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Ⅳ 眠る魔女
ii 大変美味な、ずぼら飯
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全く。
次から次へとなぜこんな話が持ち上がってくるのやら。
こんな髪もたいして梳かさないずぼら魔女を嫁にだなんて、みんななにか勘違いしてはいないか?
「ずぼらもずぼら、ほら今日だってずぼら飯よ」
己に言い聞かせるように口にしながら、アズレイアが今日カルロスが届けてくれた荷物を改めて回収しに行く。
さっき家令の立つ傍らにそれが置かれているのには気がついていた。
客が来ているのに運び込むわけにも行かず、少し時間が経つのを待っていたが。
アズレイアの気を一番引いていたのは、荷物の一番上にそっと置かれていた包み紙。
部屋に持ち帰り、包みを開けて思わず声が出る。
「やった、挽き肉のパテの丸パン挟み!」
しっかりと濡れた布巾に包まれたそれは、アズレイアの手のひらに余る程のサイズだ。
それを見て、それまでの暗い気持ちも吹き飛んでアズレイアの顔が緩んでいく。
この店のこのメニューはアズレイアの大好物だ。
しっかりと肉汁の詰まったパテは秘伝のスパイスが利いていて、何度食べても飽きることがない。
一緒に挟まれている野菜は日によって違う。
今のこの季節は主に薄切りのきゅうりとオニオンだ。それにあわせて肉を包み込むソースにも甘味と酸味が加えられていた。
それがなじんだ丸パンはフカフカで、かといってソースを吸いすぎて溶けてしまっていたりもしない。
この塩梅が最高である。
普段は貯蔵箱にため込んだ日持ちのする干し肉、乾燥野菜、大麦、たまに届く卵やパンで自炊しているアズレイアにとって、これはかなりの贅沢なのだ。
普段、依頼仕事の納品期日に合わせ、自分へのご褒美がわりにカルロスに特別に注文を頼むのだが。
あれからカルロスと話せていないアズレイアは、今回はムリだと諦めていた。
この塔に引きこもりっぱなしのアズレイアにとって、ある意味色々とカルロスが命綱なのである。
多分、それを誰よりも理解しているカルロスが、勝手に気を利かせて用意してくれたのだろう。
結婚とか言い出さなければ、本当にいいやつなのに。
「まあ、とにかく冷めたままはもったいないわね」
そう言って、アズレイアがそれを再び布巾に包み込んで、部屋の片隅にある小台へと向かう。
小台にはいくつかの魔法陣が刻まれていた。
小台の魔法陣の上に夕食のパン挟みを載せたアズレイアは、そこに並べられた壺から一つまみの魔法粉を掴みだし、魔法陣の端にちょろちょろと落としていく。
すると徐々に魔法陣が光だし、その上の布巾が湯気を上げ始めた。
「このくらいかしら」
やけどしないよう、慎重に布巾を外して中の様子を確認すると、にんまりとほほ笑んでそれを皿の上に移す。
「今日も美味しいずぼら飯さんを頂かせていただきまーす!」
もう一方の手で小瓶に詰められたエールを持ち、皿に載せたそれをテーブルまで持ってきたアズレイアは、小瓶の蓋をねじり空け、誰にともなくそう言って、皿の上のパン挟みに齧りついた。
「んふ、ふふふ」
思わず声が漏れるほど今日のパン挟みは美味しい。肉汁が滴るほどに豊潤で、表面の焼き加減も最高だ。
口いっぱいのパンと肉の味を堪能し、それを咀嚼しつつ手元のエールを煽る。
「ぷはぁ、生き返る!」
……とても乙女が上げるべきではない賞賛の吐息をこぼしつつ、改めてまた肉が飛び出したパンに齧りついたのだが。
「あら? スパイスの調合変えたのかしら?」
いつもは感じられない新しい味覚に気づいたアズレイアは、驚きつつも、それもまた美味しくて黙々と食を進めた。
全て食べ終わったころには瞼が落ち始めていた。
エールを一気に飲み過ぎてしまったのだろうか?
それともあの家令とのやり取りが思いのほか神経を削ったのだろうか?
まだ日も落ちていないのに、重い体を引きずって、ベッドへと向かうアズレイア。
ふと思い出し、ベッドの横にある精霊の柱に手をかざす。
途端、淡い水滴のような何かがアズレイアの全身を包み込み、一瞬で蒸気になって消え去った。
「あなた最高……」
それは清めで有名な湖の精霊の加護だ。
酔った夜に間違って手を突いて見つけた、非常にありがたいこの塔の機能の一つ。
ずぼらなアズレイアにはお似合いの、洗浄魔法をかけてくれる精霊の柱。
ほとんどの柱が荷物に埋もれるこの塔の中で、この柱だけはベッドの支えのように丸出しになっていた。
「あ……、もうダメ、眠い──」
そのままベッドに倒れこんだアズレイアは、一呼吸数える間もなく深い眠りへと落ちていった。
次から次へとなぜこんな話が持ち上がってくるのやら。
こんな髪もたいして梳かさないずぼら魔女を嫁にだなんて、みんななにか勘違いしてはいないか?
