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18話 ゴブリン・ダンジョン2
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「ああ、やっぱり下の層ができてるな」
リーエの昼を終わらした二人は、マジシャン・ゴブリンが隠れてた通路の先を確認することにした。
いくつかの分岐をやり過ごし、しばらく進むと、危惧したとおり、地下へと続く坂道に行き当たる。
ランタンに照らし出されたそれを目にして、エゾンが不機嫌そうな声をあげた。
「どうする、お前なんか調子悪そうじゃないか?」
やけに物静かなリアスに、若干違和感を感じてエゾンが問う。
「問題ないから気にすんなって」
それにすぐ返事を返すも、やはりリアスの動きはどこか不自然だ。
「本当だな?」
「ほんと、ほんと。さ、進もうぜ」
疑いの目を向けるエゾンに、リアスが貼りつけたような笑顔で返す。
そのまま視線を避けるようにエゾンに背を向け、さっさと坂を下り始めた。
仕方なく、その背を追うようにエゾンも歩きだす。
「他の奴らが依頼されていたら大惨事だっただろうな」
下の層へと続く急な坂道は、下に行くほど天井が高くなる。
これは地下にいるゴブリンが大きく育ち始めていることを示す。
結果から言えば、このダンジョンは依頼レベルに見合わぬほど育ちすぎていた。
ゴブリンの群れは、そのサイズによって危険度が格段に変わる。
本来、今回の依頼のような定期除去依頼には、前の2件のような、比較的小さな集落が指定されるものだ。
それを新人や戦闘力の低いハンターがレイドを組んで、大人数でレベルを上げるために依頼を受ける。
だが、単純にパーティーの人数でゴリ押せるレベルは、やはり限られる。
上階で二人が倒しきったような大量のゴブリンが相手では、よっぽど下準備をしない限り、低級ハンターが何十人集まってもまず勝ち目はなかっただろう。
シーワが彼らに依頼を出したのは、本当に運が良かったと言えた。
「村の奴ら、あの入り口の小ささだけで判断しちまったか」
マジシャンが出た時点で、二人ともある程度は予想していたが、ここはすでに中級ダンジョン化してしまっている。
初期のゴブリンの群れは、たいてい自然の洞穴を見つけて生活し始めるのだが、群れの成長度に合わせて、巣穴を奥へ奥へと拡大していく。
にも関わらず、初期の群れは個々の体格が小さいため、人ひとりがやっと通れるような狭い入り口はそのままなのだ。
これが誤解を生む。
だが、進化が進むと、大型のゴブリンジェネラルやキングが発生し、元の入り口を破壊して外に進行し始める。
そうなってはもう、田舎のハンター程度では対処しきれない。
本来、国の軍隊や上級ハンターのパーティーが送られてくるのを待つことになる。
だから二人が今二層目に潜っているのは、ギルドに報告するための下調べであって、これ以上戦闘を続けるためではない。
「全くもっていい迷惑だ。後で追加の料金を請求しないと割に合わん」
結局エゾンは魔道具用の魔石をすべて使い尽くしていた。
その費用は今回のエゾンの取り分よりも高額だ。
依頼料の値上げだけではなく、経費も別で請求したい。
そんなことを考えるエゾンの隣、珍しくリアスが静かだ。
いつもならば無駄口が止まらないリアスが、エゾンから距離を取り、うつむき加減で歩いている。
前がちゃんと見えてるのかいないのか、どこか足取りも怪しい。
「おい、やっぱりお前、さっきからおかしいだろう」
坂を下りきり、少し広がった通路を歩くうち、とうとう立ち止まり始めたリアスをエゾンが厳しい声で問い詰めた。
その声に、驚いたように振り向いたリアスは顔いっぱいに冷や汗を浮かべている。
それを見たエゾンが、ずっと気になっていたことを口にした。
「最後の魔術、かすってただろう。あれか?」
「あー。うん」
流石にもうごまかし切れないと思ったのか、リアスがやっと体調の悪さを認めた。
「中途半端な詠唱だったしな。なんか変な症状でも出たか?」
