異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第8章 ナンシー 

43 黒猫君のお散歩

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「おいヴィク待たせた。行くぞ」

 前もって昨日説明はしてあったのに食堂に座っていたヴィクは俺の声で振り向いて絶句してる。まあテーブルに乗った猫に声をかけられる機会なんてまずねえもんな。

「あゆみからも聞いてはいたけど本当なんだな。その……猫だったっていうのは」
「まあな」

 俺は後ろ足で首をかきながら昨日ビーノに書き足してもらった街の地図を尻尾でヴィクに指し示す。

「今日俺達が会うべき相手の居所をビーノがこれに描き込んでくれた。獣人と人、それにエルフの取りまとめをやってる連中らしい」
「会ってどうするんだ?」
「教会の状況を臭わせてどういう反応をするか見てみたい。結果によっては襲撃に参加してもらうかもしれない」
「貧民街の者がそんな話に乗ってくるとは思い難いが」
「なぜだ」
「彼らは虐待されることに慣れすぎてる。毎日生き抜くことで精一杯でまとまって何かしてるのを見たことがない」

 ヴィクが少し不快そうにそう答えた。

「まあ行ってみるしかないだろ」

 俺はヴィクの言葉に不安を持ちながらも予定通り貧民街へと向かった。



 貧民街は街の北西にあった。街の西の端は昨日バッカスに会った山の岩でできた側面が切りたち、天然の防壁になっている。その手前には川が岩山を切り出すように流れ、それに沿っていくつもの桟橋が並んでいた。

「この辺りは船で北からおりてくる物資の積み降ろしや貯蔵をしているエリアだ。大抵の大店は自分の倉庫をこの辺りに持っている」

 アルディの言う通り川べりの広い道を挟んで背の高い倉庫の様な建物がいくつも並んでいた。近くを通れば今も桟橋と倉庫らしき建物の間を沢山の人夫たちが荷物を担いで行き来しているのが見える。

「貧民もああいう人夫として働いてるのか?」
「まあ中にはモグリで働いてる者もいるがほとんどは奴隷だよ」

 ああ、奴隷の方が安上がりだもんな。

「だから貧民の中には食い詰めて自分自身を奴隷商に売りに行くやつもいるらしい」
「やけに詳しいな」
「以前このあたりの警らもやっていたんでな」

 そういってヴィクが苦笑いしてる。

「貧民街はこっちだ」

 川沿いに北に上がっていくとある通りを超えたところから一気に街の様相が貧しくなった。まあ『ウイスキーの街』の貧民街と変わりないが泥や日干し煉瓦で作られた家が多いぶんこちらの方が少しマシだろうか?

「ここからは抱えさせて頂くよ。下手な奴に捕まると面倒だからな」

 そういってヴィクが俺を軽く拾い上げた。
 分かっちゃいるがあゆみ以外に抱き上げられるのはやはりあまり気分のいいものじゃない。自分の矮小さが際立ってへこむ。

「ネロ殿はこんな体でどうやってあゆみを救ったんだ?」

 俺を腕に抱きかかえたヴィクが少し気まずそうに聞いてきた。

「ああ?」
「あゆみから聞いたんだ。ネロ殿がまだ猫の姿の時に命を救われたって」
「ああ、あのときの事か。あれはたまたま上手く行っただけだ。今考えると肝が冷える」
「教えてくれないか?」
「構わないがな……」

 最初は興味津々で相槌を打ちながら聞いていたヴィクがバッカス達との経緯を説明するうちに黙り込む。

「そういう訳であいつらも今回の教会の襲撃には参加してもらうつもりだ」
「すまないがそういう事ならば教会の襲撃には私は参加しない」

 思いもしなかったヴィクのはっきりとした言葉に驚いて顔を上げればヴィクが暗い顔でこちらに視線を合わせようとしない。

「アルディ隊長から狼人族の件は聞いたよ。隊長から謝罪も受けたし水に流して彼らと和解したことも聞いた。だけど私には許せない」

 まさか……

「お前の知ってるやつが死んだのか?」
「私の弟だ」

 しまった。こういう事は可能性として考えておくべきだった。

「悪い」

 他に言葉がなかった。何をいっても逝っちまった奴は返って来ない。それは俺もよく知っている。
 無言で俯いていた俺はしばらくしてヴィクが立ち止まったのに気づいた。

「……なんか変な物だな。ネロ殿にはなんの責任もないのに猫の君に謝られてこちらが申し訳なく感じるというのは」

 上から降ってきた言葉に見上げればヴィクが戸惑いながら俺を見下ろしている。

「今回の件が結果として不幸な誤解から始まったらしいことはキーロン殿下からもご説明いただいた。それでも帰ってこなかった弟のことをそんな簡単に許すことも忘れることもできない」

