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第8章 ナンシー 

42 工作

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「じゃあ行くぞ」

 私を抱えた黒猫君がちょっと緊張した顔で袋に入った水に手をつけて宣言した。
 ここは城門からちょっと離れた街道の横。黒猫君のすぐ横にはピッタリくっつく様にしてアルディさんが立ってる。今日のこの実験にお付き合いしてくれてるのだ。
 朝食も朝練も終えて今日のお出かけを報告にキールさんの所へ行ったら慌ててアルディさんがついて来てくれた。キールさんも最初は猫に変身するためとは言え黒猫君が固有魔法を使うのを渋ってたけどアルディさんが一緒ならいいだろうって許してくれた。

「ネロ君、まだですか?」
「あれ? おっかしいな。魔力は流れ出てるのに全然雲も雷もこねえ」
「え? 魔力は流れてるの?」
「ああ。どんどん減ってく感じがする。なのになんも起きない」
「一体どこに流れ出てるんでしょうね? ちょっと心配ですから止めて下さい」
「いや、この前もそうだったんだけどな、一旦始まると自分じゃまるっきり調節利かねえんだよこれ」
「そんな馬鹿な」
「いやほんと、もうそろそろどの道尽きるからそこで終わるだろ」

 そういってるまにも黒猫君がフラっとして地面に膝をついた。

「あゆみ自分で立てるか?」
「もちろん、黒猫君、大丈夫なの?」
「ああ、力が抜けてそろそろ一旦気が……」

 あ、凄い。ぱたんと倒れた黒猫君の身体が見るみるうちに小さくなって猫になっちゃった。ああ、服はこうやって周りに落ちちゃうのか。
 私が黒猫君の落とした服を拾おうとするとアルディさんが素早くまとめて私に手渡してくれる。

「起きるまで待つのもバカバカしいのでネロ君を抱えていきましょうか」

 そういってアルディさんが今度は黒猫君の身体をスッと持ち上げて私に手渡すとその黒猫君ごと私を軽々と抱え上げた。
 あ、アルディさんに運んでもらうのは久しぶりだ。最近黒猫君が誰が手を出す間もなくいつも私を抱え上げてたから。

「あゆみさん、ちょっと急ぎましょう。人目に付くと面倒ですし」

 そういったアルディさんの扱いは黒猫君に慣れてしまったせいかやっぱり結構雑だった。
 私を抱えたままタッタタッタと走って城門の横道に入り、そのまま兵舎の私の部屋まで一直線に送り届けてくれた。

「じゃあネロ君が目を覚ましたら食堂に向かうように言ってください。ヴィクには食堂で待つようにいってありますので」
「分かりました。アルディさん、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 そういいおいてアルディさんはさっさと部屋を出て行ってしまった。
 アルディさん忙しそうだな。

「それ本当に兄ちゃんか?」

 アルディさんが下ろしてくれたベッドに黒猫君を抱えたまま私が座ってるとビーノ君達が目を輝かせて寄ってきた。

「お兄ちゃん、ちっちゃくなっちゃったよ?」
「猫」
「うん、これも黒猫君だよ」

 久しぶりに猫の姿の黒猫君。
 実は……さっきっからもう触りたくて仕方なかったんだよね。
 ここに来るまではアルディさんに振り落とされない様にしっかり抱えてるだけで精いっぱいだったけどこれでゆっくり堪能できる。
 寝てる黒猫君の身体をベッドに横たえて。
 首の横をカキカキ。耳の後ろをカキカキ。喉の下をなでなで。お腹をなでなで。
 ああモフモフだぁ。
 この格好だと安心していじり倒せる。

「お姉ちゃん私にもやらせて」
「私、やる」
「お、兄ちゃんの尻尾やわらけえ。見て見てこんな曲がる」

 私がベッドに置かれた黒猫君の毛づくろいを始めたのをみて、みんなが思い思いに手を伸ばした。
 気が付けば黒猫君が嫌そうに身じろぎを始めてる。

「お前らいい加減にしろ!」

 とうとうブルリと身を震わせて黒猫君が飛び上がった。
 あ。目を覚ましちゃった。

「うわ! 喋った!」
「当たり前だろ、これ兄ちゃんなんだから」
「猫、喋る」

 やっぱり驚くよね。

「おい、あゆみ、いい加減その背中撫でるのも止めろ。こいつらが真似するだろ」
「でも黒猫君すり寄ってきてるじゃん」
「仕方ねえだろ! 本能だ!」

 あ、開き直った。

「じゃあ、ヴィクさんが待ってるから食堂に行った方がいいよ」
「ああ。お前ら本当にあゆみがどこにもいかない様に見張ってろよ」
「心配するな兄ちゃん。ちゃんとあゆみ姉ちゃんを見てるから」
「ミッチあゆみお姉ちゃんのお手伝いするよ」