リアスの歯切れ悪い返答に、とうとうエゾンが距離を詰め、リアスの腕を引こうとした。
それを迷惑そうに振り払ったリアスが、それだけで息を上げて立ち尽くす。
「そ、そんなこと……ない」
「遠慮するな、契約だろ。ちょっと見せてみろ」
「い、い、いいから!」
声を震わせ、余裕のなさそうなリアスの様子に、問題を確信したエゾンが詰め寄った。
非力なエゾンの腕さえ遮る余裕のない様子で、一歩一歩リアスが引き下がる。
とうとう壁際まで追いつめられ、両腕を押さえつけられたリアスが、切羽詰まって腕を振り回した。
それがたまたまエゾンのメガネに当たった。
「あ……」
リアスに悪気はないのだが、そこは馬鹿力のリアスである。
エゾンの眼鏡は遠くまで吹っ飛び、ゴツゴツとした岩肌に叩きつけられ、無惨にもそのレンズが粉々に砕け散った。
顔にもかすってしまったのか、エゾンは顔を抱えて俯いている。
それを目にしたリアスが青くなって、オタオタと焦った様子で声をあげた。
「ごめん、ちょっ……、マジ、今……放っておい──」
「バッ、こんなとこで叫ぶな──
──ゴゴゴゴゴゴ……
リアスが真っ青な顔でエゾンに叫び、エゾンが注意したその最中。
突然の轟音とともに、リアスの後ろの壁が崩れ始めた。
「避けろ!!」
エゾンの叫び声に、反射的にリアスが横に飛ぶ。
直後、まさにリアスがいたその場所に、リアスの半身程もある斧の刃が振り下ろされた。
大質量のそれは、岩の床を叩きわり、拳大の石つぶてを撒き散らす。
飛び散るそれを左右に避けて、二人が後方へと飛びのいた。
左右に分かれて後退した二人の前に、リアスの倍以上の巨体が立ちふさがっている。
「あっぶねえ」
「ギガント・ジェネラルか……。どうりで群れが大きかったはずだ」
それまで戦ってきた青緑のゴブリンどもとは格が違う。
ぶ厚く青黒い体皮がたるみを帯びて肥満気味の巨体を包み、まるで天然の革鎧のように守りが厚い。天井ギリギリまで成長した体は横にも広く、その容積はリアスとエゾンを余裕で丸呑みにできそうなほどである。
「今日は最悪だな」
エゾンが吐き捨てるように愚痴った。
ゴブリン・ジュネラルと言っても、実は何種類かいる。
いるであろうとは予測していたが、まさかジェネラルの中でも最も凶悪な、ギガント・サイズが来るとは思わなかった。
ギガント・ジェネラルの場合、単純にサイズが大きくなるだけではない。
知能指数もかなり発達し、群れのゴブリン達に指示を出しながら襲ってくる。コイツがいる群れは、まさに 軍隊なのだ。
冷や汗を浮かべ動けずにいるエゾンとギガント・ジェネラルの間に、一瞬でリアスが飛び出した。
流石、野生児リアス。
明確な敵を前にした途端、さっきまでの様子が嘘のように、そこでしっかりと大剣を正眼に構えている。
「どうする、コイツは子連れで相手できるやつじゃないぞ」
「だぁな」
エゾンの鋭い指摘に、リアスが不敵な笑みを浮かべて返事する。
本来、リアスはこれくらい手応えのある強敵が好みだ。
「悪いがリーエをちょっと預かってくれないか」
俄然やる気を出してしまったリアスが、答えを待たずに勝手に背負子を下ろす。
「背負子は置いてけ。俺が囮になるから、その間にリアスだけ抱えてギルドにむかえ」
「何言って──」
エゾンが反論しようとするも、それを遮るように、またも大きな鉄斧がこちらに向かって振り下ろされた。
それをリアスが大剣の背で横へとそらす。
どちらにしても、エゾンにあの背負子を動かすことは不可能だ。
問答の余地もなく、エゾンは急いで背負子からリアスを引き上げた。
「今のうちだ」
ギガント・ジェネラルはその巨体を揺らしてまた斧を引き上げようとしている。
この前のオークより破壊力のあるその一撃は、喰らえばリアスでもひとたまりもないだろう。
「ほら行け!」
その前で再度大剣を構えなおし、リアスが振り向きもせずにエゾンに言い放つ。
「いや、もう無理だろ」
だが、それを察して二人の退路を断つかのように、横道からぞろぞろと大量のゴブリンがあふれ出す。
「逃げ場なしってか」
