異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第5章 狼人族

18 貧民交渉

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 貧民たちは夜が明けても同様に座り込みを続けていた。俺とキールは結局一睡もできなかった。
 早朝からテリースをせかして支度を整えて来たパットが、テリースに抱えられたままその座り込みをしている者達の間を歩み抜けていく。テリースが付き添いで一緒に出て行った訳だが、テリースに手を出す者は誰もいなかった。

 普段の行い、てやつだな。
 外に一旦出て人混みに入ったパットが一塊の集団を連れて戻ってきた。

「俺が貧民街のまとめ役をやってるダーレンだ。このあと他にもお偉いさん方と話し合いがあるんだから手短にしてくれ」

 パットが連れて来た集団の一番前で胸を反らし、偉そうにそう言い切ったのは30半ばの大男だった。他にも老人が数人、恰幅のいい女性が一人、そして若い男どもが数人一緒だ。
 俺たちは前庭に食堂のテーブルを一つ持ち出してそこで話し合いをすることにした。

「まず、この席に着いてくれたことに感謝する」

 手短に挨拶をしたキールの為政者とは思えぬ言動にテーブルの反対側に座った代表の者達が全員ぎょっとして固まった。

「パットの話だと、あんたらは俺たちと腹を割って話し合いが出来る者だと言うことだが、それでいいのか?」

 キールの場にそぐわない砕けた喋り方に、さっきまで堂々としていたダーレンのほうが逆に焦ってる。

「あ、ああ。話を聞くとこいつに約束させられたからな」

 そう言ってパットを見やった。その目にはどこか思いやりが込められているように見える。

「こいつは俺の所で見習い先を紹介してやったんだ。俺は別に慈善家じゃねぇ。滅多にそんなことするガラでもねぇ。だがこいつの場合はそれだけの根性があったからこそ拾ってやったんだ。こいつが俺の所に来て話すべきだっていうなら、まあ俺は話しを聞いてやってもいい」

 ああ、パットの奴。どうも俺達はこの小さな施政官にすっかり救われたらしい。なんだろう、昨日のキールじゃないがどこか風向きが変わった気がした。
 本当にこいつは。
 テリースが何度説得してもがんとしてこのテーブルから離れたくないと言い、結局後ろに持ってきたソファーに寝かせられてるパットを振り返る。

「ああ。俺たちもこいつのお陰であんたらと話し合いをする覚悟を決めたんだ」

 そう言ってキールもパットに優しい目を向けた。そしてその瞳をそのまま真っすぐ交渉をする相手に移した。

「それじゃあ、まずはあんたらがなにを求めて座り込みをしているのか教えてくれないか?」

 キールの言葉にダーレンが片眉を上げる。

「分かりきってるだろう。約束したものを提供して、有志の者達の弔いをさせて欲しいからだ」

 ダーレンの端的な言葉に今度はキールが片眉を上げた。

「すまない、どうにもあんたが要求している物が分からん。『約束した物』ってのはなんだ?」
「なに言ってんだい、あんたらが街に来て約束していったんじゃないか!」

 ダーレンが答えを言うより早く、一緒に交渉の席に着いていた恰幅のいいおばさんが横やりを入れる。
 俺はその言葉に引っかかって聞き返す。

「待て、その『あんたら』ってのは正確には誰を指して言ってるんだ?」
「あんたらの施政官だよ。タッカーがなったんだろう? 俺たちの声を拾いたいってあんたが送り出したって言ってたぞ」
「そうだ。あんたんとこの兵士もちゃんと一緒に来てたぞ」

 口々に答えが返っていきた。
 畜生。タッカーの奴、勝手に肩書をいいように使ってやがったか。しかもダンカンまで上手く使ってる。
 俺同様、苦虫を潰した顔でその言葉を聞いていたキールが、大きく深呼吸してから尋ねた。

「それじゃあ、まずはタッカーが一体なにをあんたらに話していたのか教えてくれないか?」

 キールと俺が覚悟して聞いてみれば、タッカーの奴はとんでもない空約束をしまくってたらしい。
 まず狼人族を俺たちが殲滅する手助けをすれば街の台帳に名前を乗せると言われたそうだ。しかも狼人族の死体一体に付き報奨金がでて税金は3年間なし。一家族につき一人有志に志願すれば全員が台帳に乗ることになっていたそうだ。
 ご丁寧にも、どうやらタッカーは狼人族の死体を彼らに見せてどれほど簡単に殺せるか解説までしていたという。そして、今後も皆の働き次第で貧民街に無料で食料を提供すると言っていたのだそうだ。