「ずぼらもずぼら、ほら今日だってずぼら飯よ」
己に言い聞かせるように口にしながら、アズレイアが今日カルロスが届けてくれた荷物を改めて回収しに行く。
さっき家令の立つ傍らにそれが置かれているのには気がついていた。
客が来ているのに運び込むわけにも行かず、少し時間が経つのを待っていたが。
アズレイアの気を一番引いていたのは、荷物の一番上にそっと置かれていた包み紙。
部屋に持ち帰り、包みを開けて思わず声が出る。
「やった、挽き肉のパテの丸パン挟み!」
しっかりと濡れた布巾に包まれたそれは、アズレイアの手のひらに余る程のサイズだ。
それを見て、それまでの暗い気持ちも吹き飛んでアズレイアの顔が緩んでいく。
この店のこのメニューはアズレイアの大好物だ。
しっかりと肉汁の詰まったパテは秘伝のスパイスが利いていて、何度食べても飽きることがない。
一緒に挟まれている野菜は日によって違う。
今のこの季節は主に薄切りのきゅうりとオニオンだ。それにあわせて肉を包み込むソースにも甘味と酸味が加えられていた。
それがなじんだ丸パンはフカフカで、かといってソースを吸いすぎて溶けてしまっていたりもしない。
この塩梅が最高である。
普段は貯蔵箱にため込んだ日持ちのする干し肉、乾燥野菜、大麦、たまに届く卵やパンで自炊しているアズレイアにとって、これはかなりの贅沢なのだ。
普段、依頼仕事の納品期日に合わせ、自分へのご褒美がわりにカルロスに特別に注文を頼むのだが。
あれからカルロスと話せていないアズレイアは、今回はムリだと諦めていた。
この塔に引きこもりっぱなしのアズレイアにとって、ある意味色々とカルロスが命綱なのである。
多分、それを誰よりも理解しているカルロスが、勝手に気を利かせて用意してくれたのだろう。
結婚とか言い出さなければ、本当にいいやつなのに。
「まあ、とにかく冷めたままはもったいないわね」
そう言って、アズレイアがそれを再び布巾に包み込んで、部屋の片隅にある小台へと向かう。
小台にはいくつかの魔法陣が刻まれていた。
小台の魔法陣の上に夕食のパン挟みを載せたアズレイアは、そこに並べられた壺から一つまみの魔法粉を掴みだし、魔法陣の端にちょろちょろと落としていく。
すると徐々に魔法陣が光だし、その上の布巾が湯気を上げ始めた。
「このくらいかしら」
やけどしないよう、慎重に布巾を外して中の様子を確認すると、にんまりとほほ笑んでそれを皿の上に移す。
「今日も美味しいずぼら飯さんを頂かせていただきまーす!」
もう一方の手で小瓶に詰められたエールを持ち、皿に載せたそれをテーブルまで持ってきたアズレイアは、小瓶の蓋をねじり空け、誰にともなくそう言って、皿の上のパン挟みに齧りついた。
「んふ、ふふふ」
思わず声が漏れるほど今日のパン挟みは美味しい。肉汁が滴るほどに豊潤で、表面の焼き加減も最高だ。
口いっぱいのパンと肉の味を堪能し、それを咀嚼しつつ手元のエールを煽る。
「ぷはぁ、生き返る!」
……とても乙女が上げるべきではない賞賛の吐息をこぼしつつ、改めてまた肉が飛び出したパンに齧りついたのだが。
「あら? スパイスの調合変えたのかしら?」
いつもは感じられない新しい味覚に気づいたアズレイアは、驚きつつも、それもまた美味しくて黙々と食を進めた。
全て食べ終わったころには瞼が落ち始めていた。
エールを一気に飲み過ぎてしまったのだろうか?
それともあの家令とのやり取りが思いのほか神経を削ったのだろうか?
まだ日も落ちていないのに、重い体を引きずって、ベッドへと向かうアズレイア。
ふと思い出し、ベッドの横にある精霊の柱に手をかざす。
途端、淡い水滴のような何かがアズレイアの全身を包み込み、一瞬で蒸気になって消え去った。
「あなた最高……」
それは清めで有名な湖の精霊の加護だ。
酔った夜に間違って手を突いて見つけた、非常にありがたいこの塔の機能の一つ。
ずぼらなアズレイアにはお似合いの、洗浄魔法をかけてくれる精霊の柱。
ほとんどの柱が荷物に埋もれるこの塔の中で、この柱だけはベッドの支えのように丸出しになっていた。
「あ……、もうダメ、眠い──」
そのままベッドに倒れこんだアズレイアは、一呼吸数える間もなく深い眠りへと落ちていった。
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