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第五章 道 - My way -
27 騎士の覚悟
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「やっぱりいたか」
部屋に戻ると近衛兵の純白の制服に着替えたカラムが待っていた。私が騎士団の書物庫から借り出していた本を読んでいる。
フッと見上げた視線が嬉しそうに笑んでいてホッとする。なんのかんの言ってあんな剣呑な目で剣を交えてそれっきりというのは初めての経験だったので、心のどこかに不安がこびりついていたようだ。
「もういいのか?」
そう言って食堂のほうに目をやる様子を見れば、私がもっと皆と飲んでから戻ると予想してたことがわかる。
「ああ、もういいんだ。ほら、あまり私が長くいると女も呼べないだろうし猥談もできない」
私がそう言いながら真っ直ぐに歩み寄れば、私の椅子に座っているカラムは手にしていた本を机に置いて私を抱きとめようと両手を差し出す。
それを嬉しく感じながら、私もカラムの頭を抱え込むようにして立ったままで抱きついた。ホッとすると共に、それだけで徐々に私の胸が高鳴っていく。
これは今日の試合の効果からか? それともカラムへの自分の気持ちが高まってきてるのか?
どちらにしてもそれはもう苦しいのではなく、嬉しいのだと悟ることができた。
「ラス風呂浴びたのか?」
「ああ、お前とやり合ってグッショリ汗かいたからな」
「いい匂いがする。だけどラスの汗の匂いも嗅いでみたかったな」
「そんなの臭いだけだ」
「何言ってるんだよ、ラスが俺の為にかいた汗だぞ。臭いわけがない」
カラムのとんでもない理屈に笑いが込み上げてくる。
「じゃあいつかカラムが私のためにかく汗でも確認してみるか」
私がそう言うと、ちょっと黙り込んだカラムが悪戯っぽい輝きを瞳に乗せて、私を見上げながら言い返す。
「今日嗅いでみるか? ラスを最後まで抱いたらきっとそうなる」
「そんなに大変なのか?」
突然の色っぽい話題に頭が追いつかず、何も考えずに問い返してしまった。言ってしまってからあまりに場違いな自分の答えが恥ずかしくなる。
だけどカラムはそんなことを気にする様子もなく、代わりに私の腰に回した手で私の背中を撫で上げた。
「ああ。きっとすごく大変だ。ラスを離せないから……きっとね」
カラムの手は優しく私の背中を撫でまわし、その手に与えられる甘美な切なさに、私は大きく喘ぐように息を吐いた。でもすぐにカラムの輝く二つの瞳がジッと私の様子を観察しているのに気付き、自分ばかりがいやらしく追い込まれるのが悔しくなってくる。
ふと思いつき、私はカラムの頭を両手で挟みこんだ。そしてカラムの顔を仰向けさせ、自分からキスをしてみる。いつもカラムがしてくれるように舌でカラムの上唇を舐め上げ、そして下唇を優しく食む。それからゆっくりと舌を差し出し、カラムの唇の間に滑り込ませ、カラムの口の中を探検していく。
カラムの歯は大きくつややかで不思議な感じがする。その隙間をこじ開けるように舌を差し込み、カラムの舌を探す。迎えるようにカラムが差し出す舌の表面をチロチロと舐めながら、カラムの髪に指を通し梳きあげた。
「ングッ……」
珍しいカラムの喘ぎが私の唇を震わせる。それが激しい感情の引き金になって、私は思う存分カラムの口内を舐めまわした。いつしか二人で息を合わせて喘ぎだし、キスはまるで獣がお互いを食べようと争うように激しさを増す。どこで止めていいのかもわからずに、私はただただ夢中でカラムの唇を貪った。
「ラス、お前俺を殺す気かよ……」
突然引き剥がされ顔を上げると、カラムが苦しそうに顔を歪ませて私を見てる。
「行こう」
そう言ってカラムは立ち上がりながら私を抱え上げ、ベッドへと運んでいく。
「勝者には姫の口付けがお約束だが、ラスのはまるでお前の方が勝者のようだ」
カラムにニヤリと笑ってそう言われれば、流石に少し恥ずかしくて顔に血がのぼる。
「そうやって照れるラスが俺の褒賞だな」
