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第一章 英雄の憎悪
13 グレンの❝耳❞
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エレナを引き上げさせたグレンは、一人作戦指令所を反芻していた。
“喋らねえで良い事まで言っちまった・・・酒なんぞ一滴も飲んでねえがな、雰囲気に酔っった
か?・・・それにしても、いつ感ずかれたんだ?結構上手く隠していたと思うがな・・・まぁ、アレ
だけ言えばそれ以上は追求して来ねえとは思うが、一応警戒を強めるに越した事はねえな”
「上手に話を捲くりましたね、隊長・・・」
意識の外から急に声を掛けられ、急いでその方向に振り向いた。
「・・・エリアお前、何を人の部屋に忍び込んでんだよ、憲兵呼ぶぞ」
「いやぁいい顔だ、滅多に見られる物じゃないですよ。素で驚いちゃって」
グレンの部下である小隊長のうち、彼より年齢が下の者は全部で三人居るが、そのうちの一人がこの
エリア・シュナイダーである。
年齢は19歳、背丈はグレンよりも高く、エレナより少々上ぐらい。グレンよりも長く伸ばした金色
の髪を、方の辺りでひとつ結びにして纏めている。
グレンを見つめる緑の瞳には、何を考えているのか推し量ることが出来ない光に彩られている。
その透き通るような目鼻立ちの容貌は、傷だらけのグレンよりも遥かに色男であり、共に町に出た時
には、声を掛けられる所を何度も見てきた。
一見して、全く持って軍人然としていないこの男は、実際にはグレンが百人長の頃からの生え抜きの部下
であり、ガラン・エレナに次ぐ古参兵に当たる。
グレンやガランの様に、特段白兵戦が得意なわけでもなければ、エレナやヴィクトルのように
作戦立案・部隊指揮等を得意にしているわけでもない。
彼の真価はその作戦の骨組みを組み立てる手助けにある。
少数の部下と共に敵陣に潜入し、その情報を中隊本部に届け、勝利への筋道を組み立てる手助けこそ
彼がこの部隊で与えられた役割である。
「お前いい加減に、人の部屋に忍び込むの辞めろって言っただろ?・・・」
「怖い怖い、止めて下さいよ。そんな人殺しの目で見つめないで下さい。部下に見せる目じゃ有
りませんよ」
「俺の部下に、人の部屋に無許可で進入した挙句に、部屋主が集中して作業している背中に声掛け
て、驚いた顔見て喜んでいる奴はいねえんだよ、さっさと消えろ」
「随分とつれないですねえ隊長・・・感付いていたエレナさん、一応納得してくれたんで
しょ?」
エリアが先ほどまでとは違う声色で語り始める。
「やっぱりお前か、余計なことアレに吹き込んだのは?」
「結構前から疑問を感じていたみたいですよ?隊長の素振りには」
「何故?」
「以前“隊長は、戦闘が終わると常に何かを調べている。どこで、どの部隊と戦っても常に”とそん
な事を口にしていましたから」
「それだけじゃ只の心象の上でしかねえよ・・・それだけでアレが直に忠告するとは思えねえ。何
だ?何があいつに知られた?」
「捕虜の尋問に、隊長が頻繁に参加されているのを、どこからか嗅ぎ付けたそうですよ。専門の尋問
官でもない戦闘部隊の千人将である貴方が、何故か敵将兵の尋問にいつも同席されているのを」
「自分の部隊でとっ捕まえた間抜け面を、隊長自ら尋問施すのがそんなにおかしいか?」
「さあ?別に僕も、それだけじゃ特に違和感無いと思いますけどね」
「じゃあ何でだよ?・・・」
のらりくらりと質問をかわされるのに疲れてきたのか、だんだんとグレンも投げやりになってきた。
「まぁ、女の勘って奴じゃないすか?」
「あっ?」
意味が分からん。
「要するに死んで欲しくないんでしょ、貴方に」
「何でだ?」
「あの人は、貴方のことが好きなんじゃないかと思いますよ。だからそれだけ貴方の事をよく見ている、
