それぞれの愛のカタチ

ひとみん

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控えていた使用人達も温かな眼差しで二人を見守っていたが、当主でもある公爵夫妻が現れると表情を引き締め頭を下げた。
エドワルドも両親の訪れに椅子から立ち上がるも、繋いでいた手を離すことは無い。
そんな二人に意味ありげな笑みを向ける夫妻に、エドワルドは頬を染めながらもキリリとした表情で両親を見つめ返し、ユスティアは只々申し訳なさそうに眉を下げる。
いくら何でも寝たままではと、起き上がろうとするユスティアを公爵夫妻が止めた。
「いいから寝ていなさい。身体にも打ち身の痕があったようだから、痛むだろう?」
言われて初めて、先程から身体を動かす度に感じた違和感に納得する。
恐らく叩かれた時に吹き飛んで、身体を床に強く打ち付けたのだろう。
改めてお礼をしようと口を開こうとして、それも止められる。
「今日はあまり口を開かないほうがいいだろう。明日にはきっと痛みもましになって話せるはずだ」
公爵夫妻はエドワルドがいた場所に座り、エドワルドはその向かい側へと移動し、またユスティアの手を握った。
その迷うことなく当然の様に手を握られ、あまりにも自然な行動にそれを拒絶するのも失礼かと思い、されるがままにしているが正直、戸惑の方が大きい。
それに彼の手の温もりは、嫌悪感どころか安心感しかなく、冷静な思考が戻ってくるようだった。
「まずは自己紹介から。私はこの公爵家の当主でもあるディビッド・ライトだ。こちらは妻のステラ」
デイビッドの容姿はエドワルドと似ていて、青銀の髪にエメラルドの瞳をしていてとても美しい。
未来のエドワルドを見ているようだと思った。
そして妻と紹介されたステラは、とりわけ美しいという容姿ではないが世間では才媛と名高い。
凛とした姿は公爵夫人にふさわしく、瞳の色はエドワルドと同じ美しいブルーサファイアだ。
「はじめまして。ユスティアちゃんと呼んでもいいかしら?」
優しく気遣うように微笑む夫人の言葉に、ユスティアは目元を緩め頷いた。
「多分、本人が既に自己紹介をしていると思うが、彼が私達の息子でもあるエドワルドだ。十九歳になる。ユスティア嬢よりも五つほど年上かな?何かあれば息子を使えばいいからね」
使えばいいの意味が分からないが、取り敢えず頷くとエドワルドは嬉しそうな顔を向けてきた。
なんだかよくわからないが小さく微笑みを返せば、見るからに頬を染めさらに輝く様な笑顔を向けてきた。

天使様がいるわ・・・もしかしてここって、天国なのかしら?

そんな現実逃避をしてしまいそうなほどに、エドワルドの微笑みは美しかった。思わず眩しそうに眼を細めてしまうほどに。
そんな二人を微笑ましそうに見ていた公爵夫妻だったが表情を改め、ユスティアに何故彼女を保護できたのかその真相を明かしてくれた。

「ご存じの通り、私は現国王の弟でね、元王女でもあるフレデリカ様とは少なからず交流があったのだよ」

フレデリカはディビッドの初恋の人だった。
傾国並みの美貌を持つ彼女が侯爵家へと嫁いでくる。
フレデリカの国とは友好を築いていたが、当時の王太子であった現国王やディビッドはまだ幼く他国の王族とは対面したことがなかった。
美しい王女を射止めたのが、これと言って容姿が秀でていたわけではない侯爵という事で、かなり話題になっていたのだ。
そして結婚前に挨拶の為にと王宮を訪れた彼女は、これまでに見た事もないほどの美しい女性だった。
絹糸の様にまっすぐ艶やかな黒髪は彼女が動くたびにサラサラと揺れ、青の宝石眼はわずかな光源でも美しく煌めく。
―――年齢など関係なかった。
当時の国王も王太子も、その場に居た関係者達、そしてディビッドも瞬く間に心を奪われたのだから。
言葉を交わせばとても親しみやすく、機知に富んでいて身分を鼻にかける様子もない。
そして何より、夫となる侯爵をとても信頼し慕っている事がよくわかった。
この国の王族は、他国でも話題になるほど美形ぞろい。それは当人たちが一番分かっており、時にはそれを武器に外交する事もあるほど。
そんな彼等は浅ましくも、この美しい人があわよくば自分に惚れてくれないだろうかと、どこかで期待していたし、自信もあった。
だが彼女は、彼等には何の興味を示す事もなく、優しくも嬉しそうな眼差しを向けるのは未来の夫にだけだった。
目の当たりにした美しい人の幸せな姿は、自分たちの愚かな自惚れを突きつけ、ほの暗い一瞬の希望にでさえ無情にも終止符を打つ。
そして、ディビッドにとってフレデリカは初恋の人として、強烈な印象もそのままに心の奥底でずっと輝き続けていたのだ。

そんな苦い過去の思い出が、憧れてやまない美しい人の生き写しを目の前に、昨日の事の様に甦る。
胸によぎる思いなどおくびにも出さずディビッドは、安心させるようにユスティアに微笑みかけた。
「あなたが産まれた時、そして王都を出られる前に、フレデリカ様がここに来られたのだ。あなたの後ろ盾になって欲しいと」
自分が知らないうちに、既に祖母は自分を守るために動いていた事に驚き目を見開く。
「フレデリカ様から聞いていると思うが、ユスティア嬢にはフレデリカ様の祖国での王位継承権を持っている。つまり何かあった時は王家で保護して欲しいと」
ユスティアが祖母の国で王位継承権を持っている事は、聞いていた。
フレデリカが持っていた王位継承権も、この国に嫁いでもそのまま維持されている。
そして孫であり長女でもあるユスティアにのみ、祖国の王位継承権を持たせたのだ。
例え下位であっても、己を守る盾となる事を願って。
当然のことながら、息子でもあるカーネルやライラには、無い。
本来であれば息子やライラにもその権利はあるのだろうが、フレデリカの一存で返上していた。
だからか祖母は現国王でもある祖母の弟、ユスティアから見て叔祖父に対しよく手紙を書かされていた。
実はたった一度だけだが、会った事もある。
女神の如き美しい姉フレデリカを妄信していた叔祖父は、姉に似たユスティアを大層可愛がっており、それは今も変わらない。
何年か後に叔祖父は、その王位を息子に譲位すると言われており、その式典にはユスティアを招待すると手紙に書いてくるくらい愛されていた。
だから、何かあった時には、祖母の祖国に頼ればいいのだと思っていたのだが。
「フライアン侯爵家の内情はフレデリカ様から聞いている。ユスティア嬢が王都に戻ってきたら、きっと平穏には過ごせないだろうから、何かあったら保護して欲しいとね」
「ユスティア嬢が王都に戻ってきたと聞いてね、僕が毎日あの木を見に行く事にしていたんだ。だけどまさか・・・王都に着いてたった二日目でこんな事が起きるなんて・・・」
エドワルドの言葉にディビッドも「あぁ・・我々の考えが甘かったみたいだ」と、悔しそうに傷ついたユスティアを見つめた。
「とにかくここは安全だから、ゆっくり休むといい。明日になれば話をしても大丈夫なくらいは傷も癒えるはずだ。明日またゆっくりと話そう」
「ゆっくり休んでね」
そう言って公爵夫人も一度ユスティアの手を握り、二人は部屋を出ていった。
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