戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
67 / 70

目の中

しおりを挟む
 俺が握るベレッタの銃口からは、薄く白煙が立ち昇っている。足元には黄金色の薬莢が一つ、転がっていた。
 梁の内股の間。カーペットが敷かれた床には、薄い白煙が立つ小さい穴が出来ていた。
 腹筋が引きつったような呼吸をして、梁は自分の内股の辺りに目を落とした。それから、胸のあたりをペタペタとまさぐりだす。
「撃たれてない?」
 彼は呆けた声を出すが、ここで終わる気はさらさらなかった。俺は適当な方向に銃口を向け、乱射した。
 弾倉内に装填されていた弾を撃ちきり、スライドストップがかかるまで。空になった拳銃を放り、改めて梁に目を向ける。
 彼は最初の一発を撃った時よりも、更に放心していた。
 股の周辺とそれに接するカーペットには、シミが出来ていた。微かにアンモニア臭がする。漏らしたのだろう。
「た、助かっ――」
 梁の口端が綻びそうになったのを逃さず、後ろに挿していたマカロフを抜いた。
 今度は安全装置を外してだ。
 銃声。
 一発目は右足に当たったが、残りの七発は全て胴体に命中した。
 一発命中するごとに、痙攣する身体。衝撃で肺から空気が押し出されたのだろう、カエルが潰れたような音が梁の口から漏れる。
 彼の身体は、大の字になってピクリとも動かない。
 防弾ベストも何も着けていない。間違いなく、彼は死んだ。
 何事も、終わりは案外呆気ないものだ。
 撃つべき標的も放たれる弾丸を失い、銃としての機能が喪失したマカロフ。それを、俺はベレッタと同じように捨てずに持ったまま、部屋を出た。
 廊下では、死体を背にしてイリナとエレナが待っていた。イリナは持っていた武器を床に置き、空いた手でエレナの手を握っている。
「終わった?」
 イリナが問う。
「ああ、終わった」
 弾切れのマカロフを見せつけながら、応える。
「仕上げしなきゃ」
「ああ。……外に出ててくれ」
「分かった」
 イリナは頷き、手を繋いでいたエレナへ「行こ」と移動を促した。すると、ここでもエレナは俺に不安げな眼差しを向けてきた。
 よほど、この数日間が心細かったようだ。
 俺はその気持ちを汲み、エレナの頭を撫でた。
「少し、待っててくれ。絶対、戻るから」
「……うん」
 身体に触れたのが効いたのか、彼女は納得してくれた。
 また、二人の背中を見送り、俺は仕上げを始める。手始めにマカロフを適当な死体へ握らせ、イリナが持って来たサブマシンガンやグレネードランチャーを死体のそばに転がしておく。
 何が目的かは誰かが考えるにして、明らかに何かがあったかのような空間を作り上げていく。死体を動かしたり、適当な部屋を荒らす。
 そんな作業をしていると、ふと人の気配を感じた。
 気配を辿り、ある部屋のドアを開ける。そこは書斎になっており、天井まで届く本棚がいくつも並んでいた。
 気配が奥からするので、唯一の武器であるウィンチェスターを構えつつ、足音を建てないようにすり足で進む。
 奥には作業用の大きな机があり、その上にはノートパソコンが置いてあった。相変わらず気配はするものの、姿は見えない。
 だが、隠れられる場所は机以外にない。銃を下げ、見えない誰かに向かって声を掛ける。
「俺は敵じゃない! そんで、敵になる奴もいない!」
 英語で言う。返事は無い。
 次は何語で言おうかと考えていると、机が震えた。下から突き上げられたようだ。
「……出てきてくれ」
 一文字を噛み締めるように、言葉に出す。
 すると、机の陰から五人の少女が現れた。髪型や背の高さはまちまちだったが、エレナが着ていたのと同じネグリジェを身にまとい、年にしては顔立ちは整っており、エレナと同じ南米系だ。
 俺は、沿岸警備隊の男が言った、あることを思い出した。
『アイツはとんでもない奴で、もう五人くらい女の子を買ってるんですよ。』
 この子達は、梁に買われた子供達だったのだろう。俺達が起こしたドンパチの隙に逃げ出し、ここに隠れていたのだ。
 五人も急に現れたことにも驚いたが、彼女らが抱えていた物にも驚きを隠せない。
 ぬいぐるみを抱えるように持っていたのは、びっくりする量の米ドル札だ。しかも百ドル札。彼女達が、どこからその札を引っ張ってきたかは分からないが、少なくとも彼女達の持ち金ではないのは確かだ。
 おおかた、梁のだろう。ここはバハマ、タックスヘイブンの土地である。
 そんな薄汚い金を、彼女達は目をぎらつかせながら握り締めている。
 それこそ、蜘蛛の糸で地獄から極楽を目指すカンダタのように。
「………………」
 年頃の少女がしていい表情ではない顔をした彼女達は、俺を睨みつけたまま、俺の脇を抜けて廊下へと出ていった。
 彼女達の足音が遠ざかり、部屋に漂っていた息の詰まるような空気が消えた。
 俺はふと思った。
 彼女達はこれからどうするのだろうと。
 こんなところにいるからには、エレナと同じかそれに近しい境遇にいたのだろう。それから、梁に買われ筆舌にし難い経験をしたのかもしれない。もしかしたら、衣食住全てを与えてくれた梁を感謝していたのかもしれない。
 彼女達が何も語らず、梁も死んだ今となっては確かめようがない話だが。
 そして、そんな状況で金を抱えた彼女達はどこでなにをするのか。俺には分からない。
 ただ、一つだけ分かることがある。
 少女達が俺へ向けたあの目。あの目だけは、エレナにさせてはいけないと。
 飢えた野良犬のような。餓鬼のような。
 子を導く親として、一人の人間として。
 そう思うと同時に、俺がもしかしたらエレナにあんな目をさせてしまっていたかもしれないことが、頭をよぎった。
 病院でイリナに助けられなかった場合など、さまざまなビジョンが浮かんでは消えていく。
 しかし、今となっては考えても仕方のないことだ。
 ようやく掴めた幸せの片鱗、それを取りこぼさないよう、精一杯にやるだけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...