暗闇に光るゴブリンどもの無数の緑の瞳を見回して、覚悟を決めたリアスが二人を背にかばうように移動した。
リーエの昼を終わらした二人は、マジシャン・ゴブリンが隠れてた通路の先を確認することにした。
いくつかの分岐をやり過ごし、しばらく進むと、危惧したとおり、地下へと続く坂道に行き当たる。
ランタンに照らし出されたそれを目にして、エゾンが不機嫌そうな声をあげた。
「どうする、お前なんか調子悪そうじゃないか?」
やけに物静かなリアスに、若干違和感を感じてエゾンが問う。
「問題ないから気にすんなって」
それにすぐ返事を返すも、やはりリアスの動きはどこか不自然だ。
「本当だな?」
「ほんと、ほんと。さ、進もうぜ」
疑いの目を向けるエゾンに、リアスが貼りつけたような笑顔で返す。
そのまま視線を避けるようにエゾンに背を向け、さっさと坂を下り始めた。
仕方なく、その背を追うようにエゾンも歩きだす。
「他の奴らが依頼されていたら大惨事だっただろうな」
下の層へと続く急な坂道は、下に行くほど天井が高くなる。
これは地下にいるゴブリンが大きく育ち始めていることを示す。
結果から言えば、このダンジョンは依頼レベルに見合わぬほど育ちすぎていた。
ゴブリンの群れは、そのサイズによって危険度が格段に変わる。
本来、今回の依頼のような定期除去依頼には、前の2件のような、比較的小さな集落が指定されるものだ。
それを新人や戦闘力の低いハンターがレイドを組んで、大人数でレベルを上げるために依頼を受ける。
だが、単純にパーティーの人数でゴリ押せるレベルは、やはり限られる。
上階で二人が倒しきったような大量のゴブリンが相手では、よっぽど下準備をしない限り、低級ハンターが何十人集まってもまず勝ち目はなかっただろう。
シーワが彼らに依頼を出したのは、本当に運が良かったと言えた。
「村の奴ら、あの入り口の小ささだけで判断しちまったか」
マジシャンが出た時点で、二人ともある程度は予想していたが、ここはすでに中級ダンジョン化してしまっている。
初期のゴブリンの群れは、たいてい自然の洞穴を見つけて生活し始めるのだが、群れの成長度に合わせて、巣穴を奥へ奥へと拡大していく。
にも関わらず、初期の群れは個々の体格が小さいため、人ひとりがやっと通れるような狭い入り口はそのままなのだ。
これが誤解を生む。
だが、進化が進むと、大型のゴブリンジェネラルやキングが発生し、元の入り口を破壊して外に進行し始める。
そうなってはもう、田舎のハンター程度では対処しきれない。
本来、国の軍隊や上級ハンターのパーティーが送られてくるのを待つことになる。
だから二人が今二層目に潜っているのは、ギルドに報告するための下調べであって、これ以上戦闘を続けるためではない。
「全くもっていい迷惑だ。後で追加の料金を請求しないと割に合わん」
結局エゾンは魔道具用の魔石をすべて使い尽くしていた。
その費用は今回のエゾンの取り分よりも高額だ。
依頼料の値上げだけではなく、経費も別で請求したい。
そんなことを考えるエゾンの隣、珍しくリアスが静かだ。
いつもならば無駄口が止まらないリアスが、エゾンから距離を取り、うつむき加減で歩いている。
前がちゃんと見えてるのかいないのか、どこか足取りも怪しい。
「おい、やっぱりお前、さっきからおかしいだろう」
坂を下りきり、少し広がった通路を歩くうち、とうとう立ち止まり始めたリアスをエゾンが厳しい声で問い詰めた。
その声に、驚いたように振り向いたリアスは顔いっぱいに冷や汗を浮かべている。
それを見たエゾンが、ずっと気になっていたことを口にした。
「最後の魔術、かすってただろう。あれか?」
「あー。うん」
流石にもうごまかし切れないと思ったのか、リアスがやっと体調の悪さを認めた。
「中途半端な詠唱だったしな。なんか変な症状でも出たか?」
リアスの歯切れ悪い返答に、とうとうエゾンが距離を詰め、リアスの腕を引こうとした。
それを迷惑そうに振り払ったリアスが、それだけで息を上げて立ち尽くす。
「そ、そんなこと……ない」
