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第11章 北の森

37 砦の扉

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「おい誰か、ここの責任者表に出てこーーい!」

 黒猫君の大声が森の間をこだましてく。
 私は前もって言われた通り、耳を手で塞いでそれに耐えてた。

 今私たち、橋を渡った砦の目の前まで来てたりする。それは広大な敷地を何本もの木の柱で隙間なく囲った、かなり頑丈そうな砦。一本一本が多分私の背の三倍くらいはある。それをこんなに切り倒して砦の壁に使ってる。
 なんてもったいない。
 私たちが立ってるのはその一角、高い物見やぐらを左右に備え付けた扉の前。しっかりと下ろされたそれは、ナンシーの領城の城門のように引き上げたり下ろしたりする仕組みのやつみたい。今はしっかりと下ろされてて、まるっきり中の様子が見えない。物見やぐらにも人影はなく、どうやら内側からこちらの様子をうかがってるみたい。
 これ、今にも攻撃されそうで怖いんだけど。
 黒猫君曰く、こんな相手の場所が分かりやすい場所での攻撃は、避けるだけなら全く問題ないそうな。
黒猫君、いったい君なんでそんなに戦い慣れてるの?

 あれから黒猫君がドラゴンを後ろに引き連れてここに向かって歩きだしたんだけど、橋のこっち側に陣取ってた人たちがそれを見て一斉にワーっと砦の中へと逃げ込んでしまった。
 そりゃ、この大きなドラゴンがドスドス音を響かせて歩いてきたら、普通逃げるよね……。
 お陰で黒猫君も私もここまですんなり来れてしまったのだ。
 でもアルディさんたち軍隊は黒猫君に言われた通り、橋の向こう側で待機してもらった。これ以上誰か連れてきちゃったら、誰も砦から出て来てくれないだろうってことらしい。バッカスとシモンさんも黒猫君になんだか言付けられて向こうで待ってる。まあ、あっちは何となく分かってるけど。

「おーい、聞いてるのか? 出てこねーとドラゴンがここを踏み潰すってさ」
「おい人混じり、ワシをダシに使う気か?」

 黒猫君がドラゴンを指さして叫ぶと、当のドラゴンがギロリと黒猫君を睨む。

「なんだよ、さっき自分で言ってたんだろ。だったら少しは協力しろよ」

 ああ、黒猫君たらドラゴンの威を借りて無理やり交渉する気だったのか。
 でも、どうやらドラゴンはあまり乗り気じゃないらしい。器用に後ろ脚で首の後ろをボリボリと掻きながらあらぬ方向を見る。

「ワシは人に指図されるような軽い存在ではない。人間同士のいざこざは自分たちで何とかしろ」

 そう言ってその場にとぐろを巻くようにして寝そべってしまった。
 どうもこれは黒猫君にとっても予想外だったみたい。大きくため息をついてから、今度はチロリと私の顔を見て言葉を続けた。

「仕方ねえな。じゃあ、ここにいる巫女がまた魔力を暴発させるぞ!」
「へ?」
「ほら、あゆみもなんか言ってやれ」

 突然話を振られてポケッと黒猫君を見返してしまった。
 聞いてないよそんな話!