嬉しそうにそう言うカラムは私の顔に何度もキスを落としながら私を優しくベッドに横たえた。
「カラム、お前最後の一戦、わざと負けただろう」
突然気になっていたことを思い出して私が尋ねると、カラムは私の太腿を跨ぐようにベッドに膝立ちになりながら悪びれもせずに答える。
「そりゃ色々あるんだよ、近衛隊にも」
「しかも中隊長だなんて聞いてないぞ」
「ラスが上に行きたいって言うんだからしょうがない」
「はあ?」
聞き返す私を見降ろしながらカラムがスッと真顔になって私に答える。
「このままだとお前ばかり出世して俺の立場がなくなるだろう。そうなる前の布石だ」
「いや、私には団長職以上の上なんてないぞ」
「そんなの、お前なら分からないだろう?」
「カラム、お前は変に私を買いかぶり過ぎだ」
真面目に私を見ながらそう言うカラムに呆れて返事を返した。そんな私を目を細めて見ながらカラムは「そのうち分かる」と小さく呟きながら私のシャツの前を外し始める。
「ラスを脱がせるの、何回やってもドキドキする」
「カラムはやっぱりふしだらだな」
「ふしだらっていうのは相手を選ばないやつのことだ。俺はお前だけを選んでるから当てはまらない」
そんな事を言いながらあっという間に私のシャツを開いたカラムがそこでスッと目を細めた。
「なんで今日はサポーター付けてないんだ?」
「なんでってさっき風呂を浴びたから──」
「それでサポーターもなしで下で飲んでたのか?」
「別に、お前も言ってたじゃないか。しててもしてなくても変わらないって」
「意味が違う。それに俺以外の話はしていない」
「じゃあ私にどうしろっていうんだ?」
私の問いかけにカラムがウッと言葉につまる。
「……今度俺に女性物の下着を贈らせてくれ」
しばらく考えてから視線を逸らし、少し赤くなってそう申し出たカラムの様子に嬉しくなってしまった。
「ああ、期待して待っていよう」
私が答えるとカラムは少し胡乱な目つきで私を見降ろしながら「余裕そうだな」と一言呟いて上に覆いかぶさってきた。
そのまま今度はカラムが激しいキスを私に浴びせかける。キスをしながら私のシャツを取り去り、カラムも自分の近衛の制服の上着に手をかける。横着したのか、はだけていく上着の間からシャツの代わりにカラムの素肌が現れた。目の前で露にされていくカラムの筋肉質な裸の上半身に、勝手に私の心臓がドキンと大きな音を響かせる。見慣れたはずの兵士の裸なのに、それがカラムの身体だと思うと勝手に身体が火照りだす。
そんな私の様子を楽しむようにジッと見つめ、間近で妖しい微笑みを向けながら、カラムが上着を脱ぎ捨てて裸の上半身を私の上にかがませた。
考えてみれば、包帯を取り換えるのを止めて以来カラムの裸を見ていない。あの時の傷跡がいくつか目につき、つい、指先でなぞってしまう。
「っ!」
「悪い、痛かったか?」
触れた途端顔を歪めたカラムに慌てて手を引くと、カラムがぶっきらぼうに告げる。
「痛い訳じゃない。ただちょっとまだ感じやすいだけだ」
そう言って自分でも傷をさすりながら私の顔を見る。
「ラスが触りたいなら触ってくれ。お前に触られるのは気持ちいから」
「いいのか?」
「ああ」
そう言われ興味が湧いた私は、人差し指で一番大きな傷の跡を優しくなぞってみる。カラムが私の指の動きに合わせて顔を歪ませ、耐え切れずに熱い吐息を吐きだす。それを聞いて、私の心臓が音を立てて高鳴った。
「じゃあ今度は俺の番だ」
そう言って傷を撫でていた手を掴んだカラムは、私の両手をベッドに縫い付ける。そのままジッと見下ろしてくるカラムの眼はいつにもまして欲望を滾らせていて、見つめられているだけで心臓の高鳴りと下腹部の痺れが引きつるほど強くなってくる。そんな私の表情を楽しむように小さく舌なめずりしたカラムが、私を見下ろしながらうっそりと微笑む。
「俺の自由にさせてくれるラスが好きだ」
好き勝手な感想とともにカラムの顔が近づき、キスをするのかと思えば私の鼻に歯を立てた。すぐに離して私の眼を覗き込み、今度は私の左頬の頂点に歯を当てる。野獣の遊びの様に、ガジガジと私の顔に歯を立てては私の顔色を伺う。