「……呆れるほど都合の良い話になっているな」
「ああ。……騙されてると疑う奴はいなかったのか?」

 俺が思わずつぶやくとすかさず若い男が文句を返す。

「なに言ってんだ、あんたらの施政官が正式に通達してきたんだぞ」
「そうだそうだ。昨日だってタッカーさんが俺たちの代わりにあんたに交渉してくれるって言うからついてきたんじゃないか」
「ああ。ここに来ればきっと報奨金も準備されているはずだって言ってたぞ」

 余りの話に唸っている俺たちの後ろからパットが声を上げた。

「キーロン殿下。彼らがこの話に飛びついたのは今、貧民街の状況が切羽詰まっていたからなんです」

 パットの少し苦しそうな声に、今まで声を荒げていた男たちも一旦静かになった。

「彼らは毎日を生きるだけで精一杯なんです。彼らだって、以前からキーロン殿下が貧民街に教会の寄付を回してくださっていたのは知っています」
「そうだったのか?」

 俺は驚いてキールを見返す。

「ああ。教会の奴ら、最初取り立てた寄付をそのまま司教どもの懐にしまい込んでたんだ。だから軍で交渉して、その半額を使ってここの治療院と貧民街の炊き出しの食料の提供に使わせていたんだ」
「待て、ここの食糧費にそんなもんなかったぞ?」

 キールの言葉に驚いて、つい俺まで責めるような声音になってしまった。それをキールが悔しそうに見返す。

「この間兵に教会で確認させた。半年前に司教どもがいなくなった時点で、どうやら寄付の取り立ても止まっていたらしい」

 ああ、悪循環がここにもあったか。
 とはいえ、パットの言葉は交渉に来ていた者達にもちゃんと響いたようだ。皆一様に気まずそうな顔になっている。

 丁度いい頃あいだ。
 俺は一発大きく手を叩いてその場の全員の注目を集めた。

「よし! じゃあ一度まとめてみるぞ。あんたらが欲していたのはまず食料。次に報奨金、『有志』の奴らの弔いと台帳に名前を載せること。この四つであってるか?」

 端的に俺がまとめると、今正にパットの言葉でバツの悪い顔になっていた男たちが余計バツの悪そうな顔になりながら頷いた。
 そんな奴らを見回しながら言葉を続ける。

「俺は別に責めてるわけじゃねえぞ。単にまとめただけだ」

 俺がそう言っても、貧民街の出だとういだけで色々と引け目を感じている奴らは中々顔を上げない。仕方ないのでこちらは放っておいてキールに向き直った。

「で、キール、あんたはなにを提供できるんだ?」

 俺はなるべく自分の感情を乗せないようにしてキールに尋ねた。キールはその場で立ち上がって代表の奴らだけではなく、門の周りに集まって成り行きを見守っている人々にも顔を向けながら話し始めた。

「お前たちの要求は良く分かった。俺の結論を出す前に、まずは正式な通達から始める」

 そう言いおいてキールは一枚の羊皮紙を取り出した。

「ここに俺、キーロン皇太子の名において、俺の施政官補助タッカーを偽証罪により即刻その任から解す。またタッカーはその身柄を拘束出来次第、軍によって尋問を行い妥当な刑に処すことになるだろう」

 キールの言葉にテーブルについていた者たちが一気に気色ばむ。

「なんだそれは!」
「あんたら約束を反故にする気か?」

 俺は自分の最悪に凶暴な顔をより凶悪に歪めて周囲を睨めまわし、声を張り上げた。

「話は最後まで聞け!」

 俺のドスの利いた怒声に場がシーンと静まった。決して嬉しくない。嬉しくはないが仕方ない。
 それを待ってキールが言葉を続ける。

「次に、タッカーが勝手に俺の名前であんたらと約束した内容は正直そのまま受け入れると施政に支障をきたす。よって幾つか変更を加える」

 キールの言い回しに、その場にいた者たちがそろってポカンとした顔でキールを見返した。大方さっきのタッカーの処分から、キールが全ての約束を反故にする気だと考えていたんだろう。
 その様子に、目元に少し笑みをにじませたキールが言葉を続けた。