「待って黒猫君、私の魔法、使っちゃダメって自分で言ってたよね?」
「いいから。言うだけ言っときゃいいんだよ」

 ぼそりと耳元で勝手なこと言うけど、それならそうと前もって言っておいてほしい。心構えも何にもないところでそんな事言われたって、なんて言えばいいのやら。

「えー、えーっと……」

 真っ白になった頭に浮かんだ言葉を口だけいっぱいに開いてそのまんま叫んでみた。

「怖い魔法、出しちゃうぞ~」

 あ……。黒猫君に白い目で見られた……
 そ、そんな、突然無理言われても他に言葉なんか出てこないよ……。

 すぐに軽く頭を振って気を取り直した黒猫君が、私に耳をふさぐように言ってまた先を続けた。

「いいか、あんたらがオークけしかけたあの丘の上がどうなったか、あんたらも知ってんだろ! こいつノーコンだから砦ついでにどこまで消滅するか分かんねーぞ!」

 最後の一言はかなり効いたみたい。中でわたふたするような音がしてからやっと砦の中から返事が返ってきた。

「お、お前たち! ここが国王軍の砦と知ってやってるのか? す、すぐに中央からキーロン殿下の兵が応援に──」
「そんなもん来るわけねーだろ!」

 焦って叫び出した誰かの言葉を遮って、黒猫君が被せるように言い放つ。

「俺たちがキールの、そのキーロン陛下の秘書官だ。あっちで控えてる軍がキールの近衛隊。それとヨークの連中が一緒に待ってる。一度出てきて俺たちの話をしっかり聞け!」

 だけど砦の中からは明らかに馬鹿にするような笑いがいくつも漏れてきた。それを代表するようにさっきと同じ声が答える。

「は? 何を笑わせる。馬鹿なことを。キーロン殿下はまだ辺境で狼人族とやりあってらっしゃる──」
「そんなの、とっくに終わったよ」

 またも被せるように黒猫君がバッサリと切り捨てた。

「その証拠に狼人族のバッカスも一緒にいるの、あんたらも見ただろ」

 途端、シーンと中にいる人間たちの声が収まってしまう。それを見逃さず、追い打ちをかけるように黒猫君が説明を続けた。

「こんなへき地だと情報が来ねーんだな。キールはすでにナンシー城に入ったぞ。あそこで戴冠して今、新国王として采配を振るってる。俺たちはあの町から連れ去られた農民と、狼人族の連中をキールの命令で連れ帰しに来ただけだ」

 怒りも、同情も、感慨さえもなさそうな、ただ、事実を告げるだけのしっかりとした黒猫君の言葉がわんわんと響く。しばらくの間、砦からは一言の声も聞こえなかった。やがて、さっきまで喋ってたのと同じ男の乾いた声がこだましだす。

「そ、そんな、そんな出まかせ、誰が信じるか!!??」

 んー、この声の主さん、本気で自分の言ってることを信じてるのかな。切羽詰まって言い返してるだけみたいな気もするんだけど。このままじゃ話し合いは平行線?
 そうこうする間も扉は一向に開く様子がない。
 そしてそんな私たちの後ろからドラゴンの退屈そうなアクビが聞こえてきた。振り返ってチロッと見上げたら、あちらからもチロッと見返されてしまった。

 どうもこのドラゴン、巨体も言動も怖いんだけど実は結構愛嬌あるよね。人間臭いっていうか。私の顔見てニカっと笑った顔がなんだか黒猫君っぽい。

「仕方ねーな。あゆみ、この前の奴、もっと弱い力で空に一発上げられるか?」
「え、だって使っちゃダメって……」
「威嚇射撃なら大丈夫だろ。いいか、上に向かって真っすぐだぞ」

 黒猫君、結構勝手だよね。あれだけ使うなって言うからもう絶対使わないって決めてたのに、今度は使えっていったり。

「いいけど、弱めって言ったって私どれくらい調節できるか分からないからね」

 そう言いおいて、私は手を真っすぐ空に向ける。そうしておいて、今回はとにかく神経を手に集中して、出す場所を細ーく細ーく絞ってみた。途端「うををを!!」って黒猫君が叫んで、私の手から空の中心に向かって真っすぐ、白い光の柱が駆け抜けていく。一瞬の出来事でよく分からないけど、その行き着いた先、すっごい上空でまるで何かがそれを反射したようにキラッて輝いた気がする。

「……なんか今当たったか?」
「え、知らないよ、黒猫君がやれって言ったからやったんだから──」

 一瞬の沈黙ののち、砦の中から揺らぐような大騒ぎが響いてきて私たちの会話を飲み込んだ。振り返れば後ろのドラゴンも真上を見たまま薄っすらと口を開けて固まってる。

「うーん、黒猫君、やっぱりこれ使っちゃ駄目だと思う」
「ああ、言われなくても分かってる。俺が馬鹿だった。弱くしろって言ってこれじゃ──」

 あきれた声でそんなこと言うけどね、私がノーコンなのは知ってたはずでしょ。
 私たちが二人でそんなやり取りを続けてるすぐ目の前で、今までびくともしなかった砦の門がゆっくりと上がりだした。

「何はともあれ、これでようやく話し合いになりそうだな」

 腕の中の私へともドラゴンへともなくそう言うと、黒猫君は門のすぐ向こう側に立つ男をジッと見据えた。
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