異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第3章 始動

8 覚悟の理由

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「それじゃもう一つの統治権というのはあんた自身、王族としての執行権と考えていいのか?」
「ああ。軍事的にはこの街だけでなく実は隣街こそが俺の本来の管轄だ。だが統治権というよりは代理執行権として有事に王室の一員として地域の統治を代行出来るだけの権限は持っている」
「なら、どうしてすぐにそうしなかった?」

 黒猫君が器用に猫の目を細めて何かを探るようにキールさんを問いただす。それに対してキールさんはもうお手上げと言うように少し肩をすくめた。

「そうしたかったのは山々だが、手順として俺の本拠地の隣町から始めたかった。ついでに言えばこんな隔離されちまった状態で俺がこの権限を振りかざし、実は中央もその周りも全然問題が起きてませんでしたってなったら下手をすれば俺は反逆者だのクーデターを企てただのと余計な疑いをかけられかねない」

 そこで一つ聞こえないほど小さなため息をついて続けた。

「今の状況を客観的に見れる者は少なく、残念ながら俺の周りには一人もいなかったんだ。俺一人で判断するのにはどうしても踏ん切りが付かなくてな。ギリギリまで引き伸ばしてきてしまった」

 そう言って顔を上げて黒猫君を見つめる。

「正直お前にしっかり嫌味なほど客観的に指摘されて今は気持ちいいくらいだぞ」
「マゾかよ」

 目だけで笑いかけたキールさんに黒猫君がそっぽを向いて続けた。

「これで俺から見た現状確認は全てなんだがどうだ? 他に付け加えることはあるのか?」
「実はある。あまり良い話じゃないが。俺達が買い占めた麦が後一週間ほどで底を突く」

 顔をしかめて答えたキールさんに黒猫君がちょっと空を見上げて答えを返した。

「……思っていた以上にヤバかったな。ギリギリだ」
「どういう意味だ?」

 そこで黒猫君がいつもの嫌味な笑いを浮かべてキールさんを斜めに見上げる。

「それは多分なんとか出来るぞ」
「……本当か?」

 黒猫君の言葉にキールさんが片眉を上げた。

「ああ。それを説明するためにもまずはテリースの状況をはっきりさせておきたい」

 黒猫君の言葉に、テリースさんが俯き、キールさんが「やっとか」っと小さく呟いてニヤリと笑った。
 そう、これは昨日黒猫君が私に教えてくれたプランだ。

「テリースが奴隷だった時に軍と契約を交わしたことは昨日聞いた。だが、すでに奴隷ではなくなっているのにこいつはまだここで働き続けてる。俺の予想が正しけりゃ、テリースはまだ軍属になってたんだろ?」
「ああ、その通りだ」

 キールさんがニヤリと笑った。

「教会のことも聞いたのか?」
「彼らはもう全てお聞きになったそうです」

 テリースさんが気まずそうに説明してくれた。

「なら話が早い。またいつあいつらが手を出してくるか分からなかったから最低限軍属の縛りは残してた。まあ、給料がここまで下がっちまってもコイツがいつまでもここに通って来てたのは予想外だったが」
「だが、あんたもそれをわざわざこいつに説明してやらなかったんだろ? こっちも手が足りてなかったのか?」
「まあ、そんなとこだが、こっちはまあなんとでもなる」
「だったらこいつは貰っていく。今なら退役することも可能なんだろう?」
「それはいいが、なんのためだ?」
「今日、農場でテリースが朝から昼まで働く契約をしてきた」

 キールさんは問いかけるような目を黒猫君に向けたが、黒猫君はそれには答えずに全く違う話を始めた。

「あんたはどうやらここの治安が悪くなる前に裏社会を締めたみたいだが、その後貧乏人がどうやって食い繋いでいるか知ってるか?」

 ふとキールさんの顔色が曇った。

「そこまでは面倒見きれん」

 少し気まずそうにそう答える。黒猫君はそれを当たり前のように受け流して先を続ける。

「そりゃそうだ。誰だって全ての人間を幸せにしてやることは出来ない。平時でさえもな」

 ふっと軽くため息をついてキールさんがうなずいた。
 黒猫君がそのまま先を続ける。

「こんなふうに時勢が激しく変わる時、普通に街で暮らしている連中は物資が届かないことに文句言って、店に品がないって嘆いても、残念ながら毎日の仕事まではそうそう変えられるもんじゃねえ」

 そうだよね。いくら日本が不景気だって言っても突然仕事を辞めてすぐ景気のいい仕事や国に移れる人は少ないと思う。

「ところがその日の仕事を持たない貧乏人はその点、身が軽い。ああいう連中はとうの昔に食べ物のある所に逃げちまってる。だからこういう時は貧乏人がどこに動いたのかを聞けば食い物のありかは大体分かるのさ」

 そう言って黒猫君が尻尾を身体に巻き付けて手入れを始めた。

「あゆみがまだ兵舎から出られなかった頃、俺は貧民街をほっつき回ってたんだ。あいつら金はないのにそこそこ食いつないでた。下手したら猫の俺なんて捕まって食われるんじゃないかって気が気じゃなかったんだがな」