「まず、狼人族との交渉は確かに決裂したが、かといって今すぐ殲滅に赴く予定はない。俺としては時期が来たら再度交渉を行うつもりだ。よって、もしお前らが狼人族の死体を持ち込んできても引き取る気はない。また討伐に際する報奨金も生じない。ただし・・・──」

 叫び出そうとする者たちをけん制するようにキールが語尾を張り上げる。

「今回の戦闘で命を落とした者の家族には軍の殉職者と同じ対応を行う。該当者の家族には殉職手当を出し、葬儀はこちらで請け負うつもりだ」

 キールの言葉は彼らの思いもよらなかった内容だったらしい。誰もが口をつぐみ、一様にキールを見上げてる。

「次に台帳についてだが。ここにいるネロと、今は不在だがもう一人の施政官のあゆみの進言で、今後台帳自体の全面改変を予定している。それに伴い、功績など関係なく貧民街の者も全員《・・》台帳に登録するつもりだ」

 キールを見つめる者達の目が真剣さを増す。もう声を出すものは誰もいなかった。

「そして最後に金の話だが。その前に俺は今この街の現状を皆に理解してほしい」

 キールは自分の言葉の意味が皆にちゃんと浸透するのを待って、そしてそのよく通る声でゆっくりと話し続けた。

「この一週間、俺はなんとか食糧を市場に出し、貨幣が本来の機能を取り戻すよう注力していた。俺の施政は本当に手が足りてない。俺たちの対応は時間がかかるし、手間もかかる。それでも農村や街の皆が協力して、今日なんとか街に食べ物が戻ってきた」

 実際に街で生きる彼らは、キールの言葉に嘘偽りがないのを知っているんだろう。頷く者も数人見かけられた。

「だが今、この街は生と死の間に立たされている。俺がどんなに調整を繰り返しても、残り少ない麦だけでこの街の人間が来年まで生き抜くのは不可能だ。だが!」

 またも不安に揺れる瞳で声を上げようとする皆にキーロンが力強く言葉を続ける。

「麦は育っている。この街の外にはまだ麦が育っている」

 キールの言葉は……正に皆の瞳に希望の火を灯した。

「ここに来ている貧民街の者の中には、もう少なからず農村の手伝いを始めている者がいるだろう。君たちは知っているはずだ。現在農村がどれだけ人手不足に苦しんでいるか。今君たちは自分の口を潤すことに夢中だろう。だが、例え農村に向かう君たちが今の食べ物に困らなくても、このまま麦の刈り入れが終わらなければ、結局この街は行き詰まる」

 そう言葉を切ったキールに、身に覚えのあるらしき者達が小さく頷いた。

「麦の刈り入れはもうすぐそこだ。明日には始めなければ間に合わない。少しでも動けるものはその年齢に関係なく、今から麦の刈り入れが終わるまで農村で働いて欲しい。仕事はいくらでもある。給料は出せないが、その間の食料と寝床はこちらで出す」

 言葉を切ったキールの瞳にはこいつの真摯な思いが宿っている。それに見つめられる皆の表情も同様に真摯な物へと変わっていく。

「分かってほしい。これは金の問題じゃない。皆が生き残るための戦いだ」

 そう締めくくったキールが再びテーブルの面々と、その後ろの門に集まる群衆を見渡した。
 だが場は静まりかえり、それに答えを返すものは一人もいなかった。
 途端、キールの馬鹿が唐突に不安そうな顔になる。

 またこれだ。
 こいつはやっぱりこういう場が本当に似合っている。こいつには強力に人を惹きつけてやまない何かがある。その証拠に今も皆こいつのカリスマにやられちまって誰も言葉が出てこない。
 にもかかわらず、こいつだけが自分のそのカリスマをまるっきり理解していない。一人で反応のなさに要らない不安を抱いてやがる。
 こいつらが声を出せないのは返事をしたくないからじゃない。出来ないんだ。余りに惹きこまれ過ぎて。
 俺は仕方なく目の前のダーレンに声を掛けた。

「おい、ダーレン。あんたみんなの代表なんだろ。『キーロン殿下』はこういってるがあんたらの答えを聞かせてもらえるか?」

 俺の言葉で我を取り戻したダーレンが慌てて立ち上がった。真っ赤になり、どもりながら話し始める。

「あ、ああ。わ、分かった。一度こいつらと一緒に皆と話し合いたい。しばらく時間をくれ」

 どうにかそれだけ答えたダーレンは、残りの面々も引き連れて門を抜けて人垣に消えていった。
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