 なんで私が見張られる方なんだろう。何か間違ってる。

「もういいから行ってらっしゃい」
「夕方には帰るからな」
「はいはい」

 そこまでいってもまだ少し心配そうにこちらを見ていた黒猫君は最後は諦めたように小さなため息をついて前に貰ったこの街の地図を咥えてドアに向かう。
 黒猫君が出ていきやすいようにビーノ君がドアを開けて見送った。

「さて、ビーノ君。黒猫君もいなくなったしそこの袋を全部こっちに持ってきてくれる?」

 そう。黒猫君がいなくなったらやってみようと思ってた事が実はある。
 それはこの前買ってきた魔石の実験。
 黒猫君がいる時にやってもよかったんだけど、上手くいくかどうかも分からないし先に一人で試してみたかったんだよね。
 魔石が入った袋をビーノ君に持ってきてもらって道具も全てベッドの上にあげる。ちょっとお行儀悪いけどここが一番広いし私が座って作業するのには楽なのだ。

「姉ちゃん、そのまま作業したら布団汚れるぞ」
「そうだね。なんか下にひく物ないかな?」
「こっちにベッドカバーがあるじゃん。これ掛けてからやれよ」

 ビーノ君が戸棚の中から少し厚めの掛け布を持ってきてくれる。

 ああ、これベッドカバーだったんだ。
 それを広げるのを手伝ってもらってその上に移動。石をいくつか出してこの前買った道具も出してきて作業開始。

 まずは基本の実験。
 袋から溜め石を一つ取り出して手の中に握り込んで魔力を流し始める。この前お店でやった時と同じで、暫くは全然反応が無いんだけどある所でぐっと何か引き出される感じがする。
 しばらくしてほんわり温かくなってきた。
 次に光の魔石をグルリと円を描くようにくっつけながら置いて。その一片だけを今の溜め石に入れ替えると……

「お姉ちゃん、これ光ってる!」
「綺麗」
「……姉ちゃん、なんかマズイこと始めたんじゃねえよな」
「なんで? ビーノ君は面白くない?」
「面白いより心配」

 どうも黒猫君の影響かビーノ君が心配性になってきてる。
 軽くビーノ君の頭をポンポンしながらニッコリ笑ってごまかしておく。正直実験にある程度の危険はつきものだし。
 まあとにかくこれで基本的な私の考えは正しい事が証明されたので次にいこう。
 今度は溜め石の片面に指先を付けてそこから電撃魔法を流してみる。
 あ、やっぱりほんのりと温かくなった。
 これをさっきの魔石と入れ替えると……うん。これでも光る。
 これで魔力も電気もどうやらこの溜め石に蓄積できるらしい事が分かった。

 じゃあ最後の実験。
 手に入った物じゃどのみち大した物は作れないんだけどね。まあこれは黒猫君に見せるために作るだけだから効率とかはこの際おいておいて。
 鉄柱に薄いわら半紙を巻き付けて、その上から鉄線をくっつかない様にグルグルと巻いて。
 うう、こっちの鉄線、硬くて曲げるのが大変!

「やっぱり銅線欲しいなあぁ」

 でもない物は仕方ない。その為に道具もあるんだし。
 なんとか充分に巻きつけ終わったのであとはこれで暫く鉄線に電気を流し続ける。
 出来たかな? 
 鉄柱を別の鉄柱に近づけるとヒュッと引き付けられてくっついた。
 ん。大丈夫そう。
 で鉄柱の上にこの溜め石を乗せて。
 その上にさっきの鉄線を今度は鉄柱より少しだけ太くグルグル巻にして。
 最後の尻尾のところだけかぎ針みたいに伸ばして溜め石の上に引っ掛けてやると……
 あ。やっぱり。
 少し鉄線の角度を調整して鉄柱や溜め石に一番上だけしかくっつかない様にすれば……うん。出来上がりだね。

「……姉ちゃん楽しそうだな」
「うん。これ元々私の好きな分野だからね」

 あとは折角だからそこにあった溜め石全部に魔力を流しておいた。
 ついでにこれも作っちゃおうか。
 わら半紙を細長い短冊に切って。
 溜め石を今度はわら半紙で片側だけ包んで。
 その紙を一辺だけベロみたいに長く伸ばして。
 光魔石で周りを囲うように包んでそれを小さな昨日の布切れでひと塊に括って。
 さっきのベロは結く隙間から出しておく。
 うん。他の魔石でも作っておこう。

「お姉ちゃん、お手伝いする」

 ふと見るとミッチちゃんとダニエラちゃんがじっとこっちを見てた。ビーノ君も結局興味があるみたいでチラチラこっちを見てる。

「うん、じゃあ気を付けて手伝ってくれる? ミッチちゃんはわら半紙でこうやって包んで……ダニエラちゃんが押さえてビーノ君こっち来て布切れ押さえてて……」

 こうして4人の共同作業で買ってきた溜め石は全部その姿を変えていった。
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