まるで一体私がどこまで許すのか試すようなカラムのその行為が、実は内心可愛く感じていると言ったらこいつはきっと拗ねるのだろう。ああ、私は確かにカラムに自由にさせてやっているのだ。そう思うと不思議とウキウキとした気持ちになった。
「ラス。ご褒美が欲しい」
しばらく私の顔を好きなように齧ってたカラムが顔を上げ、私を見降ろして少し媚びるような目つきでそう言いだした。
「ご褒美か?」
「ああ。お前と俺、今日は上手くやれただろう。少しぐらいご褒美があってもよくねえか?」
カラムの申し出を考えてみる。確かにいいかもしれない。私がカラムに助けられたのは確かだ。今朝気持ちよく部屋を出られたことから、最後にこいつに負かされたあの瞬間まで、全てカラムのお陰で楽しかった。
そしてカラムが私と試合ったあの時。カラムもまた一瞬たりとも手を抜かず全力で戦ってくれたことは私の誇りであり、そんなカラムに私は心の底から感謝していた。
「いいぞ、言ってみろ」
私が頷きながらそう言うとカラムが嬉しそうにほほ笑んで起き上がり、ゴソゴソと自分のズボンのポケットを漁る。どうやら最初っからこのご褒美は計画されていたらしい。そう思うと少し微笑ましく顔が緩む。
「受け取ってくれ」
カラムは自分のポケットから取り出した小さな箱を私に押し付けた。
「なんでカラムのご褒美に私が物をもらうんだ?」
「いいから。開けてくれ」
言われて箱を開けて見ると、そこには小さなリングが一つ入っている。
「カラム、これは?」
「ラス、結婚して欲しい」
「は?」
「……俺と結婚して欲しい」
あまりに飛躍した申し出に私の思考が一瞬停止した。
結婚。
ああ、これは婚約指輪なのか。
今更そこに気が付いて、箱の中身とカラムの顔を見比べてしまった。
「本気か?」
「ああ、本気だ」
「ご褒美ってこれか?」
「別に頷かなくてもいい。俺の申し出を聞いてくれればそれがご褒美だ」
ああ、まただ。カラムは自分の気持ちを誤らない。決して私に強要はしないが、自分の気持ちを押し隠したりすることもしない。だからこれは正に今のカラムの真心そのものなのだろう。そう思うと、その指輪が非常に貴重なものに思えた。
「ああ」
「ああ?」
「ああ、いいぞ」
「…………え?」
私は素直にそのカラムの真心を受け取りたいと思った。それは凄く大切な贈り物で、そして他の誰にも譲りたくない贈り物だった。だから、私はそのまま答えたのだが。
カラムは私を見つめ、私と指輪を何度も見比べて、呆然として聞きなおす。
「今、俺の申し出を受けてくれたのか?」
「ああ、受けたぞ。ありがたくこれも頂く」
こんな大事なことで誤解はされたくない、そう思ってはっきりと答えてやると、カラムがハハッと力なく笑い、ぱたりと倒れた。
「やっぱラスは分かんねえ……」
「なんだ、受けなければよかったのか?」
「い、いや、嬉しい、死ぬほど、嬉しい、嬉しいんだけどな、もうちょっと待ってくれ」
気のせいじゃない。私の上に崩れ落ちたカラムの息遣いに嗚咽が混じっているのを聞いてしまった私は、そのままカラムが顔を上げられるようになるまで静かに待つことにした。
部屋に戻ると近衛兵の純白の制服に着替えたカラムが待っていた。私が騎士団の書物庫から借り出していた本を読んでいる。
フッと見上げた視線が嬉しそうに笑んでいてホッとする。なんのかんの言ってあんな剣呑な目で剣を交えてそれっきりというのは初めての経験だったので、心のどこかに不安がこびりついていたようだ。
「もういいのか?」
そう言って食堂のほうに目をやる様子を見れば、私がもっと皆と飲んでから戻ると予想してたことがわかる。
「ああ、もういいんだ。ほら、あまり私が長くいると女も呼べないだろうし猥談もできない」
私がそう言いながら真っ直ぐに歩み寄れば、私の椅子に座っているカラムは手にしていた本を机に置いて私を抱きとめようと両手を差し出す。
それを嬉しく感じながら、私もカラムの頭を抱え込むようにして立ったままで抱きついた。ホッとすると共に、それだけで徐々に私の胸が高鳴っていく。
これは今日の試合の効果からか? それともカラムへの自分の気持ちが高まってきてるのか?
