悪魔な魔法使いの弟子はじめました。

こみあ

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第2章 新しい風

春の嵐は突然に ― 1 ―

 すぐに戻る、そう言ったにも関わらず、結局次の朝まで俺は屋敷に帰ることは出来なかった。寝不足のまま朝一番でピピンの執務室を訪ねやけくそ気味に言い渡す。

「ピピン、アエリアの『成人の儀』を執り行う準備をしろ、来週だ」
「はぁ? 何をそんな唐突に! 来週ですか?」
「そうだ、来週だ」
「そんな無茶な。他ならないアエリア様の『成人の儀』ですよ!? 一週間やそこらで準備が整うわけがありますか!」
「そんなことは分かっている。だが、やらないという選択肢はない」
「分かっております。分かっておりますが! がぁぁぁぁ! なぜ今なんですか!」

 頭を、ぐしゃぐしゃと両手でかきむしりながらピピンが唸り声をあげる。俺だってそうしたい。

「アーロン様、強硬手段です。アーロン様に領地を割譲し辺境伯になって頂きます。アエリア様との婚約を申請し、アーロン様の授与式とアエリア様との婚約式を兼ねるという形で『成人の儀』を整えます」
「やはりそれしかないか」
「当たり前です。一週間で王族を含む儀式の施行など、こんな裏技でも使わない限り不可能ですから」
「王族抜きで勝手に済ますというのは?」
「無理に決まっているでしょう! そんなことをして後々アエリア様の身元が明るみに出たりしたらこの国の王族は列国のいい笑いものですよ」
「分かった。詳しくはお前に任す」

 俺だって別にただ眠れなかったわけじゃない。まあそれくらいしか方法がないだろうとは考えてた。仕方あるまいと頷いてやると、今度はピピンが激高する。

「とんでもありません! アーロン様には前もって辺境伯の地位を担っていただいて、私の執務を肩代わりしていただきます」
「なんで俺が!」
「一週間で『成人の儀』をやりたいなんて無茶を持ってきたのは誰ですか! 責任を取って大人しく仕事をしてください。貴方は非常に有能なのですから、座って仕事さえしていて下されば私も責任をもって時間内にアエリア様の儀式の全てを整えて見せましょう」

 ギラギラ目を光らせ譲る気の全くないピピンに押し切られ。結局俺はそれから5日間、ピピンの執務室に半軟禁状態でこいつの仕事をすべて請け負う羽目になったのだった。


    ▽▲▽▲▽▲▽


「──とりあえず書類は全て目を通して緊急度順に整理し、緊急度『高』以上のものは全て片を付けた。こちらの分は怪しいやり取りが多すぎる。誰か送って見に行かせろ。こちらの案件は間違いなくギミックだ。裏で別の取引が行われているだろう。諜報部を動かして下見させてこい」

 5日目の夜。

 すっかり自分の机代わりに使ってるピピンの執務机に足を乗せ最後の書類の束を片づけてると、ピピンが目の下を縁取るクマをより深くして疲れきった足取りで部屋に帰ってきた。
 一歩入室してすぐ俺の報告を聞いたピピンが、その場で大きなため息をついてソファーに崩れ落ちる。

「……分かってはいましたが、アーロン様。やはり貴方は本来の地位に戻って執務をされるべきではないですか? 全く、私が一ヵ月かけて取りまとめる量の仕事をたった5日で終わらせてしまうんですから」
「何を言っている。俺に『本来の地位』などないぞ。8年前にしっかりお前に押し付けただろうが」
「そんなことを偉そうに言わないでください。こっちは今日一日で王宮内の全ての王族と交渉して教会の使用と儀式の出席者を集めてきたんですから。もう胃に穴が開きそうですよ」
「そんなもん、もう少し気楽にやればいいだろう」

