異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第12章 北の砦

10 断固拒否

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 次の朝、目が覚めるとなんか素敵な匂いが漂ってきてた。
 これ、パンだ。パンの匂いだ!
 
「黒猫君、起きて、パン、パンの匂いする!」

 寝ぼけながら声をかけて横を探ったけど、黒猫君のいるべき場所には誰もいない。
 あれ?

「ああ、今朝ナンシーからの追加物資が届いたんだ」

 ふと声がして、どこかと思ったら黒猫君が部屋のドアのところに立ってた。

「ああそっか、そう言えば毎週届くって言ってたもんね」
「ああ、残念ながらヴィクたちとは行き違いになっちまったらしいけど、結構色々送ってくれた。ああそれからこれお前の分。ほら着替えて朝飯行くぞ」

 そう言って黒猫君が私に新しい兵士の服を一式手渡してくれる。

「え、これどうしたの!?」
「あー、ほら、ここの兵士、かなり死んじまっただろ。おかげでそいつらの服やら備品は結構余ってた。昨日片づけの時にその仕分けして洗い終わったやつ数着貰ってきた」

 そういえばこの部屋、マークさんが住んでたのに着替えとか全くなかったもんね。
 何はともあれ、着替えがあるのはかなり嬉しい。
 着替えを終えて一階下に降りると、広間に並んだテーブルに沢山の兵士さんたちが座って黙々とご飯食べてた。
 またも目を赤く腫らしたり、涙ぐんでる人が結構いるのは多分、テーブルに並んだパンとバターのお陰かな。

「ネロ君、あゆみさん、こちらにどうぞ」

 すぐにアルディさんが気がついて私たちの席を準備してくれた。入れ替わりにニックさんと数人の兵士さんたちが席を立つ。

「スープは我々がお持ちしますからどうぞかけてお待ち下さい」

 なんかニックさんの喋り方が前より丁寧になってておかしな感じ。

「それでネロ君、諦めは付きましたか? いくら新婚とはいえ、数日あゆみさんが仕事で側を離れるくらいここは理解してですね──」
「嫌だ」

 席につくが早いか話始めたアルディさんを黒猫君がキッパリした声で遮った。

「……え?」
「やっぱ俺はゼッテー、イヤだ」
「ネ、ネロ君」
「黒猫君……」

 あんまりきっぱり言い切られちゃって、アルディさんは呆れてるし、私もなんて言えばいいのか分からなくて戸惑ってしまう。
 そんな私たちを前に、椅子の背にもたれつつ腕くんでギュッと眉根を寄せながら黒猫君がアルディさんを睨んだ。

「あゆみと離れるのも、独りで知らねえ国に行かせるのも、シモンと一緒に行かせるのも、俺はどれもゼッテー嫌なんだよ」

 少しイライラと片足を揺らしつつ、キッパリ言い切って今度は私に向き直る。その顔が険しくて、怒られるいわれもないけどなんか縮こまっちゃった。

「なああゆみ。お前があの時、それが最善だって思って申し出たのは知ってる。俺だって正直同じ事考えなかった訳じゃねえ。だけどな」

 そこで一瞬言葉を止めた黒猫君が俯き加減に上目遣いで余計眉を寄せた。
 待って、これ黒猫君、怒ってるんじゃなくて……もしかして、泣き顔になっちゃいそうなの我慢してる?

「もうお前と離れるのはゼッテー嫌だ。離れた所で心配するのも、何かあった時に近くにいられねーのももうごめんだ。もう泣き言なんかゼッテー言わねえから行くな。ゼッテー何とかするから俺を信じてくれ」

 そこまで黒猫君が言い切ったところでアルディさんがため息ついて、困りましたねぇと小さく吐き出しつつ天井を仰いじゃった。
 でも私は。
 アルディさんにも皆にも本当に申し訳ないんだけど。
 実は内心死ぬほど嬉しかった。
 黒猫君の言ってることには何の根拠もないし、解決策もない。
 もう完全に黒猫君の個人的な要求で、我がまま以外の何物でもないんだけど。
 だけど、そんなすっごい我儘に戸惑う反面、それ以上に黒猫君がそこまで自分と離れたくないと思ってくれてるって分かって、そしてそれをこんなに真っすぐ言い切ってくれたのがどうしようもなく嬉しくて。
 胸の中心がボォって熱くなって結局私まで俯いちゃった。

