異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

文字の大きさ
59 / 406
第4章 執務

閑話:ある一兵士の物語

しおりを挟む
「お忙しい所ちょっとすみません……」

 やけにオドオドとした声に振り返れば、そこにはあゆみさんが立っていた。

 声につられて振り返る瞬間、俺の身体に押されて少しフラつく。
 それを支えてあげるのは、決して下心からなんかじゃない。
 片足のないあゆみさんを間違っても倒してしまわないように、だ。

「あの、まだ暖炉に火を入れてませんよね?」
「ああ、まだ入れてませんが、それが何か?」

 何かマズい物でもあったんかと彼女を見返すと、ちょっと赤くなってもじもじとし始めた。
 な、なんだ?

「あの、実はちょっとお願いがありまして。あの、兵士さん、つかぬことを伺いますがお名前は?」
「お、俺か? 俺はトーマス……です」
「トーマスさん、トーマスさんは魔法はお使いになりますか?」
「はぁ? 魔法? 残念ながら使えないなぁ……いや使えないです。まあ、王都まで行けば結構な人数が使えるらしいが、この辺りでは100人に一人くらいしか使える奴はいないぞ。何か必要だったのか?」

 こんな辺境生まれの俺には、キーロン殿下やテリースのような上品なやり取りは無理だ。何とか丁寧に返事しようとしてもボロが出るだけだ。
 俺の少し乱暴な受け答えに嫌な顔を一つせず、それどころか目を丸くして驚いたあゆみさんは直ぐに気を取り直して言葉を続けた。

「そ、そんなに少なかったんですか。じゃあ本当に感謝しなきゃ。あ、あのですね、今日、私初めて火魔法が使えるようになったんです」
「おう、そりゃ凄いじゃないか。おめでとう」

 俺の答えにポッと頬を染めて「ありがとうございます」っと小さく頭を下げた。
 おお、これが皆が噂していたあゆみさんの反応か。
 この辺りの女は皆、下手したら男より豪胆で元気だけが取り柄だ。あゆみさんのやけに慎ましい反応はとても新鮮で、実は兵士の間で噂の的になっていた。

「そ、それでですね。今日の夕食を作るお手伝いは出来ないんですけど、せめて薪に火を点けるお手伝いくらいはしたいなぁと思いまして」
「ああ、そういうことか。だが、別にこの『マッチ』があるから大丈夫だぞ?」

 俺の言葉にあゆみさんがバキンと音を立てて凍りつく。

「『マッチ』が……あるんですか?」
「あ? 見た事なかったのか。ほらこれだ」


 俺はポケットから『マッチ』を取り出した。
 それは魔晶石に木の枝が付いた代物だ。結構な値段がするが、まあそこそこ長く使えるので仕方ない。

「そ、それ、それが『マッチ』……ですか?」
「そうだ。使ってみるか?」
「え? え……はい」

 彼女はちょっと残念そうに、でも複雑そうな顔で俺からマッチを受け取った。

「これどうやって使うんですか?」
「こうやって何か硬い物の上を擦り上げるんだ」

 そう言って俺はテーブルの淵で『マッチ』をすり上げて火を点けて見せる。

「うわー、凄い。なんか私のあの努力は一体なんだったんでしょうねぇ……」

 俺がマッチの使い方を見せると何故かあゆみさんは涙を流しながら棒読みの感動の言葉をこぼしてどっぷりと落ち込んでしまった。

 な、なんだ? 何が悪かったんだ?

 驚き慌てふためいてた俺をよそに、バッと顔を上げたあゆみさんが俺ににじり寄りながら鬼気迫る顔つきで続ける。

「で、でも、魔法で火が付けられたらもっと便利ですよね? マッチいらないし。そうですよね?」

 杖を突いたあゆみさんが、その不安定な身体で俺ににじり寄るのに気圧されて一歩引いてしまった。
 これは反論しちゃいけないやつだ、っと思いながら「ああそうだな」と適当に相槌を打つ。

「そうですよね。折角覚えたんだし悪い事はないはずですよね」

 そう言ってホッと一瞬それまでの緊張を緩め、またもすぐ顔を引き締めて、真剣そのものの様子で俺に再度にじり寄る。
 気圧された俺はまたも一歩後ろに引いてしまった。

 普段度胸だけが取り柄の兵士をやっている俺が、なぜこんな簡単に引かされているんだ?

