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後日談 溺愛オメガは運命を織りなす

第三話

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 一日目だってそうだ。
 チケットを手配した俺のせいで特急の時間を一時間ほど間違えてしまい、弁当も買わずに慌てて乗り込んだ。車内販売は昨年から取り止めになっていて、空腹を抑えながら特急電車で過ごした。ちょうど鞄に入っていた飴玉を転がしながら身を寄せ合った。
 そこから駅に降りてバスに揺られ、果てしなく長い道を蛇行しながら移動して、やっとのことでここまで来た。秘湯というわけでもないが、一度は訪れたい有名な温泉街。ホテルは慶斗が先導を切って予約をおさえてくれた。
 室町時代から続く老舗旅館で、漆で設えられた漆黒の調度で統一され、大正ロマンを漂うラウンジ。そして眺めのよい広々とした部屋というなんとも素敵な宿だった。
 浴衣に半纏を羽織って外へ出かけてみると、玉こんにゃくにかじりつき、射的なんかもして、足湯に浸かってのんびりと腰かける。観光客は卒業旅行の大学生ばかりで、それほど混み合ってもいない。宿に戻ると本を読んでうつらうつらと眠って、起きたら夕食に呼ばれ、豪勢な食事に舌鼓をうつ。
 食前酒は自家製梅酒に、鯛の子のうま煮、碗は蛤と海老に、メインは鮑のステーキと所狭しに料理が並ぶ。胃の中がはちきれんばかりに食べてしまい、帰り際に胃薬をフロントからもらう始末だ。
 そのままトドのようにころころと転がって、大半を消化したら、大浴場に足を運ぶ。部屋にもあるんだぞと言われたけど、せっかくの大浴場を堪能したいわけでしぶしぶついてくる夫……。
 あれこれ考えて、慶斗の存在を忘れてしまっている自分に反省した。
「俺より好きだろ。ふろ」
「そ、そんなことないよ」
「……ならいい」
 ……いいんだ。
 むすっとした顔でエレベーターを待っているが、なかなか扉は開かない。
 慶斗の空いた手にはバスタオルがしっかりと握られている。部屋で寝ていてもいいのに、風呂の中まで護衛のようについてきて隣に座って身体を流す。前よりも圧を感じるけど、正直なところ嫌ではない。むしろ愛されている気分になってしまい、ちょっとうれしい。
 昔からそうだ。慶斗がむすむす隣にいても、俺はうれしい。ドキドキしてしまう。多分恋の病というやつは治らないんだと思う。この先、この重度の不治の病に悩まされると思っても嫌じゃない。
 拗れた長い長いセックスレスも解消され、少しずつ生活が変わっても気持ちだけは変わらない。手をつなぐことは当たり前で、おはようのキスも、おやすみのキスも、いってらっしゃいのキスも日常茶飯事になりつつある。
 毎日が幸せに満たされ、花を咲かせる。
 なんだ、お互い両思いだったんだねと言うと、ちょっと気まずい顔をされる。
 俺のほうが重いんだと拗ねられるので、ついつい笑ってしまう。いや、俺のほうが重いよと返す。いやいや、俺のほうがしんどいぞ……と無意味なシーソーゲームを繰り返している。
 躓く石も縁の端、巡りに巡りに出逢ったことに感謝したい。
「あ、あと……ほら、昔から憧れっていうか、こういう温泉街楽しいし、なんか楽しいんだ。卒業旅行も色々忙しくて行ってなかったしさ」
 学生結婚を果たした俺に、周囲は気を遣って誘いすらこなかった。三つある咬み痕、ケロベロスの威力が発揮されていたのかもしれない。
「…………」
「あ、ほら、部屋探したり、同棲して忙しかったしさ」
「そうだな」
「それに……」
「それに?」
 眉間に縦皺をつくった顔を寄せられる。怒っても凛々しい顔立ちは変わらず、キスしそうな距離にドキッとしてしまう。
「な、なんかさ……」
「なんかってなんだ」
「初めての旅行ってかんじでさ……」
「……初めて?」
「うん。結婚して三年だけど、……旅行なんて初めてだからさ」
 ごにょごにょと喋って語尾が濁る。
 そうなのだ。初夜もなく、セックスレスになってしまった俺たちは新婚旅行もすっとばしていた。だからか、こうして揃いの浴衣を着たり、並んで歩いたり、手を繋ぐだけでときめきが加速してしまっている。
 スーツですら格好いいのに、浴衣姿なんて凛々しさが増して、はらりと着崩したときの鎖骨とか胸板とかに色気が漂う。胸元から逞しい肉体がちらちらと見えるたびに、昼間からやましい気持ちになってしまう自分がいた。全身が火照る感じがして、逃げるように部屋から出てしまう。
 冷静を取り戻そうと、健全な汗を掻こうとしていたことが裏目に出てしまったんだと思う。
「まるで新婚旅行みたいだし」
「しんこん……」
「初夜がなかったしさ……」
「……悪い」
 しまった。
 それは御法度だ。
 しんと廊下が静まり返る。
 せっかく温まった身体が冷えていきそうで、俺は慌ててつないだ手をぶんぶんと振った。
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