【完結】ずぼら淫紋描きと堅物門番〜ひきこもり魔女に二度目の恋はいらない〜

こみあ

文字の大きさ
21 / 48
Ⅳ 眠る魔女

vii 侯爵の家令ジェームズ

しおりを挟む
「ッチ、気がついちまったたか」


 タイミングの悪さに舌打ちするカルロス。
 その視線の先、縛られたまま転がされていた侵入者が目を開き、頭を振り振り周りを見回している。
 だがやっと自分の置かれた状況に気がつき、慌てて前かがみでカルロスに怒鳴り始めた。


「お前! よ、よくもこの僕にこんな真似を! 僕の顔を殴ったな。このトレルダル家五男、チャールズの顔を!」


 言葉は強気だが、下半身は丸出しである。
 おかげでアズレイアはそちらをしっかり見れないのだが、カルロスはわざわざこの男に隠すものを与える気はないらしい。

 名乗りが正しければこの男、トレルダル侯爵の縁者だろう。
 だがだからといってカルロスに躊躇する様子はない。


「殴ったが、だからなんだ? もう一発殴っとくか? それとも潰しとくか?」


 言葉とともに、カルロスのつま先が男のイチモツに向かって一歩踏み出された。
 それを見たチャールズが、驚愕の形相で悲鳴のような情けない反論を繰り返す。


「お、お前、何を……うわ、やめろ、潰すな、僕を蹴っちゃいけないんだ! 僕は偉いんだぞ!」


 自分が名乗ったにも関わらず、目前の男が臆することなく自分を足蹴にしようとするのが信じられないらしい。
 そんなチャールズを見下ろして、首をかしげたカルロスがポンと手を叩いた。


「そうか、じゃあ剣にしとくか」


 全く引かないカルロスに、やっと危機感を覚えたチャールズが、慌てふためいて芋虫のようにズルズルと後退しはじめる。


「見てろよ、おじいさまに言いつけてやる!!!」


 そしてカルロスの蹴りが届かない部屋の端に縮こまって、犬のように吠えた。


「好きにすればいいさ。まあ、その前にそのまんまの姿で城内を引きずり回してお前が強姦魔だって言いふらしてやるがそれでいいんだな!」


 語尾に凄みを利かせたカルロスの恫喝に、ビクンと震え上がったチャールズが頬をヒクつかせてとうとう黙った。

 こうなると、流石に弱いものいじめをしているようで、バツが悪い。
 震えるチャールズを見下ろして、カルロスが深いため息をこぼす。


「っとに。あの家令を見たときから悪い予感はしてたんだが、全く」


 頭をかきつつ一人愚痴をこぼすカルロス。
 そして疲れたようにチャールズの前にしゃがみ込み、その顔をハスに睨みながら詰問を始めた。


「それで、お前はなんでアズレイアを狙った?」


 カルロスに問われ、一瞬ちらりとアズレイアを見た男が、またカルロスに向き直って不貞腐れたように口を開く。


「レイモンドが教えてくれたんだよ」


 唐突にチャールズの口から出された名前を聞いた瞬間、アズレイアの表情が凍りついた。
 それをチラ見したカルロスが、やはり表情を苦く歪める。

 そんな二人の様子に気づかずに、チャールズが世間話のように話し始めた。


「学院の研究論文がどうしても進まなくてさ。誰も教えてくれないし、手伝ってくれないし。でもほら、もうすぐ提出時期がきちゃうじゃないか」


 多分、魔術学院の学生なのね。


 アズレイアが冷え切った胸の内で思う。
 が、頭では全く違うことを考えていた。


「だから僕の教育係をしているレイモンドに相談したら教えてくれたんだ。この女を妾にでもしてやれば、喜んで研究論文を差し出すだろうって」


 そうか、そういえば、いつかモントレー伯爵家も王族に近しい家系だって聞いた気がする。
 教育係、ね。そんなこともあるわよね。


 冷静にそう思う自分もいる。
 だけど胸の奥に煮えたぎるのは冷たい炎だ。


 やっと忘れたと思った今頃、なぜまたこの名を聞くことになるのだろう。
 これは今、また色恋にうつつを抜かそうとした、自分への罰なのだろうか。


「『傷物の塔の魔女相手に遠慮することはない』だってさ。最悪、孕ませてしまえば彼女を妾にするのは容易いだろうって。いやほんと頭いいよね。だって『塔の魔女』ってあれだろ? 農民出のくせに部屋に男を引き込んでその研究で学院を卒業したっていう──」
「あの野郎……!」
「──そんなアバズレ、誰も相手にするわけないじゃん。論文のためとはいえ、この僕がそんな女を妾にしてやろうって言ってるんだぞ。それを断るとか無礼にも程があるだろ」


