。
「使えるもん根こそぎ持っていくから、上手い言い訳でも考えとけ」
「……無理です」
「無理もクソもあるかい。だったらテメェをここで嬲り殺しにして、押収品倉庫の暗証番号吐かせてやろうか? 指の一本で済んでるうちが華だぞ」
男は助けを求めるように、周囲を見渡す。イリナは当然として、ナザロフもコッポラも軽蔑の向けるだけで、助け舟を出す気配は一向にない。
しかし、男はめげずに中立寄りなコッポラへ話しかける。
「こ、コッポラ君……。こ、これは、恐喝じゃないのかい?」
「……別に、ここで石田さん達を捕まえてもいいですが、その時は貴方の罪も洗いざらい、ぶち撒けなければいけませんよ」
ド正論で言い換えされ、男は何も言えなくなってしまう。もはやそこにいるのは、沿岸警備隊の捜査官ではなく、薄汚いクソ以下の犯罪者でしかなかった。
着替えを済ませ、俺達は病院を出て沿岸警備隊の建物へと向かう。
その道中、俺は考え抜いたこれからの作戦を三人に伝えた。それぞれ思うところはあっただろうが、三人共納得してくれた。
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