元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

文字の大きさ
18 / 70
第一章

第18話 踊る前に死にそう

しおりを挟む
「なるほど。そういうことになっていたんだね」

湯気の立つ紅茶を口に運びながら、シュヴァンは目を細めた。

「食事による貧血が、歩けない直接原因ではないと思います。ですが、一因である可能性はあります」

クラリスもまた、カップをそっと傾ける。

(とんでもなく高そうなカップしかり、この紅茶しかり……王族って怖い……)

ふわりと香る、前世でも経験のない芳香に包まれ、思わずクラリスはブルッと震えた。
空腹に紅茶が沁みる。

「マリアンヌ夫人か。やっかいですね」

隣でカップを置いたルスカが、ため息をつく。
その様子に、シュヴァンがくすりと笑った。

「そうだね。母上の"オトモダチ"だからね…」

伏せられた睫毛に、指先に触れる顎――

(顎に添えた指も、睫毛も……長い……ッ!)

クラリスが鼻息荒くした時。

「いたっ」

びしっ、と額に小さな衝撃。

クラリスが顔を上げると、横のルスカがデコピンのポーズで構えていた。

「見過ぎだ。見方も気持ち悪い」

「なんか扱い酷くなってない?」

「仕方あるまい」

二人が睨み合っていると――
向かいの席からくす、と笑い声が漏れた。

「なんだか楽しそうだね。そんなルスカ初めてみたよ」

「楽しくないです。不快なばかりです」

「ルスカ、わたしだって痛いばかりだよ?」

シュヴァンはふたりを眺めながら、楽しげに微笑み、ゆっくりと告げた。

「うん。それじゃあ…5日後の舞踏会に、クラリス嬢にもでてもらうことにしよう。ルスカ、エスコートよろしくね」

がしゃん。

クラリスのカップが、控えめながらも見事な音を立てた。










「クラ……ほんとにやるの?」

「やるよ。お妃様とマリアンヌ夫人が揃う場所は、そこしかない」

診療所の隅のテーブル。
クラリスは朝から目の下にクマをつくり、ぶつぶつ呟きながら本を読み込んでいた。

──『俺がエスコートするからには、最低限の課題はこなしてもらう。恥をかきたくないからな』

そう言ってルスカが己のやけに大きな鞄から引っ張り出したのは……

本の、山、山、山。

クラリスの目の前に積み上げられた本の塔に、彼女は思わずごくりと息を呑んだ。

──『マナーの本。この国の歴史の本。舞踏の教本。
……舞踏会までに全部、覚えてもらう』

満足げに微笑んだルスカの顔が思い出される。

──『まさか、できませんなんて言わないよな?俺は、当然全て覚えている』

「……あれ、絶対仕返しだよ。
わたしの台詞、まんまだったもん」

クラリスが呟くと、向かいに座るヴィルは苦笑を浮かべながら、いちばん上の本をぺら、とめくってすぐにそっと閉じた。

「今日はルスカ王子、公務なんでしょ?これ、今日中に全部……?」

「しかも、お昼はフィーリアとランチ。その後はドレスの採寸。さらにダンスの指導だって。
もうね……詰んでる」

「お前が、ダンス……ねぇ……」

隅で話を聞いていたミュラーが、ふっと吹き出した。

「アヒルの体操だな」

「うるさいなぁ!からかわないでください!」

クラリスは、ヴィルがそっと差し出したコーヒーを一気に飲み干す。

「やる。やるったらやる!そしてルスカの鼻を明かしてやるんだから!!」

「……目的変わってない?」

ヴィルがぽつりと呟いた、その時――

バタン!

診療所の扉が勢いよく開く。

「クラリス嬢。お迎えに上がりました」

「えっ!?もうそんな時間!?」

クラリスは慌てて本の山を抱えてカバンに詰め込み、診療所を飛び出した。









「まあ……あの舞踏会に、クラリスさんも?」

相変わらず薄暗い部屋の中。
クラリスは、最後の一口の野菜を口に運んでいた。

目の前のフィーリアは、まんまるな瞳をさらに大きくし、楽しそうに笑みを浮かべている。

「それで、マナーを指摘してほしいと?
でも、クラリスさんのカトラリーの使い方は問題ありませんし……ああ、でも少し、姿勢が気になりますわ」

にこりと微笑みながら、フィーリアはクラリスの肩をそっと指差した。

「たしかに、猫背かも。ありがとう、フィーリア」

クラリスは背筋をしゃんと伸ばす。

(こうして見ると、さすがは王族。
食事の仕方はもちろん、姿勢も所作も完璧)

クラリスがじっとその姿を見つめると、フィーリアはふわりと微笑んだ。

(小さいし、可愛い……)

――その時。
クラリスの胸を、ちくりと刺すような違和感が走った。

(……七歳って、こんなに小さかった?
座っているところしか見てないから?それとも、身体のほとんどが脚だったりする……?)

「あのさ、フィーリア。もしかして――」

言いかけたその瞬間。

コンコン、と扉がノックされ、カレルが現れる。

「クラリス嬢。次の予定の時刻です」

「えっ!?もう!?」

クラリスは慌てて水をガブリと飲み――ごくり、と喉に詰まって咽せた。

「クラリスさんがお出になる舞踏会、わたくしも行きたかったですわ……
明日もお昼、来てくださいますよね?クラリスさん」

眉を下げて微笑むフィーリアに、クラリスは咽せながらも、ぐっと頷いた。

(わたしが――
また必ず、舞踏会にでもなんでも行けるようにしてみせるから)

診療バッグを手に取り、クラリスは呆れた様子のカレルの後ろに続いた。








それから、慌ただしく時は流れていった――

何度もマナー講師に手を叩かれ、
コルセットの締め上げに日常生活すらままならず、
歴史の本は書き込みで真っ黒になり、
「ダンスの練習」と称しては、何度も講師の足を踏みつけた。

寝不足、筋肉痛、謎のノートアレルギー。

間に挟まれる野菜だけのランチ。
それに伴う空腹感。

クラリスは心の中で何度も思った。

(……脱過労死のはずでは?死なない?)

そして――

気づけば、その日は来ていた。

あの、きらびやかな舞踏会の夜が。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...