常に観察している」
「・・・ああ、なるほどな」
「おや?思い当たることが在るので?」
「まあな・・・何かたまに視線を感じることがあった」
「思い立ったら一途な人ですからねェ、エレナさんは。いやあ羨ましいなあ隊長、あんな物凄い綺麗な人
に恋心を抱かれるなんて」
「目ェ笑ってんだよお前、終始笑ってる」
それだけ呟くと、再び静かに思案を巡らせる。
「“あいつをどう利用しようか”、とか考えていませんよね?隊長」
「お前はお前で相当に厄介な部下だよ、エリア…」
「やだなあそんなに褒められたって、鼻血も出せませんよ」
「鼓膜が腐ってんのか?・・・いや腐ってんのは性根の方か」
「これは一応忠告と言うことになりますが、隊長の命はすでにご自分だけの物ではありません。我々
第二中隊隊員はもちろんの事ですが、この東部戦線で戦う者にとって“戦闘龍”グレンの武名はすで
に小さくは無いのですよ。もし討たれる様な事が有っては少なからず士気にも悪影響が出ます。その
事をくれぐれも肝に刻み込んで、ご自愛ください 」
「急にどうした?気色悪いな、変な物食って腹でも下したか?・・・それとも、❝飼い主❞に何か吹き込ま
れでもしただか?」
❝飼い主❝という単語に、エリアの目付きが一瞬険しくなる。
「・・・今日はもう遅いのでこれで休みます。失礼しました」
「ああ、しっかり休め」
一人になったグレンは先ほどエリアが伝えた言葉が頭にこびり付いていた。
自分の身を案じるあまりに出た忠告ならばそれはそれで構わない。
もし、万が一の話ではあるが・・・自らの背後に蠢く、仄暗い陰謀にまで彼女が気付いてしまっていた
のなら・・・
“危うくあいつを始末しんといけねえ所だなぁ・・・まぁ、今回の所はあいつが、心底油断ならねえ女
だと気付いただけでも大きな収穫か?”
自らを操る者にまで感付かれることだけは、絶対に避けなくてはならないと改めて感じた夜となった。
「所詮は俺も、あいつの糸で操られた殺人人形の一つに過ぎないのか・・・」
虚しい笑いがこみ上げてきた。
一人、静かに夜は更ける・・・
“喋らねえで良い事まで言っちまった・・・酒なんぞ一滴も飲んでねえがな、雰囲気に酔っった
か?・・・それにしても、いつ感ずかれたんだ?結構上手く隠していたと思うがな・・・まぁ、アレ
だけ言えばそれ以上は追求して来ねえとは思うが、一応警戒を強めるに越した事はねえな”
「上手に話を捲くりましたね、隊長・・・」
意識の外から急に声を掛けられ、急いでその方向に振り向いた。
「・・・エリアお前、何を人の部屋に忍び込んでんだよ、憲兵呼ぶぞ」
「いやぁいい顔だ、滅多に見られる物じゃないですよ。素で驚いちゃって」
グレンの部下である小隊長のうち、彼より年齢が下の者は全部で三人居るが、そのうちの一人がこの
エリア・シュナイダーである。
年齢は19歳、背丈はグレンよりも高く、エレナより少々上ぐらい。グレンよりも長く伸ばした金色
の髪を、方の辺りでひとつ結びにして纏めている。
グレンを見つめる緑の瞳には、何を考えているのか推し量ることが出来ない光に彩られている。
その透き通るような目鼻立ちの容貌は、傷だらけのグレンよりも遥かに色男であり、共に町に出た時
には、声を掛けられる所を何度も見てきた。
一見して、全く持って軍人然としていないこの男は、実際にはグレンが百人長の頃からの生え抜きの部下
であり、ガラン・エレナに次ぐ古参兵に当たる。
グレンやガランの様に、特段白兵戦が得意なわけでもなければ、エレナやヴィクトルのように
作戦立案・部隊指揮等を得意にしているわけでもない。
彼の真価はその作戦の骨組みを組み立てる手助けにある。
少数の部下と共に敵陣に潜入し、その情報を中隊本部に届け、勝利への筋道を組み立てる手助けこそ
彼がこの部隊で与えられた役割である。
「お前いい加減に、人の部屋に忍び込むの辞めろって言っただろ?・・・」