 そうして三人が三様に口をつぐんだその場に、思わぬ声が降ってきた。

「仕方ありませんね」
「……シモンさん? あ、ベンさんもおはようございます」

 見れば私たちのすぐ後ろに二人が立ってる。バッカスとアントニーさんも入り口からこっち見てた。

「お前に説教されるいわれはないぞ」

 黒猫君がキッと後ろを睨めつけて拗ねた声でそう言うと、シモンさんがちょっと困った顔で見返した。

「ネロさん、私は別に説教をするつもりも、反対するつもりもありませんよ」

 そこで言葉を切ってスっと私に視線を移す。

「僕はただ、あゆみさんに少しだけ助力して差し上げようと思ってるだけです」
「あゆみ?」
「昨日ネロさんがいない時にあゆみさんに今日必要になるものの制作をお願いしたんですよ……」

 待ったシモンさん、ま、まさかそれ言っちゃう気!?
 慌てて振り返った私を無視してシモンさんが続ける。

「でもそこであゆみさんに泣かれてしまいましてね」
「待ってシモンさんそれは言わないって約束──」

 一息遅れで止めようと口を開いた私をシモンさんが遮る。

「お約束はしてません、してたら言えませんから。私はネロさんが聞く必要はないかもしれません、とお答えしたはずです」

 うう、確かにそうだけど、そうだったけど!

「あゆみさんはああやってご自分で獣人国に行くと仰っしゃりつつも、部屋に独りでいるうちに、ネロさんと離れて一人で行くことが現実味を帯びて悲しくなってしまわれたようですね。たまたま部屋を訪れた私がそれを発見して慰めた訳ですが、どうしてもネロさんだけには知られたくないと言われてたんですよ」

 ああ、黒猫君の視線が痛い。
 今回、黒猫君にだけは弱音吐きたくなかったのに……

 黒猫君が自分にしか出来ないことやってくれてるように、私も自分にしか出来ないことをしよう、そう思ってあんなこと自分から言い出したんだし、寂しいのくらいちゃんと我慢するつもりだったのに。

 ご飯食べ終わってやることなくなった途端、黒猫君と離れ離れはやっぱりどうしても悲しくて。突然ポロリと溢れた涙が止まらなくなっちゃって、焦って涙拭いてた時にシモンさんが来て隠しようもなくなっちゃって。だからほんの少しだけ愚痴を聞いてもらったんだけど。

「本来僕がこのままあゆみさんと一緒に行ってしまえば彼女を口説く機会もあるのかもしれません」

 私から視線を外したシモンさんが再度黒猫君に向き直り、試すようにしばらくじっと黒猫君を見てから先を続ける。

「ですが、シアンがあゆみさんとの結婚を迫った時にも言いました通り、僕自身は別にそこまであゆみさんとの結婚を望んでません」

 シモンさんの言葉は珍しく分かりやすくはっきりしてて、それを聞いた黒猫君の耳がピクピクって動いた。

「責任感の強いあゆみさんが、望まないにも関わらずあんなことを言いだして、それを後悔してるのであれば、私はあゆみさんが望む結果を模索して差し上げようと思いましてね。朝からベンとも話し合って、獣人国には私とベンで行くことにしました」
「行くことにしましたって、そんな」

 アルディさんが戸惑いを隠せずに口を挟むと、シモンさんがそちらを見ながらニッコリと卒のない笑顔を返す。

「ご心配なく。キーロン王の事情もここでのやり取りも私は全て把握してますし、政治的な駆け引きでしたら私のほうがあゆみさんのなん倍も経験がありますよ。そうですよね、ベンハミン翁」

 ん?
 シモンさんがベンさんを振り返って今変な呼び方したんだけど……途端ベンさんが凄く嫌そうに顔をゆがめた。

「改めて、皆様にご挨拶されたらいかがですか、ベンハミン翁、いいえ、ベンハミン前獣王」
「えええ!?」
「はぁあ?」
「え、ベンハミンってあの狂獣王と名高いあの……?」
「全く。だからエルフは嫌いなんだ」

 私たち全員の驚きの眼差しを集めたベンさんは、心底嫌そうにシモンさんを睨み、そして煩わしそうに首を振って大きなため息をついた。
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