 何を暢気なことを、とため息をついたピピンがぱっと顔を輝かせて俺を見る。

「アーロン様、いっそ公爵の地位をお取り頂けませんか? 将軍職ももれなく付いてきますよ?」
「そんなもの誰がいるか! それはお前の仕事だろ」
「何言ってるんですか! 現在総務大臣、法務大臣、外務大臣、財務大臣、全て私が一人で回しているんですよ! 一つぐらいアーロン様が引き受けるのに何の問題がありますか!」
「誰か他の奴に押し付ければいいだろうが」
「他に人材がいればとっくにやっていますよ! この上フレイバーンの婚姻騒ぎまで重なって、私の胃が焼け落ちたらどーしてくれるんですか?!」

 そう言って胃の辺りをさすりだす。

「なんだ、それは。あれから何か進展があったのか?」
「……アーロン様、自由を望まれるのでしたら、なるべく早くアエリア様を口説き落として結婚してください」
「はぁ?」
「フレイバーンから正式な輿入れの要請が届きました。日付は来月末。お相手はフレイバーン北部のバートン卿ご令嬢レシーネ様となります。そして嫁ぎ先として指定してきたのは案の定アーロン様です」
「レシーネ。どこかで聞き覚えがあるな」
「それはおありでしょう。何しろ、向こうはアーロン様の御子を身ごもったと内々に通達してきているのですから」
「はぁぁあ?」

 そこで再度ピピンははーぁっと大きなため息をつく。

「前回の海竜騒ぎの際、アーロン様のしとねに入った娘がいましたね。あれがレシーネです」
「言われてみればそんな名前だったな。だが、夢を見せただけで手など付けていないぞ」
「存じております。どうせ婚礼を早めるための口上でしょう。よくある手口です」

 そこまできてピピンの言わんとすることが理解できた。フレイバーンとの国交の現状と新しい情報を加味すれば、確かにアエリアとの正式な婚約は一番近道で安全な回避方法だ。いっそ婚姻であればなおいい。本人の意思を無視するならばだが。

「アイツの為にも必要だから婚約に関してはそれでいい。だが婚姻は絶対に無理だ」
「仕方ありませんな。ですが婚約を国内でのみ公表するとなりますとアエリア様をターゲットにする者が現れかねません。それでなくともアエリア様の魔力量は魅力的ですし、すでにアーロン様が弟子を取られたと言う情報は出回っていますから」

 俺は少し考えて答えを返す。

「……式ではアエリアに首輪を付けさせて魔力量を制限させる。信号の受け口を俺にしておけば見失うこともなかろう」

 不安がないわけではないが俺の監視下にある限りどうとでもなるだろう。
 幾ばくかの胸騒ぎを覚えながらも、そのまま俺たちは当日の手筈を詰めていった。


    ▽▲▽▲▽▲▽


 すぐに帰ると言って出ていったアーロンは、だけどそれから5日経っても帰って来なかった。
 私の『お礼』はあまり効果がなかったのかな。なんかいっぱいお返しされちゃったし。
 アーロンのお返しを思い出すと勝手に顔が赤くなってくる。帰ってこないのは寂しいけど、今はちょっと顔合わせづらいし丁度いいのかな。 

 アーロンのいない間、私は届いた教本に目を通してた。予習復習をしたくても、スチュワードさんもアーロンもいないこの屋敷では本を読むことくらいしか出来ない。なぜならどの教本にも最初のページに『実地訓練は必ず指導員同伴の元に行うこと!』と大きな字で注意書きがされてるのだ。
 だけど魔術なんて実際に出してみてなんぼのものなので教本ばかり読んでても全然面白くない。本自体が高価なので修道院で育った私は学校に入るまであまり本を見たことがなかった。だから本来私のような境遇ならば読むこと自体が娯楽とも言えるのだが、アチラの世界の娯楽も知ってる私には刺激が足りなくてすぐ飽きてきてしまう。

 読んでいるだけでもそこそこ楽しいのは『魔法陣』と『精霊界』の教本くらいだ。『魔法陣』は絵がとても綺麗で、組み合わせで色々変わるので取りあえず描いてみたくなる。指で机に練習書しながらタラタラと読み進める。
 『精霊界』の教本は私が辺境の学校に通っていた時には一度も見たことのなかった代物だ。それを言ったら『事象』もそうだったんだけど、『事象』は要は広範囲な『自然科学』関係の知識で、一応高校まで行った私にはもう常識と言える範疇の内容だった。
 『精霊界』のお話はいわゆるおとぎ話。神だ王だと言うギリシャ神話系ではなく日本の伝承や昔話に近い気がする。
 でも大きな違いは、これらのおとぎ話はこの世界では『史実』及び『法則』として認識されてる。しかも違う章ではどのようにしてそれぞれの『精霊界』に干渉すべきかが説明されてたりする。あるらしいんだよ、ほんとに。