どちらにしてもそれはもう苦しいのではなく、嬉しいのだと悟ることができた。
「ラス風呂浴びたのか?」
「ああ、お前とやり合ってグッショリ汗かいたからな」
「いい匂いがする。だけどラスの汗の匂いも嗅いでみたかったな」
「そんなの臭いだけだ」
「何言ってるんだよ、ラスが俺の為にかいた汗だぞ。臭いわけがない」
カラムのとんでもない理屈に笑いが込み上げてくる。
「じゃあいつかカラムが私のためにかく汗でも確認してみるか」
私がそう言うと、ちょっと黙り込んだカラムが悪戯っぽい輝きを瞳に乗せて、私を見上げながら言い返す。
「今日嗅いでみるか? ラスを最後まで抱いたらきっとそうなる」
「そんなに大変なのか?」
突然の色っぽい話題に頭が追いつかず、何も考えずに問い返してしまった。言ってしまってからあまりに場違いな自分の答えが恥ずかしくなる。
だけどカラムはそんなことを気にする様子もなく、代わりに私の腰に回した手で私の背中を撫で上げた。
「ああ。きっとすごく大変だ。ラスを離せないから……きっとね」
カラムの手は優しく私の背中を撫でまわし、その手に与えられる甘美な切なさに、私は大きく喘ぐように息を吐いた。でもすぐにカラムの輝く二つの瞳がジッと私の様子を観察しているのに気付き、自分ばかりがいやらしく追い込まれるのが悔しくなってくる。
ふと思いつき、私はカラムの頭を両手で挟みこんだ。そしてカラムの顔を仰向けさせ、自分からキスをしてみる。いつもカラムがしてくれるように舌でカラムの上唇を舐め上げ、そして下唇を優しく食む。それからゆっくりと舌を差し出し、カラムの唇の間に滑り込ませ、カラムの口の中を探検していく。
カラムの歯は大きくつややかで不思議な感じがする。その隙間をこじ開けるように舌を差し込み、カラムの舌を探す。迎えるようにカラムが差し出す舌の表面をチロチロと舐めながら、カラムの髪に指を通し梳きあげた。
「ングッ……」
珍しいカラムの喘ぎが私の唇を震わせる。それが激しい感情の引き金になって、私は思う存分カラムの口内を舐めまわした。いつしか二人で息を合わせて喘ぎだし、キスはまるで獣がお互いを食べようと争うように激しさを増す。どこで止めていいのかもわからずに、私はただただ夢中でカラムの唇を貪った。
「ラス、お前俺を殺す気かよ……」
突然引き剥がされ顔を上げると、カラムが苦しそうに顔を歪ませて私を見てる。
「行こう」
そう言ってカラムは立ち上がりながら私を抱え上げ、ベッドへと運んでいく。
「勝者には姫の口付けがお約束だが、ラスのはまるでお前の方が勝者のようだ」
カラムにニヤリと笑ってそう言われれば、流石に少し恥ずかしくて顔に血がのぼる。
「そうやって照れるラスが俺の褒賞だな」
嬉しそうにそう言うカラムは私の顔に何度もキスを落としながら私を優しくベッドに横たえた。
「カラム、お前最後の一戦、わざと負けただろう」
突然気になっていたことを思い出して私が尋ねると、カラムは私の太腿を跨ぐようにベッドに膝立ちになりながら悪びれもせずに答える。
「そりゃ色々あるんだよ、近衛隊にも」
「しかも中隊長だなんて聞いてないぞ」
「ラスが上に行きたいって言うんだからしょうがない」
「はあ?」
聞き返す私を見降ろしながらカラムがスッと真顔になって私に答える。
「このままだとお前ばかり出世して俺の立場がなくなるだろう。そうなる前の布石だ」