「それでですね、トーマスさん。私にどうか、今日の火を点けさせてもらえませんか?」
「んぁ? 別にいいけどよ、いいのか? そんなこと頼んじまって」
「もちろんですよ。折角魔法が使えるようになったんですしね。やります。いえ、是非やらせて下さい!」

 突然あゆみさんが深々と頭を下げる。
 そんな不安定な身体で無茶な。
 思った通り、直ぐにフラついた彼女を慌てて支えようとしたその瞬間、ガバッと勢いをつけて頭を上げた。

 あ。思ったほど不安定ではないみたいだ。

「ペコペコすんな、ほら好きにするといい」

 そう言って薪の前からどいてやれば、パッと顔をほころばして前に出て来た。
 薪の前に据え置かれている椅子にゆっくりと腰かけて薪に手を伸ばす。
 ああ、そうか、しゃがめないもんな。
 邪魔な椅子だと思ってたが、これは彼女の為だったのか。

 あゆみさんは薪の下に手を入れてポッと炎を灯す。
 乾ききっていなかったのか、薪はしばらく燻ってから、やがて徐々に炎を上げ始めた。

「つきました! 火が……こんな簡単に……」
「いいから早く手を抜かないと火傷するぞ」

 やたら感動していた彼女は炎の上がる薪を掴みかねない勢いだった。慌てて彼女の肩を引いて上体を引き上げさせた。

「あ、ありがとうございます。魔法、凄いですよね。一発ですよ」

 肩を掴んでいる俺を見上げながら、まなじりに涙を溜めた彼女が一人感動を噛みしめてる。

 うお。なんだこの眩しいのは!?
 強烈な恥ずかしさが襲ってきた。

 魔術なんて出来る奴らは、下手したら傲慢な奴が多い。
 それがどうだ。あゆみさんはその身体のせいかいつも低姿勢で俺たち兵士にも必ず挨拶を忘れない。
 しかもこんなに小さなことで涙流して喜んでる。

 ふと考える。
 こういう彼女の一人でもいれば、俺だって日々やる気が出るってもんだ。

 そんな事を考えればずっと先まで想像は飛んでく。
 
 家にいるあゆみさん。
 行ってらっしゃいを言うあゆみさん。
 お帰りなさいと顔を輝かせるあゆみさん。
 ご飯にしますか、お風呂にしますか、と尋ねるあゆみさん。

 想像が妄想へと発展しかけたその時──

「お邪魔しちゃってすみませんでした。また火が必要でしたらいつでも言ってくださいね。喜んで点けに来ます!」

 あゆみさんは元気よく杖を突いて立ち上がり、厨房のドアに向かってしまっていた。

 ああ、しまった。
 今なら自然に部屋まで腕に抱えて送ることが出来たのに!

「あ……ああ、ありがとう」

 俺は出ていくあゆみさんを見て思うのだ。

 兵士たちの間でもあゆみさんの人気は高い。
 ただ、彼女に直接声を掛ける勇気のある奴はまだ誰もいない。
 いつもキーロン殿下やテリースがまとわりついてて、そんな機会はまず訪れないのだ。

 次は逃さないぞ。
 
 そう心に誓いつつ、テリースが持ち帰った羊の足を食糧庫から引っ張り出して、今夜の丸焼きの準備に取り掛かったのだった。


────
作者より:
本編がちょっと行き詰ってるので書いてしまいました。

トーマス、初の名前付き兵士さんです。
この後、良い所で黒猫君にあゆみをかっさわれました。
今後間違いなく当て馬人生を送る事となります。

次の章は何とか来週末に出していきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】 普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます) 【まじめなあらすじ】  主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、 「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」  転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。  魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。  友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、 「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」 「「「違う、そうじゃない!!」」」  これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。 ※他サイトにも投稿中 ※旧タイトル 病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

処理中です...