 読み進めるうちに、この前の私の疑問に一部答えが出た。水魔法の水はこの精霊界に干渉してそこから引き出しているらしい。でも皆が皆、水の精霊界に干渉して水を引き出したらいくら水の精霊界だっていつか水が尽きちゃうんじゃ?
 また新しい疑問が湧いてくる。

 アーロンがいないのでエリーさんとマイアさんが時間を持てあましてる。お陰で二人がかりで私を磨き上げ、毎日着せ替え人形よろしくもて遊ばれていた。アチラの世界でもあまりオシャレなどしてない私に発言権なんてない。全て二人におまかせだ。

「アエリア様、今日は今年最初のスミレが咲きましたよ」
「あら、でしたら折角ですからこちらの薄紫のレースが可愛らしいドレスに着替えましょう」
「では髪留めもミントグリーンに銀糸のリボンのものが宜しいですわ」
「それを使うのでしたら髪型もこことここを三つ編みにして後ろは軽いウェーブをかけて……」
「それに合う編み上げの靴が確かこちらに……」

 午後のお茶の前に繰り広げられる二人による私を使った『着せ替え人形』遊びは止める者のいないままどこまでも続いていく。されるがままの私はエリーさんたちがパタパタと動き回る間もボーッと外を見つめてた。
 師匠、もしかしてもう帰って来なかったりして……
 アーロンにはお城での地位も仕事もあるし、ここを離れればきっと忙しく働いているのだろう。私も私で前みたいに食べものもないままに一人で放り出されている訳ではないので、アーロンがいなければいないで過不足なく毎日が過ぎて行く。一つだけ足りていないのは師匠の存在だ。
 そんなことをぼーっと考えていた私の耳に、突然アーロンの声が響いた。

「アエリアはどこだ? 時間がない!」

 声は執務室からしたようだ。アーロンのいない時は決して執務室には入らないようにタイラーさんに言い渡されていたので、そこに人の気配があること自体久しぶりだ。

「師匠! 今行きます!」

 私が声を張りあげると、「まぁ!」と私の髪にリボンを絡めていたエリーさんとマイアさんが驚きの声をあげた。

「アエリア様そんなに声を張りあげなくても、私どもがお連れしますのに」

 そんなこと言ったってアーロンはきっと待ってくれない。すぐに行かないときっと機嫌を損ねる。

「すみませんが、師匠のところに行きます!」

 そう言って編み途中の髪のまま部屋を飛び出した。

「おまえ、髪がまたグチャグチャだぞ?」

 久しぶりにあった師匠の第一声はやっぱり文句だった。なぜか顔が笑ってしまう。

「師匠、お帰りなさい。すぐ帰るって言ったっきり帰って来ないので心配してたんです。忙しかったんですか?」
「ああ、殺されるかと思った。こんなに働いたのは本当に久しぶりだ。ったく、ピピンの奴、人の足元見やがって」
「へ? ピピンさんとお仕事だったんですか?」
「……ああ、喜べ、お前が会いたがっていたピピンに会わせてやるぞ」
「え!? 本当ですか!」

 一体どうしちゃったんだろう、ピピンさんの話をするとあんなにいつも怒ってたのに。ま、いいか。これでピピンさんの謎が解けるよ。

「支度はちょうど良さそうだな。もう一度自分の部屋に戻って髪をきちんとまとめてもらって来い」

 イライラと時間を気にしながらアーロンが私を追い立てる。

「わ、分かりました、えっと、師匠はここにいるんですか?」

 まだ行っちゃわないよね?