「いや、私には団長職以上の上なんてないぞ」
「そんなの、お前なら分からないだろう?」
「カラム、お前は変に私を買いかぶり過ぎだ」
真面目に私を見ながらそう言うカラムに呆れて返事を返した。そんな私を目を細めて見ながらカラムは「そのうち分かる」と小さく呟きながら私のシャツの前を外し始める。
「ラスを脱がせるの、何回やってもドキドキする」
「カラムはやっぱりふしだらだな」
「ふしだらっていうのは相手を選ばないやつのことだ。俺はお前だけを選んでるから当てはまらない」
そんな事を言いながらあっという間に私のシャツを開いたカラムがそこでスッと目を細めた。
「なんで今日はサポーター付けてないんだ?」
「なんでってさっき風呂を浴びたから──」
「それでサポーターもなしで下で飲んでたのか?」
「別に、お前も言ってたじゃないか。しててもしてなくても変わらないって」
「意味が違う。それに俺以外の話はしていない」
「じゃあ私にどうしろっていうんだ?」
私の問いかけにカラムがウッと言葉につまる。
「……今度俺に女性物の下着を贈らせてくれ」
しばらく考えてから視線を逸らし、少し赤くなってそう申し出たカラムの様子に嬉しくなってしまった。
「ああ、期待して待っていよう」
私が答えるとカラムは少し胡乱な目つきで私を見降ろしながら「余裕そうだな」と一言呟いて上に覆いかぶさってきた。
そのまま今度はカラムが激しいキスを私に浴びせかける。キスをしながら私のシャツを取り去り、カラムも自分の近衛の制服の上着に手をかける。横着したのか、はだけていく上着の間からシャツの代わりにカラムの素肌が現れた。目の前で露にされていくカラムの筋肉質な裸の上半身に、勝手に私の心臓がドキンと大きな音を響かせる。見慣れたはずの兵士の裸なのに、それがカラムの身体だと思うと勝手に身体が火照りだす。
そんな私の様子を楽しむようにジッと見つめ、間近で妖しい微笑みを向けながら、カラムが上着を脱ぎ捨てて裸の上半身を私の上にかがませた。
考えてみれば、包帯を取り換えるのを止めて以来カラムの裸を見ていない。あの時の傷跡がいくつか目につき、つい、指先でなぞってしまう。
「っ!」
「悪い、痛かったか?」
触れた途端顔を歪めたカラムに慌てて手を引くと、カラムがぶっきらぼうに告げる。
「痛い訳じゃない。ただちょっとまだ感じやすいだけだ」
そう言って自分でも傷をさすりながら私の顔を見る。
「ラスが触りたいなら触ってくれ。お前に触られるのは気持ちいから」
「いいのか?」
「ああ」
そう言われ興味が湧いた私は、人差し指で一番大きな傷の跡を優しくなぞってみる。カラムが私の指の動きに合わせて顔を歪ませ、耐え切れずに熱い吐息を吐きだす。それを聞いて、私の心臓が音を立てて高鳴った。
「じゃあ今度は俺の番だ」
そう言って傷を撫でていた手を掴んだカラムは、私の両手をベッドに縫い付ける。そのままジッと見下ろしてくるカラムの眼はいつにもまして欲望を滾らせていて、見つめられているだけで心臓の高鳴りと下腹部の痺れが引きつるほど強くなってくる。そんな私の表情を楽しむように小さく舌なめずりしたカラムが、私を見下ろしながらうっそりと微笑む。
「俺の自由にさせてくれるラスが好きだ」
好き勝手な感想とともにカラムの顔が近づき、キスをするのかと思えば私の鼻に歯を立てた。すぐに離して私の眼を覗き込み、今度は私の左頬の頂点に歯を当てる。野獣の遊びの様に、ガジガジと私の顔に歯を立てては私の顔色を伺う。
