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第6章 森

5 仕返し

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 そこはいつも水浴びをする湖に面してたけど、いつもの水浴び場からはほぼ対岸の辺りになっていた。
 バッカスの他にも見慣れた狼人族の皆さんが一緒についてきた。皆はフルーツに興味なんては無くて、単に湖で遊ぶために一緒に来たらしい。
 急勾配な岸辺の道を回り込んで登っていくと少し開けた小高い場所に出る。この辺りの岸は崖のように切りたち、結構高くなっていてしかも湖に張り出している。湖もこの辺りは深くなっているから飛び込んで遊ぶにはもってこいなんだそうだ。
 到着した者から順に掛け声を掛けて喜んで飛び込んで行く。皆ふざけ合って楽しそうに落ちていく。
 もちろん私は参加しないけどね。だって高さが10m位あるんだもん。

 この岸を回り込むようにして上流からの流れが下流の川に繋がっていく。要はこの湖は大きくカーブした川の水が溜まり込んでできているのだ。
 すももの木はその殆どがこの湖の岸から広がる小さな広場に面して植わっていた。

「これって誰かが植えたのかなぁ?」
「さあな。もしかすると昔ここで遊んでた奴らが食べ残ったすももの種を投げ続けたのかもな」

 バッカスが気のない返事を返す。でも何かすごくありそうだわ、それ。
 黒猫君の腕に抱き上げられたまま近場にあった木に近づいて見上げてみる。
 この前はまだ青い所が残っていたすももが殆どオレンジや黄色、濃い紫なんかに色付いたのは良いんだけど──

「ねえ、もしかして私達来るのが遅すぎた?」

 見回すと手の届きそうな辺りの実は既に見あたらなかった。逆に一番上の方も殆ど無くなってる。

「ああ、森の動物や鳥は熟すの待って取っていくからな。ちょっと待ってろ」

 そう言ってバッカスが木の中ほどの枝にぶら下がって揺らし始めた。バッサバッサっとすごい音を立てて枝が揺れ動く。それだけじゃなくて幹まで揺れてる。

「え? わ! 待って!」

 慌ててシャツの裾を広げて黒猫君と落ちて来る実を拾えるだけ拾っていく。

「バッカスもう十分! 止めて!」

 そう言ってるのに中々やめてくれない。

「多分聞こえねえんだろ」

 そう言って黒猫君が私を一旦おろしてから枝をスルスル登ってバッカスのぶら下がっている辺りまで行ってバッカスを止めた。
 く、黒猫君、一体今の何? なんでそんな簡単にスルスル登れちゃう訳? それも猫の力?

「あゆみ、他の木の実もいるか?」

 近場の木の枝に飛び移った黒猫君が聞いてくるけど私のシャツは一杯だしこれ以上は他の動物に悪い気がする。でも味見くらいはいいよね?

「じゃあ色違いを全種類一個づつお願い」
「了解」

 全部で5種類の色違いの実を集めて来てくれた黒猫君はそれと一緒に私のシャツに入ってた物も数個拾って「ちょっと待ってろ」と言いおいてそれを手に走り出し……張り出した崖から湖に向かって思いっきり飛び込んだ。

「く、黒猫君!?」

 突然の事にシャツで受け取ったすももを投げ出して私が驚いてるとバッカスもニヤリと笑って後に続いた。ちょっと待ってると二人が少し先の低い岸辺から上がってゲラゲラ笑いながらこっちに向かって戻って来るのが見えた。
 何でそんなに嬉しそうなんだあんた達は!
 私が驚きとおいてかれた事への不満でちょっと顔を引き攣らせてると、二人共笑顔でそれぞれの手に持てった水に濡れたすももを私に差し出してきた。

「ほら、洗ってきたから食えよ」

 あ、あれ? 今のって二人ですももを洗いに行ってくれてたの!?