「ああ、ここにいるから早くしろ。エリーとマイアに10分で終わらせろと伝えておけ」

 そんなこと言ってるところにエリーさんとマイアさんが来た。二人とも、開けっ放しだった扉の前でアーロンに挨拶をする。

「エリー、早くこいつの髪をどうにかしてやってくれ。時間がない」

 アーロンの様子に小首をかしげたエリーさんは何やらマイアさんに耳打ちしてる。そのままマイアさんをアーロンのところに残して、エリーさんだけ私を連れて部屋に戻った。
 2分と待たずに部屋に駆け込んできたマイアさんが血相を変えてエリーさんに耳打ちする。途端、エリーさんの顔色が変わり、空気を凍りつかせるような厳しい剣幕で指示を始めた。

「マイア、ブリジットさんも呼んでください。あとアーロン様に今すぐタイラーさんを送って頂くように手配して。それからあちらにも応援の準備を。アーロン様に30分で必ず仕上げますのでお時間を稼いで頂けるようお願いして」

 指示を出している間もエリーさんの手は止まらない。一度結いあげられていた私の髪はもう一度全て解かれ、香油をしっかりと揉み込まれて今度はさっきより数段手の混んだ髪型に結直されていく。

「アエリア様、大変申し訳ありませんが緊急ですので少し手荒い支度になることをご容赦ください」

 そう言って私の着ていた服を引き剥がし、クローゼットの中のドレスの中でも一際豪華なロングドレスを取り出す。薄水色のサテンとレースをふんだんに使い、小さなパールがそこら中に散りばめられたとんでもなく豪華な代物だ。

「アエリア様、今日のお食事は我慢です。何を出されても一口以上手を付けてはなりませんよ」

 エリーさんがそう言いながらブリジットさんと二人がかりで私の人生初のコルセットを締めあげた。

「く、苦しいです、息が詰まる!」
「大丈夫です。すぐに慣れますから」

 確かに一旦締め終わるとなんとか息が付けた。でも確かにこれじゃあ何も食べられない。ガーターベルトでこの世界で始めて太ももから吊るす大人の靴下も履き、新しいなめ皮の靴を履く。ヒールは流石にまだ今日は無理だと理解してもらえた。
 そこにコンコンとノックの音が響く。

「タイラーです。お手伝いに参りました。宜しいでしょうか?」
「ああ、タイラーさん、ちょうどいい所に! 申し訳ありませんがアエリア様に浄化魔法をお願い出来ませんか?」
「ああ、そういうことでしたか。それでは早速」
「アエリア様、ちょっとそのままで」

 え?

 何が起きるのかわからずキョトンとしている私の目の前で、タイラーさんが詠唱を始める。魔術も使える執事さんってホントだったんだ。などと考えてる間に私の皮膚がピリピリしてきた。
 な、何これ。痛くはないけど全身の皮膚と毛穴がバキュームされてるみたい!
 そのまま5分ほどそれが続き、終わってみると肌が全身ツヤツヤになってなぜか爪までキラキラに輝いてた。

「流石ですわね。タイラー様の浄化魔法はいつ見ても素晴らしい。さあ、アエリア様、最後の仕上げです。こちらでお化粧を施しましょう」
「それでしたら私はこれで失礼させて頂きます」

 出ていこうとするタイラーさんをすんでで引き止めてエリーさんがテキパキと指示をだす。

「タイラーさん、時間通りお連れするのでアーロン様に私もご一緒させて頂けますようお願いしていただけますか?」
「はい」

 いつも以上に気合の入った化粧を施され、一体どこのお貴族様だというていに仕上がった私を連れてエリーさんが急ぎ執務室に向かう。
 執務室ではタイラーさんとマイアさんもアーロンと一緒に待ってた。

「アーロン様、お待たせ致しました。早速転移をお願い致します。マイア、あとは宜しくお願いします」
かしこまりました。アエリア様、おめでとうございます。お早いお帰りをお待ちしております」

 え? おめでとうって?

 私が聞き返そうとしている間にも景色は色を失い、マイアさんの姿は消え去ってしまった。突然世界は暗転し、そして少しずつ明るくなり、やがて世界に色が帰ってくる。
 そこは今までで私が一度も来たことのない場所だった。
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