まるで一体私がどこまで許すのか試すようなカラムのその行為が、実は内心可愛く感じていると言ったらこいつはきっと拗ねるのだろう。ああ、私は確かにカラムに自由にさせてやっているのだ。そう思うと不思議とウキウキとした気持ちになった。
「ラス。ご褒美が欲しい」
しばらく私の顔を好きなように齧ってたカラムが顔を上げ、私を見降ろして少し媚びるような目つきでそう言いだした。
「ご褒美か?」
「ああ。お前と俺、今日は上手くやれただろう。少しぐらいご褒美があってもよくねえか?」
カラムの申し出を考えてみる。確かにいいかもしれない。私がカラムに助けられたのは確かだ。今朝気持ちよく部屋を出られたことから、最後にこいつに負かされたあの瞬間まで、全てカラムのお陰で楽しかった。
そしてカラムが私と試合ったあの時。カラムもまた一瞬たりとも手を抜かず全力で戦ってくれたことは私の誇りであり、そんなカラムに私は心の底から感謝していた。
「いいぞ、言ってみろ」
私が頷きながらそう言うとカラムが嬉しそうにほほ笑んで起き上がり、ゴソゴソと自分のズボンのポケットを漁る。どうやら最初っからこのご褒美は計画されていたらしい。そう思うと少し微笑ましく顔が緩む。
「受け取ってくれ」
カラムは自分のポケットから取り出した小さな箱を私に押し付けた。
「なんでカラムのご褒美に私が物をもらうんだ?」
「いいから。開けてくれ」
言われて箱を開けて見ると、そこには小さなリングが一つ入っている。
「カラム、これは?」
「ラス、結婚して欲しい」
「は?」
「……俺と結婚して欲しい」
あまりに飛躍した申し出に私の思考が一瞬停止した。
結婚。
ああ、これは婚約指輪なのか。
今更そこに気が付いて、箱の中身とカラムの顔を見比べてしまった。
「本気か?」
「ああ、本気だ」
「ご褒美ってこれか?」
「別に頷かなくてもいい。俺の申し出を聞いてくれればそれがご褒美だ」
ああ、まただ。カラムは自分の気持ちを誤らない。決して私に強要はしないが、自分の気持ちを押し隠したりすることもしない。だからこれは正に今のカラムの真心そのものなのだろう。そう思うと、その指輪が非常に貴重なものに思えた。
「ああ」
「ああ?」
「ああ、いいぞ」
「…………え?」
私は素直にそのカラムの真心を受け取りたいと思った。それは凄く大切な贈り物で、そして他の誰にも譲りたくない贈り物だった。だから、私はそのまま答えたのだが。
カラムは私を見つめ、私と指輪を何度も見比べて、呆然として聞きなおす。
「今、俺の申し出を受けてくれたのか?」
「ああ、受けたぞ。ありがたくこれも頂く」
こんな大事なことで誤解はされたくない、そう思ってはっきりと答えてやると、カラムがハハッと力なく笑い、ぱたりと倒れた。
「やっぱラスは分かんねえ……」
「なんだ、受けなければよかったのか?」
「い、いや、嬉しい、死ぬほど、嬉しい、嬉しいんだけどな、もうちょっと待ってくれ」
気のせいじゃない。私の上に崩れ落ちたカラムの息遣いに嗚咽が混じっているのを聞いてしまった私は、そのままカラムが顔を上げられるようになるまで静かに待つことにした。
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