「怖い怖い、止めて下さいよ。そんな人殺しの目で見つめないで下さい。部下に見せる目じゃ有
りませんよ」
「俺の部下に、人の部屋に無許可で進入した挙句に、部屋主が集中して作業している背中に声掛け
て、驚いた顔見て喜んでいる奴はいねえんだよ、さっさと消えろ」
「随分とつれないですねえ隊長・・・感付いていたエレナさん、一応納得してくれたんで
しょ?」
エリアが先ほどまでとは違う声色で語り始める。
「やっぱりお前か、余計なことアレに吹き込んだのは?」
「結構前から疑問を感じていたみたいですよ?隊長の素振りには」
「何故?」
「以前“隊長は、戦闘が終わると常に何かを調べている。どこで、どの部隊と戦っても常に”とそん
な事を口にしていましたから」
「それだけじゃ只の心象の上でしかねえよ・・・それだけでアレが直に忠告するとは思えねえ。何
だ?何があいつに知られた?」
「捕虜の尋問に、隊長が頻繁に参加されているのを、どこからか嗅ぎ付けたそうですよ。専門の尋問
官でもない戦闘部隊の千人将である貴方が、何故か敵将兵の尋問にいつも同席されているのを」
「自分の部隊でとっ捕まえた間抜け面を、隊長自ら尋問施すのがそんなにおかしいか?」
「さあ?別に僕も、それだけじゃ特に違和感無いと思いますけどね」
「じゃあ何でだよ?・・・」
のらりくらりと質問をかわされるのに疲れてきたのか、だんだんとグレンも投げやりになってきた。
「まぁ、女の勘って奴じゃないすか?」
「あっ?」
意味が分からん。
「要するに死んで欲しくないんでしょ、貴方に」
「何でだ?」
「あの人は、貴方のことが好きなんじゃないかと思いますよ。だからそれだけ貴方の事をよく見ている、
常に観察している」
「・・・ああ、なるほどな」
「おや?思い当たることが在るので?」
「まあな・・・何かたまに視線を感じることがあった」
「思い立ったら一途な人ですからねェ、エレナさんは。いやあ羨ましいなあ隊長、あんな物凄い綺麗な人
に恋心を抱かれるなんて」
「目ェ笑ってんだよお前、終始笑ってる」
それだけ呟くと、再び静かに思案を巡らせる。
「“あいつをどう利用しようか”、とか考えていませんよね?隊長」
「お前はお前で相当に厄介な部下だよ、エリア…」
「やだなあそんなに褒められたって、鼻血も出せませんよ」
「鼓膜が腐ってんのか?・・・いや腐ってんのは性根の方か」
「これは一応忠告と言うことになりますが、隊長の命はすでにご自分だけの物ではありません。我々
第二中隊隊員はもちろんの事ですが、この東部戦線で戦う者にとって“戦闘龍”グレンの武名はすで
に小さくは無いのですよ。もし討たれる様な事が有っては少なからず士気にも悪影響が出ます。その
事をくれぐれも肝に刻み込んで、ご自愛ください 」
「急にどうした?気色悪いな、変な物食って腹でも下したか?・・・それとも、❝飼い主❞に何か吹き込ま
れでもしただか?」
❝飼い主❝という単語に、エリアの目付きが一瞬険しくなる。
「・・・今日はもう遅いのでこれで休みます。失礼しました」
「ああ、しっかり休め」
一人になったグレンは先ほどエリアが伝えた言葉が頭にこびり付いていた。
自分の身を案じるあまりに出た忠告ならばそれはそれで構わない。
もし、万が一の話ではあるが・・・自らの背後に蠢く、仄暗い陰謀にまで彼女が気付いてしまっていた
のなら・・・
“危うくあいつを始末しんといけねえ所だなぁ・・・まぁ、今回の所はあいつが、心底油断ならねえ女
だと気付いただけでも大きな収穫か?”
自らを操る者にまで感付かれることだけは、絶対に避けなくてはならないと改めて感じた夜となった。
「所詮は俺も、あいつの糸で操られた殺人人形の一つに過ぎないのか・・・」
虚しい笑いがこみ上げてきた。
一人、静かに夜は更ける・・・
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