 そこまで言ってヴィクが自分の硬い表情をほぐすようにフゥッと大きく息を吐いて目を閉じた。

「だがだからといってあゆみやネロ殿に当たるつもりも協力を惜しむつもりもないのでそこは信用して欲しい。あの子たちのような者が残虐に殺され続けるのを黙って放っておくつもりは私だってないのだから」

 意識して口の横を少し引き上げながらゆっくりと目を開いたヴィクは今度はしっかりと俺の目を見てそう宣言した。



「この辺りか?」

 それからしばらくドブ臭い貧民街の細道を抜けていくと突然少し煤けた広場に出た。地図によればここが貧民街の中心になるようだ。
 ヴィクにはまずビーノたちが言っていた人物を探すように言ってある。できれば当人たちが出てくるまで俺は猫のフリで周りの様子を観察したい。
 広場には数人の大人たちと子どもたちがそれぞれたむろっていた。大人はどれもかなりの高齢のようで髪が白っぽいものが多い。人種はグチャグチャで獣人とエルフと人間が一緒くたになっている。
 俺たちが近づいていくとその中でも一番ガタイの大きなやつが一歩こちらに踏み出し大きく後ろに他のものをかばう。
 その間に残りの大人たちが子供を呼びつけて自分たちの後ろにかばった。

「なんの用ですかなお客人。こんなところに迷い込むとはまた酔狂な」
「こんにちは。私は迷ってここに来たのではありません。ここの長とお話しがしたくてきました。長はどちらにいらっしゃる?」
「長はしばらく戻ってきません。どうぞお引き取りを」

 取り付く島もないとはこの事だ。

「友人にここに来ればお会い出来ると聞いてきました。教会に連れて行かれた子供たちの件で緊急にお会いしたいんですが」
「そんなこと言ったってあんたどっかの役人だろ、臭うんだよ」
「あんたどこの回しもんだい?」

 ヴィクの喋り方は丁寧なのだがそれが余計周りの人間には慇懃に映っているようだ。さっきのガタイの大きな爺さんだけじゃなくて周りに集まっていた老人たちが不審の目でこちらを見ている。

「大体友人ていうのはどこの誰だね、もし本当に居るならだが」
「私にここの場所に行くといいと教えてくれたのはビーノです。一緒にミッチとダニエラも保護しています」
「え? あの子たちまだ生きてたの!?」
「そんなバカな。ミッチとダニエラは教会に連れ去られたんだぞ、出てこれるわけない」
「ビーノもその後を追いかけていって帰ってこなくなったんだ大方教会に……」
「そんな事はありません。手紙というほどのものではありませんがビーノがこの紙にかいてくれました」
「ハッ! あのガキに字がかけるわけねえ。お前嘘もほどほどに……」
「ああ止めな。間違いなくあの悪ガキだよ。文句言ってないで見てご覧よ」

 こいつらの言うとおりビーノは字が書けないようだった。だが代わりにビーノが描いたのは今日合う予定の3人の男たちの似顔絵だった。

「あいつ、ほんとこれだけは上手いな」
「上手いっちゅうかひでえな」

 ビーノが描いたのは決して上手な似顔絵なんかじゃない。

 あいつ、人の特徴を見抜くのが上手すぎる。
 それは3人の男の顔の特徴を大げさに揶揄した頭でっかちのイタズラ描きだった。

「この方々にお会いしたいんですが」

 再度ヴィクが繰り返した問いに今度こそ集まっている大人たちが唸ってるその横で子供たちが騒ぎ出す。

「ミッチちゃん生きてるの? また遊べる?」
「ダニエラの歌聞きたいよ」
「ビーノに金貸してるんだぞ、生きてるんだったらあわせてくれ」
 
 おい、ビーノの奴まさか借金抱えてるとかねえだろうな。

「おい、なんの騒ぎだ」

 突然後ろからヌッと大きな影が射してヴィクが振り向くと、そこには一人の巨大な男が立っていた。ヴィクも女にしては身長があって俺よりも背が高い。だがこの男と比べれば頭一つ分違う気がする。
 この場で一番でかいその男は40代位に見えた。髪は薄茶でボサボサと長く後ろで一つに纏められている。ムスッと不機嫌そうな厳つい顔にはいくつもの傷跡が残っていた。筋肉で引き締まった浅黒い体躯は兵士たちとは全く違う肉体労働をする者の体だ。

「あなたが人間の貧民をまとめてるマーティンさんですね」
「やけに確信持って言うな……って何だこりゃ?」
「ビーノの落書きですよ」
「あのガキどこだ?」

 ああ、こいつはビーノの現状を聞いてないのか。そのやり取りを無視してヴィクが続けた。

「そのビーノや他の教会に捕まえられた子供たちの件でお話ししたい事があってあなたを探していました。残りのおふた方も一緒にお話ししたいのだが」

「仕方ねえ。誰かシモンとゴーティ呼んできてくれ。いつもの酒場だ」

 そういって男はボリボリと頭を掻いた。
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