 今度は手をあげて手の甲を毛づくろいし始める。

「それでもしばらく様子を見てると、どうやら毎日数人が一組で城壁の一番反対側にある農村まで通ってた。その日ギリギリの食物を分けてもらう為だ」
「はぁ? 何を言っているんだ。今、生鮮食品は軒並み高騰して一部の金持ち以外手に入らないんだぞ?」

 信じられないと言う顔のキールさんに黒猫君がちょっと肩をすくめて見せる。

「いいか、農家ってのはその年に出荷する分の作物を植えて育てるわけだ。幾らここ半年くらいでここが酷くなったからって、作付けは減らない。ところが農村で働くような出稼ぎの奴らは状況に敏感で、こんな危ない所には来ない。だから折角例年通りの人手を頼って植えた作物も、収穫するだけの人手がなくて腐らしちまう」

 話しながら黒猫君が今度は背中の毛づくろいを始めた。
 黒猫君、長い話は苦手なんだね。

「そんでもって、一番厄介なのは市場のバランスだ。農家にしてみればいくら作物を余らせてても、金を払ってくれる奴にタダでやる訳にはいかないんだ。それをしちまうと一気に相場が下落して、誰も正しい値段で買ってくれなくなっちまう。だからもう捨てるしかなくなっちまうまで放っておいて、孤児や文無しが来れば捨てるよりはって言って配るんだ」

 キールさんとテリースさんが顔を見合わせてお互いに知っていたかっと聞きたそうにしている。

「これから夏が過ぎると家畜だって困る。折角数が増えても出荷のままならない家畜を冬の間食わせなきゃいけないのに、麦の刈り入れも藁の刈り入れも出来ないじゃ飼料を作ることも出来ない。そこでだ」

 黒猫君がキラリと金色の瞳を輝かせた。

「今朝俺とテリースは農場に行って治療院での野菜の買い取りがもう出来ないと伝えて来た。その代わり、農村でテリースが働くから時給を食料で払って欲しいと。あいつら、諸手を挙げて喜んでた。とにかく人手が足りてないんだ」

 そこから黒猫君は農村で見聞きした様子を事細かに教えてくれた。
 麦が実は育っていること。
 野菜が腐るほど実っていること。
 そして村が去年の税金をまだ支払っていなかったこと。
 これにはキールさんが目をむいて飛びついた。

「どういうことだ??」
「あんたが酒造の麦を買い取ったからだな」

 黒猫君がけむに巻くような答えを返すと、キールさんが苛立ちと少しの怒りを目に滲ませて黒猫君を睨みつけた。

「そんなんじゃ説明になってない、一々勿体ぶってないではっきり教えろ」
「まあ、そう焦るな。まず、ここの徴税時期は9の月だろう?」
「農家で聞いたのか?」
「ああ、あそこでも確認した。俺もここと似たような気候の地域にしばらく住んでいたことがある。ここの麦の作付けは冬前で取入れは6から7の月、要は今頃だな。その後はまだ農耕地を休ませながら放牧し、残りの作物の収穫が済むのが8の月の終わり。そこで無駄なく税金を取る為には国は8の月の収穫が終わって麦の脱穀も済んだ9の月ごろに行われるのが通常だ」
「その通りだ」

 キールさんが頷くのを見た黒猫君が自信をもって先を続ける。

「昨日テリースが、中央からもう一年以上連絡が途絶えてって言ってた。と言うことは、去年の徴税時期には誰も来なかったってことだよな。そうすると取り立てるはずだった税金はまだこの街のどこかにあるってことになる。最初はあんたが押さえているのかと思ったが、治療院で税の徴収は教会がすると教わった。ま、どっちにしろ現金化されていない麦を貯蔵するにはここも教会もあまり勧められた環境ではなさそうだった。で、農村の村長にカマを掛けたら案の定、村内でまだ保存していると白状してきた」

 キールさんの顔に喜色が浮かんだ。

「今考えれば教会はそれを常時売りながら食いつなぐつもりだったんだろうな。ところがあんたが酒造の貯蓄を買い取った時点でまとまった現金が出来たから、売りさばくにしても持ち運ぶにしても嵩張る麦は諦めたんだろう」
「ああ、そういうことか」

 やっと納得がいったとキールさんが頷いた所に黒猫君が畳みかけるように続けた。

「で、あんたには悪いが村長には勝手になんとかしてやるって言ってきた」

 問い返すような目でキールさんが黒猫君を見返す。

「だからやっぱあんたここの統治者になれ、王族として」
「…………」

 キールさんがビクリと震えて真顔で黒猫君を見つめる。

「あんたがここの統治者になると色々綺麗に収まるぞ。皇太子は名乗れるのか?」
「あ、……ああ」
「じゃあ、決まりだ。早速皇太子による緊急接収を始めるぞ。まずは去年の税金からだ」

 黒猫君の言葉に軽く目を見開いたキールさんはすぐにその顔に自虐的な笑みを浮かべた。そしてやっと小さく頷いて決意の火を灯した瞳で黒猫君を見つめ返す。

「俺に嫌われ者の統治者になれっていうんだな」
「んなわけあるか。あんたは間違いなく人気者になる。見てろ」

 自信たっぷりにそう言いきって、黒猫君がまた意味ありげにニヤリと笑った。
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