悪魔な魔法使いの弟子はじめました。(R15版)

こみあ

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2章 新しい風

37 新しい波の行方 ― 3 ―

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 スチュワードの準備が整い次第屋敷に戻りアエリアにスチュワードを紹介した。

 スチュワードの3年計画を聞いてまたぞろ騎士団の事を持ち出しそうな勢いのアエリアに釘を刺すと今にも泣き出しそうになった。
 オロオロと動揺を隠せずかけてやる言葉一つ見つけられなくて俺が困っていると、それを見かねてスチュワードが他の魔術師の職種や色々な可能性をアエリアに示唆してやってくれた。

 流石長年教師をやってきただけの事はある。

 思いがけずアエリアが心配そうな顔でまたも俺が訓練を続けるのか聞いてくる。

 俺はそれが少しこそばゆくて一瞬目を反らしてしまったが、不安そうなアエリアの事を思い出して勿論もちろん続けてやると約束してやった。

 スチュワードとアエリアを残してピピンの執務室に戻った。

「ピピン、あの館に少し手を入れたい。近日中に何とか出来るか? 数部屋、研究とアレの学習室に改装したいのだが」
「人の入っていなかった屋敷ですからそれを先にされると思っていたんですがね。やっとそういう気になって下さいましたか」

 そう言ってピピンはタイラーを呼び出した。

「アエリアの安全が最も優先されるので改装中は何処かに移したい」
「それでしたら城内のアーロン様のご自室に暫しばらく寝泊まりして頂いたらいかがですか? どうせ使われていないのでしょう?」
「確かに城内の部屋でしたらまず侵入者自体を制限できますし結界も張りやすいかと」

 タイラーは真面目に答えているがピピンの目は半分笑っている。

「……アイツが嫌がると思うぞ」
「嫌がられると思うようなやましい所でもあるのですかな?」
「余計なお世話だ」

 目元の笑いを隠しもせずにピピンが続けた。

「では問題ありませんな。タイラー、信用のおける職人を選別して作業するとなるとどのくらいかかる?」

 タイラーがしばらく思案してから答える。

「4、5日くらいでしょうか」
「ではいっそご旅行にでも行かれてはいかがですかな?」

 ピピンは俺を煽あおるように次から次へと俺の欲望に沿う提案をしてくる。

 ……何を考えてやがる?

 そこでピピンがゆっくりと俺に向かい直り呆れた様に俺を見て言う。

「アーロン様。何をそんなに怖気おじけづかれているんですか。他の何事にも恐れを感じず即決即断そっけつそくだん即実行そくじっこうのアーロン様がそんなに狼狽うろたえられるとは恋は盲目とはよく言ったものですね」

 俺はちょうど口を付けていたお茶を思いっきり吹き出した。

「な、何を馬鹿な事を!」

 タイラーがすかさず俺の前を片付ける。

「アエリア様と一緒にいたいと思われるのでしたら別に閉じ込めておく必要は無いのですよ。アエリア様の肩を軽く抱き寄せながら一緒に買い物に行こうとでも呟つぶやいてご覧なさい。きっと喜んでご一緒されると思いますよ」

 至極理にかなったピピンの返答に俺は言葉に詰まる。
 理性ではピピンが正しいと思えるのにどうやってもそれを実行に移す自分が思い浮かべられない。

 そんな俺を生暖かい目で見ながらピピンが話を切り替えた。

「ところでアーロン様。フレイバーンより使者が参りました。フレイバーン王室よりこちらに輿入れを望むという通達が非公式にされています。来月には正式な発表がされる事となりますがそれを待たずしてあちらの密偵がどうも色々と暗躍を始めたようです」

 この前の海竜騒ぎに続いて何を考えているんだ。

「誰に輿入れすると言うのだ? 今の大公には既に正妃と側室が二人いると思うが。第一王子も16で正式にアレフィーリア神聖王国の第三王女と婚約が成立している。第二王子はまだ5才だ」
「そこなのですが。どうにも目ぼしい相手を特定出来ていないのです。ただどうもやけに私と魔導騎士団宛てにアーロン様関連の問い合わせが増えています」
「はぁ? 俺を調べてどうするつもりだ?」
「考えたくはありませんがもしアーロン様のご出自が漏もれたとすれば……」
「止めてくれ。断固お断りだ。間違っても俺の所によこすな」

 俺の機嫌が急降下したのを見て取ったピピンは再度話を切り替える。

「さて、そろそろ執務の引継ぎに入りましょう」

 そう言ってピピンは俺に仕事の押し付けを始めた。
 午後一杯かけてピピンの業務内容を引き継ぐ。

 スチュワードを連れに一旦辺境伯に戻って見るとアエリアが一人で夕食を食べていた。

 一人で食べるのは嫌だと言われた矢先にこれだ。

 エリーを相手にソファーで一人夕食を取っているアエリアの姿に少しだけ心が痛んだ。

「エリー、すまないがアエリアと少し話がしたい」

 俺はそう言ってエリーを下がらせアエリアのすぐ横に座る。

 餌付けをしようと思って座ったのだが途端ピピンが言っていた『肩を優しく抱いて~』と言う言葉が頭の中に響いて咄嗟に身体が行動を取っていた。

 軽く肩を抱きしめる、予定が完全に抱きしめてしまっている。

 ドクドクと鳴り響く心臓の音がうるさい。

「アエリア」

 言葉を続けようと思うのだがどうやってもうまく出てこない。

 何時までもただ抱きついて言葉の出ない俺に呆れたのかアエリアは後ろでゴソゴソと何かしながら聞いてくる。

「師匠どうしちゃったんですか」
「悪いが暫くこうしていてくれ」

 何とか時間を稼いで仕切り直そうとそう言ったのだが、言葉を絞り出すよりも早くアエリアの心臓の音が近くで聞こえ始めそれどころではなくなった。
 俺の肩の後ろに回ったアエリアの口から漏れる息遣いが早くなってきた気さえする。

 俺の気のせいなのかも知れないがそんな事を考えるだけで頭に血が上り、つい抱きしめる腕に力が入ってしまう。
 顔にかかった俺の髪を避けようとしたのだろう、アエリアが小首をかしげ髪を引っ張る。そんな些細な動作が俺の心を乱し余計力がこもってしまう。

 あと少し。
 もう少し。
 このままで。

「師匠?」
「まだもうちょっと」

 俺の腕の中のアエリアの身体が気のせいかやけに暖かくて……

「し、師匠、い、息が苦しい……」
「す、すまない」

 ハッとしてアエリアを離した。

 小動物よろしくハーフーと深呼吸をしているアエリアはよっぽど苦しかったのかやけに赤い顔で尋ねてくる。

「師匠、今のは結局何だったんですか?」
「いい、忘れろ」

 その赤い顔が変に色っぽくて俺は慌てて切り捨てて執務室に逃げ帰った。

「ピピンの奴!」

 あいつの言っているような行動が取れるのはよっぽど理性とやらがしっかりしたやつなのだろう。
 俺には無理だ。

 俺は直ぐにスチュワードを引き連れて城へと戻った。
 しまった。暫く帰れない事をアエリアに伝え忘れた。
 まあ、アイツがそれを気にするとも思えないし問題ないだろう。

 俺は自分の考えに痛む胸を無視してピピンの執務室でピピンの資料の山に手を付けた。


────
作者より:
次話はまた来週以降になると思います。
よろしくお願いいたします。

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