「ありがと、二人共──」

 私がお礼を言うのも待たずに二人してまた崖に走り出してく。
 違う! 絶対すももの方がもののついでだ、あれは。
 私は呆れながら崖っぷち近くまで這っていって下を覗き込む。下ではバッカスと黒猫君が潜りっこやってる。二人して本当に子供みたい……
 私はそれを見下ろしながらちょっと暑い日差しの下、水に濡れて艷やかに輝くすももに齧り付いた。


 * * * * *


 結局バッカスがブンブン揺らして落とした赤っぽいすももは少し酸っぱいやつだった。食べ比べた結果不思議と黄色いやつが一番甘い。
 それを言ったらバッカスがさっき取った実を捨てようとするので慌てて止めた。

「何やってんの! 取っちゃったのを無駄にしたら駄目でしょ。これだって調理すれば美味しく食べられるよ。それにこうやって甘くなれ甘くなれって言いながら寝かせば少しは熟して甘くなるんだよ?」

 私に怒られたバッカスはそれでもまだ疑わしそうにすももの山を見てる。

「まあ、甘くならなくても俺が料理に使ってやるよ」
「お前、料理が出来るのか?」

 何故かバッカスが黒猫君を驚いた顔で見てる。

「まあ、簡単なことならな」
「いや、お前熱を通した食いもんが上手いと思うのか?」

 あ、そこか。バッカス達はどうやら肉に火を入れるとまずく感じるらしい。冬越しの為の乾燥肉以外料理はしないって言ってたもんね。

「……俺は元が人間なんだよ。事故で死にかけてるとこをキールの奴がこの猫の身体に移したんだ。だから未だに人間の時の味覚が猫の味覚と混じってる」
「え? じゃあ黒猫君も生肉の方が美味しいの?」
「物によるな。やっぱ全くの塩気抜きとかキツイし古くなってたらやっぱり生は嫌だし」
「……もしかして鳩とか取り立てなら生でもいけちゃう?」
「それは精神的にキツイ」

 黒猫君がちょっと眉根を寄せながら答えた。
 そっか。じゃあレアステーキとかは全然オッケーになるのか。
 私より森で楽に生きてけそう。

「それでお前ら森には泊まるのか?」

 バッカスが立ち上がりながら問い掛けてくるのに、やっぱり立ち上がった黒猫君が私を拾い上げながら答える。

「いや、今日はマズイ。最初はちゃんと帰って見せないと後で出にくくなる」
「それもそうか。じゃあせめて飯は食ってけ。とは言っても生肉だけだからお前らは自分達で調理する事になるがな」
「あ、それは私もう出来るから大丈夫」
「ホントかよ」

 私の返事を黒猫君がちょっと疑わしそうに見てる。

「あ、疑ってるね。じゃあ一度いつもの炊事場で見せて進ぜよう!」
「じゃあ戻るか」

 私の言葉はキレイにスルーして二人が先頭に立って帰り道を走り出そうとして、ふと黒猫君が立ち止まった。

「バッカス悪いがあゆみの持ってるすももを持ってやってくれ」

 首を傾げながらも言われるままバッカスがすももを受け取ってくれた。
 すもも持ちながらだと走りにくかったのかな?
 私が暢気にそんな事を考えてると。
 黒猫君が突然真剣な眼差しで私を見下しながら話しだした。

「なあ、あゆみ。今回の事だけどさ。お前がやった事はどれも間違っちゃいないよ。確かに俺たちはお前を迎えに行けなかったしお前が一人で頑張ってここで色々解決したのもよく分かってる。」

 そこでちょっと辛そうに眉を潜めて一息ついた黒猫君が更に続けた。

「だけどな、俺だって、俺達だってずっと何とかしたくてでも出来なくて言い訳にしかならねーけど辛かったんだ。」

 そう言った黒猫君の私を支える腕にぐっと力がこもる。

「お前にはなんも悪い所はねーけどさ。せめてこれくらいは許してくれ」

 そう言って……黒猫君は私の体を強く引きつけながら顔を覗き込んできた。
 一瞬心臓が止まるかと思った。
 真っすぐ私を見下ろすその瞳が凄く真剣で。
 私は吸い込まれるようにその少しキツイく切り上がった輝く瞳を見つめ返して。
 なんか黒猫君の顔が近づいてくる気がして。