 黙り込んだアズレイアを見て、やっと自分の権威が伝わったとでも思ったのか、チャールズが勢いづいて喋り続ける。
 調子よくペラペラと喋るチャールズは、低い唸り声を上げたカルロスがこぶしを握りこんだことにも気づかない。

「だからこうやって僕が直接主従の礼儀ってものを教えてやろうとしたんだよ。躾けだよ躾け。わざわざ出向いてやったんだから、こっちが感謝してほしいくらいだ」


 もうたくさんだ。


 そう思ったカルロスが握ったこぶしを振り上げようとしたその時。


── トントントン


 扉をたたく低い音が響き、それが二人の代わりにチャールズの話に終止符を打った。



   ☆   ☆   ☆



「夜分遅くに失礼いたします」


 カルロスが開けた扉の前にたたずんでいたのは、今朝も見たトレルダル家の家令だった。


「ご無礼を承知でお聞きしますが、こちらにチャールズ坊ちゃまがお邪魔しておりませんで──」


 無表情にそこまで言って、縛り上げられ、床に転がされている下半身丸出しのチャールズに視線が向いた。


 マズイわ、流石に貴族のご子息にこの仕打ちはないわよね……


 これは怒るだろう、そうアズレイアは覚悟したのだが。


「坊ちゃま。またですか!」
「ジェ、ジェームズ、お前なんでここに──」


 チャールズの姿を目にした途端、それまでの鉄仮面を脱ぎ捨てた家令がガックリと肩を落とした。
 そしてそのままアズレイアの許可も取らずに勝手に塔に入り込み、スタスタとチャールズの後ろまでくると、アズレイアとカルロスに向かって深く頭を下げる。


「本日はチャールズ坊ちゃまがこちらで大変ご迷惑をおかけした様子。誠に申し訳もなく侯爵家の者としてまずは謝罪させて頂きたく──」
「おい、待てジェームズ! なぜお前が頭を下げる! 僕はまだこいつらに言いたいことが──」

 突然謝罪をはじめた家令の様子に、二人して拍子抜けしてしまった。

 だがそんな二人の目前で、いま頭を下げた家令がそのまま下半身丸出しのチャールズをヒョイッと肩に担ぎ上げて一礼する。


「夜分遅くに大変失礼いたしました。それではお坊ちゃま共どもこれにて失礼させていただきたく存じ──」


 肩の上で騒ぐチャールズを無視した家令が慇懃な態度で早口に挨拶を終わらせたかと想うと、またスタスタと塔のたった一つの出口へ向かって歩きだす。

 あまりにも自然なその流れに、二人とも判断が一瞬遅れた。


「待て!」


 が、そこでやっと気づいたカルロスが、家令と出口の間に体を割りこませてその行方を阻んだ。

 止められた家令は一瞬ムッとしたが、すぐに表情を消し去った顔でカルロスを見つめ返す。
 しばらくの間続いた無言のにらみ合いの後、家令が先に視線をそらし、はぁと疲れたため息をひとつ。

 そして、微かに声を落としてカルロスに尋ねた。


「お詫びは後日改めましてお伺いさせていただきます。カルロス、その間、どうぞ今夜の一件につきましてはご内聞にお願いできますでしょうか」


 それは質問の形をとってはいるが、その声音はどうやっても口止めにしか聞こえない。
 しかもなぜかカルロスを名指しで聞いた。

 家令の言葉にどこか違和感を感じるも、問われたカルロスの様子にアズレイアはすぐそチラに気をとられてしまう。

 それまでと打って変わって黙り込んだカルロスが、苦虫を潰したような渋い顔で家令を睨む。
 やがてカルロスが答えられないことを確認した家令は、その目元に微かな笑みを浮かべて丁寧に会釈した。


「それでは失礼します」


 無言で見送る二人を塔に残し、独り騒ぎ続けるチャールズを担いだ家令は当然のように堂々と去っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...