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Ⅵ 迷う魔女

x 心に明かり灯して

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「結局、俺にできたのは彼女が学ぶための機会を与えることだけだった」


 カルロスが淡々と話を進める間、アズレイアの胸の中では沢山の寂寥と、望郷、そして驚愕が渦を巻いていた。


「年を経て、彼女は奨学金で王都の魔術学院にまで進学した。生活を切り詰め、すべてを勉学につぎ込んで。たった一つの楽しみは、たまに町の食堂で食べるパンばさみ」


 語り終えたカルロスが、再びアズレイアと視線を合わせる。
 そして、添えるように付け足した。


「アズレイア、君のことだ」


 申し訳なさと、恥ずかしさと、愛おしさと。
 カルロスの瞳にも、また沢山の感情が渦巻いているのが見て取れる。


 あの日、ひげを剃り塔にきたカルロスを見て、なぜ私は思い出せなかったのだろう。

 まあ思い出せないか。
 幼い頃、数度会っただけの恩人だ。
 しかも今はすっかり厳ついおっさん顔のカルロスだ。


 そこまで考えて、とんでもないことに気づいてしまった。

 アズレイアがレイモンドとあんなにも簡単に恋に落ちた理由。


 そうか、レイモンドには、どこかあの頃のカルロスの面影があったのだ。
 ならばあの頃、自分を助けてくれたあの兵士に感じていた気持ちこそ、自分の初恋だったのやもしれない……。
 
 そう思い至って、目前のカルロスを見る。 


「ずっと見ていた。たぶん、かなり前に恋に落ちていた」


 じっと見つめるカルロスの瞳に自分の姿が映りこむ。
 その声が、一層甘く聞こえてしまう。


「もしあの時、俺や俺の上司が遠征をやめて手を尽くしていれば、もしかしたらお前の母を助けられていたかもしれない」


 思い出せば、今もやるせない苦しみがカルロスの胸を締め付ける。
 だがアズレイアは思う、それはムリだと。

 あの時、死ぬものは母や父だけではなかった。
 誰もが死と隣合わせで生きていた。
 生き残った自分こそが単なる幸運だったのだ。


「父から送られてきていた手紙をなぜ読まなかったのかと何度後悔しただろう。もしあの時、父からの手紙を読んでいれば、俺たちはもっと違う形で出会えていたはずだった」


 その後悔の言葉は、今やアズレイアを悲しませない。
 それどころか、今自分たちがここで共にいられることこそ奇跡な気さえしてきた。


 あの時の兵士がカルロスだった。


 アズレイアが人生で巡り合った数々の疑問や謎のピースが、答え合わせのようにぴたりぴたりとハマっていく。
 それはまるで謎解きの終わったときのような、えも言われぬ感覚だった。


「あの日、レイモンドが出したモントレー家の婚約破棄の通達を目にするまで、俺は相手の女性が誰なのか知らなかった。知っていたら、すべては違っていたのかもしれない」


 全てを告白し終えたカルロスは、脱力気味に懺悔する。


「俺は二度お前を裏切った。言い訳はできない。だからこそ誓う。もう二度とお前を裏切ることはない」

 その顔には積年の後悔が深い影を落としている。
 だが、それをしてもなお、強い彼の想いが言葉を紡ぐ。


「好きだ、アズレイア。賢く美しい俺の運命の人。俺はお前以外、結婚するつもりはない」


『運命の人』

 なんて壮大で陳腐な言葉だろう。

 なのに、それが今カルロスの口からこぼれた時、自分も全く同じ気持ちだったのに気がついた。

 アズレイアの許しを請うように、カルロスの手が伸ばされる。
 今これをとれば、アズレイアはその運命の相手と結ばれるのかもしれない。

 だが、ここにきてもまだ、アズレイアの胸の内の不安は消え切らない。


 本当にこの手をとっていいのだろうか?
 また同じことが繰り返されるのではないか?

 結婚はなんの保証にもならない。
 一生の愛など、誰も図れないのだから。


 取りかけたアズレイアの手が震え、そしておずおずとカルロスの服の端にとまる。
 今にも消え入りそうな声で、アズレイアが伝えた。


「それを私が信じられるまで、もう少し待ってくれる?」


 今度は間違えたくはない。
 自分のためにも、この優しいカルロスのためにも。
 それがアズレイアが出した、逃げ腰ながら一番前向きな結論だった。

 希望と欲望、苛立ちと哀れみ。
 じっとアズレイアを見つめるカルロスの目が、いろいろな感情に染まり上がる。

 自分の服の裾を掴むアズレイアが、あのときの少女と重なって……。


「もうどれだけ待ったと思うんだ。お前が頷くまで、俺はいくらでも待つ」


 耐えきれずカルロスがその腕にアズレイアの体を包み込んで囁いた。

 アズレイアもまた、自分を抱きしめるその腕に、遠い過去の日、幼い自分を抱きかかえて村に向ってくれたあの兵士のそれが重なる気がした。
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