「先に謝っとく……悪い」

 キラリと目を輝かせ、ちょっとはにかみながらそう一言はっきりと私に告げた黒猫君は。
 私をしっかりとその逞しい腕に抱き抱えたまま……

 力いっぱい湖に向かって駆け出した。

「え、えええ!!??? ぎぃぃぃぃやぁぁぁァァァァァァ……!」

 湖に落下する間中、湖面を街まで聞こえそうな私の絶叫が響き渡ったことは言うまでもない。


 * * * * *


「ねえ、気は済んだ?」

 私は滴る水を絞り上げながら水辺で転がってる黒猫君を見下ろした。

 全く。
 何をするのかと思ったらこのアホ。
 私を道ずれに湖に飛び込みやがった。
 こっちは片足しかないのに何考えてるんだろ。
 危なく溺れる所をケラケラ笑いながらやけに明るい顔で私を抱きとめて、そのまま牽引しながら岸まで泳いできた黒猫君は、最後は私を背中にしょって浅い所を選んで岸に上がった。
 いくら絞っても水気が引かない服に私が辟易としてると、下から見上げて笑っていた黒猫君がのっそりと立ち上がって後ろを向いた。

「ほら、絞ってやるからあいつらが来る前に服をよこせ」

 そう言って後ろ手に手を差し出す。ちょっと躊躇ったけど、これ、全部黒猫君のせいだし、このままじゃ風邪ひくな。
 この岸辺はさっきみんなで話してた所からは結構離れているし、高低差もあるからまだしばらくバッカス達は来ないだろう。
 私は仕方ないのでちょっと黒猫君に隠れる様にして素直に上を脱いで黒猫君に手渡す。
 黒猫君の手にかかると私の服はあっという間に乾いて戻ってきた。
 どうしよう、下着もお願いするか? それは思いとどまって自分でそれを絞りながら長ズボンの方を黒猫君に手渡した。
 やがて一通り服を絞り終えて着替え終わって声を掛けると、今度は自分のシャツを脱いで絞りながら黒猫君が私を見下ろして声を掛けて来た。

「あゆみ、さっきの話だけどさ。俺は?」
「え? 何の事?」
「ほらお前、バッカスはお前の家族も同然なんだろ? じゃあ俺は?……俺達は?」

 一瞬何の事を言っているのか分からず聞き返した私は黒猫君に見下されながら真っすぐ見つめられて言葉に詰まる。
 何でだろう、黒猫君には家族同然って言えない。言いたくない。
 じゃあ、なんて言えばいいんだ?
 私が結構真剣に考えこんじゃって答えに詰まってると黒猫君がちょっと悲しそうに笑ってふっと余所を向いてしまう。

「悪い、忘れてくれ」

 え、待って。あれ? 私もしかして黒猫君を傷つけたの?
 慌ててまだはっきりとしない自分の答えを話し始めた。

「く、黒猫君、私黒猫君が家族以下だなんて思ってないからね。ただ黒猫君はもう一緒にい過ぎて家族同然とかいうのも違うっていうか、気恥ずかしいいっていうか。と、とにかくそう言う事だから」

 驚いた顔でこちらを見つめてきた黒猫君の顔が私の言葉を聞いているうちになんだかやけに赤くなって来た気がして、最後の方はグダグダになっちゃった。

「そ、そうか。ならいい」

 そうボツリと返した黒猫君はまたも私に何も言わずに私を抱き上げた。
 ちょうどゆっくり歩いて丘を降りてきたバッカス達が私を指さしてケラケラ笑いながらこっちに歩いてくるのが見えた。
 お前ら全員、後で覚えてろよ。
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