「遠慮するな、契約だろ。ちょっと見せてみろ」
「い、い、いいから!」
声を震わせ、余裕のなさそうなリアスの様子に、問題を確信したエゾンが詰め寄った。
非力なエゾンの腕さえ遮る余裕のない様子で、一歩一歩リアスが引き下がる。
とうとう壁際まで追いつめられ、両腕を押さえつけられたリアスが、切羽詰まって腕を振り回した。
それがたまたまエゾンのメガネに当たった。
「あ……」
リアスに悪気はないのだが、そこは馬鹿力のリアスである。
エゾンの眼鏡は遠くまで吹っ飛び、ゴツゴツとした岩肌に叩きつけられ、無惨にもそのレンズが粉々に砕け散った。
顔にもかすってしまったのか、エゾンは顔を抱えて俯いている。
それを目にしたリアスが青くなって、オタオタと焦った様子で声をあげた。
「ごめん、ちょっ……、マジ、今……放っておい──」
「バッ、こんなとこで叫ぶな──
──ゴゴゴゴゴゴ……
リアスが真っ青な顔でエゾンに叫び、エゾンが注意したその最中。
突然の轟音とともに、リアスの後ろの壁が崩れ始めた。
「避けろ!!」
エゾンの叫び声に、反射的にリアスが横に飛ぶ。
直後、まさにリアスがいたその場所に、リアスの半身程もある斧の刃が振り下ろされた。
大質量のそれは、岩の床を叩きわり、拳大の石つぶてを撒き散らす。
飛び散るそれを左右に避けて、二人が後方へと飛びのいた。
左右に分かれて後退した二人の前に、リアスの倍以上の巨体が立ちふさがっている。
「あっぶねえ」
「ギガント・ジェネラルか……。どうりで群れが大きかったはずだ」
それまで戦ってきた青緑のゴブリンどもとは格が違う。
ぶ厚く青黒い体皮がたるみを帯びて肥満気味の巨体を包み、まるで天然の革鎧のように守りが厚い。天井ギリギリまで成長した体は横にも広く、その容積はリアスとエゾンを余裕で丸呑みにできそうなほどである。
「今日は最悪だな」
エゾンが吐き捨てるように愚痴った。
ゴブリン・ジュネラルと言っても、実は何種類かいる。
いるであろうとは予測していたが、まさかジェネラルの中でも最も凶悪な、ギガント・サイズが来るとは思わなかった。
ギガント・ジェネラルの場合、単純にサイズが大きくなるだけではない。
知能指数もかなり発達し、群れのゴブリン達に指示を出しながら襲ってくる。コイツがいる群れは、まさに 軍隊なのだ。
冷や汗を浮かべ動けずにいるエゾンとギガント・ジェネラルの間に、一瞬でリアスが飛び出した。
流石、野生児リアス。
明確な敵を前にした途端、さっきまでの様子が嘘のように、そこでしっかりと大剣を正眼に構えている。
「どうする、コイツは子連れで相手できるやつじゃないぞ」
「だぁな」
エゾンの鋭い指摘に、リアスが不敵な笑みを浮かべて返事する。
本来、リアスはこれくらい手応えのある強敵が好みだ。
「悪いがリーエをちょっと預かってくれないか」
俄然やる気を出してしまったリアスが、答えを待たずに勝手に背負子を下ろす。
「背負子は置いてけ。俺が囮になるから、その間にリアスだけ抱えてギルドにむかえ」
「何言って──」
エゾンが反論しようとするも、それを遮るように、またも大きな鉄斧がこちらに向かって振り下ろされた。
それをリアスが大剣の背で横へとそらす。
どちらにしても、エゾンにあの背負子を動かすことは不可能だ。
問答の余地もなく、エゾンは急いで背負子からリアスを引き上げた。
「今のうちだ」
ギガント・ジェネラルはその巨体を揺らしてまた斧を引き上げようとしている。
この前のオークより破壊力のあるその一撃は、喰らえばリアスでもひとたまりもないだろう。
「ほら行け!」
その前で再度大剣を構えなおし、リアスが振り向きもせずにエゾンに言い放つ。
「いや、もう無理だろ」
だが、それを察して二人の退路を断つかのように、横道からぞろぞろと大量のゴブリンがあふれ出す。
「逃げ場なしってか」
暗闇に光るゴブリンどもの無数の緑の瞳を見回して、覚悟を決めたリアスが二人を背にかばうように移動した。
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