元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第6話 証明してみせて

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「き……今日は患者が多かったけれど、なんとか落ち着いたわね……」

ふらつく足取りのまま休憩室に入ってきたクラリスは、ソファに倒れ込むように腰を下ろした。
肩で息をし、額の汗をそっとぬぐう。

少し遅れて、ルスカが静かに入室する。
彼はクラリスの向かいの椅子に腰掛け、じっと彼女の様子を観察した。

「大丈夫か?クラ。……力を使いすぎているだろう。少し休め」

「ありがとう、ルスカ。……当直明けみたいな気分……でも大丈夫。どうしても、話したいこともあるから」

クラリスはソファの端に座るアニへと向き直る。

朝の無邪気さは消え、瞳は真剣そのものだった。

「待っててくれたんだね、ありがとう。それで……魔法陣の話なんだけど」

クラリスは一瞬、言葉を探すように視線をさ迷わせた。
やがて、きゅっと拳を握りしめる。

「なんとか、力を貸してもらえないかな……今は、アニに喜んでもらえるようなお礼も、正直思いつかない。でも、必ず私にできることでお礼する」

その声は、弱さではなく覚悟に裏打ちされたものだった。
クラリスは深く息を吐き、アニの瞳をまっすぐに見つめる。

「……必要なんだ。たくさんの人の命が、きっと救える」

その言葉が落ちた後、ルスカも姿勢を正した。

「アニ。俺からも頼む。こいつは……まあまあ信用に足るやつだ」

「ルスカ……"まあまあ"が地味に傷つくけど……」

クラリスが苦笑した、ちょうどその時。

「はあ……」

アニが、小さくため息をついた。

三人のあいだの空気が、一瞬だけぴんと張りつめた。

「……魔石で、なにしたいの?」

アニはぷいと横を向いたまま、ぼそりとつぶやいた。

クラリスとルスカは、顔を見合わせる。

ぱあっと表情が明るくなるクラリスに、ルスカはひそかに頷き、顎でアニを促した。

「魔石で、抗菌薬っていう――細菌をやっつけるものを作りたいの!」

「こうき……なにそれ?」

アニは眉をひそめる。

クラリスは身を乗り出し、丁寧に説明した。

細菌の存在。
それによって起きる病。
自分の力で“細菌を消去できる”こと。
でも、能力の回数には限りがあること。
魔石と魔法陣を使って、それを量産したいこと。

「それで、大勢の民が救われる、ねぇ……」

アニは肘をつき、うつむきながら考え込む。

沈黙が落ちる。

(なにこの沈黙……学会の抄録出した時の上級医か?)

ごくり、とクラリスは喉を鳴らした。

アニへ視線を向け、助けを求めるようにルスカを見るが、ルスカは肩を小さくすくめるだけ。

耐えきれず、クラリスは声を落とした。

「あの……アニ?」

ゆっくりと、アニが顔を上げる。

そして――

「全然駄目だね」

淡々と、しかし容赦なく言い放った。

「へ……?」

ぽかんと口を開けるクラリスを前に、アニは続ける。

「まずさ、“魔法陣”だけど。きみの能力で細菌とやらを消すには、場所と対象を指定しなきゃいけないんだよね?」

アニはさらりと指摘する。

「魔法陣は、あくまで能力を“具現化する”だけ。
いまのまま魔法陣化しても、魔石に触れている物体がそのまま消えるだけだと思うよ」

「えっ」

さらにアニは椅子に深く腰を下ろし、指で机をぽんぽん叩きながら続けた。

「それに、きみの能力って人体すら消せるんでしょ?魔石に触れた人間が消える。悪用されたらどうすんの。危険すぎる」

「ご……ご指摘のとおり……」

冷たいものが、クラリスの背をすうっと落ちていく。

アニは視線を上げ、まっすぐにクラリスを射抜いた。

「次に魔石。量産するって簡単に言うけど……値段、知ってる?
きみがシュヴァン王子殿下に貰ったっていう、それの値段」

クラリスはポケットの上から魔石に触れた。

「き、金貨百枚……でしょうか?」

「百二十枚。……庶民の家、何軒か建つよ?」

「そ、そんなに……」

アニの迫力に、クラリスは自然と背筋が縮まり、言葉遣いまで丁寧になっていく。

「でさ。魔石が高い以上、出資者が必要になるよね?庶民の病気を治すために量産?思想は立派だけど……医療は儲からない」

アニは肩を竦め、淡々と告げる。

「貴族が金を出すメリットって何?寄付金でも募るつもり?」

その一言は、刃のようだった。

「……ぐうの音も出ません」

クラリスの肩が落ちる。

アニは机に肘をつき、クラリスを見る角度すら面倒くさそうだった。

「きみの案は甘い。金、時間、技術、全部足りてない。理想を語るだけなら、誰でもできるでしょ?ぼくら魔法陣の一族はね、理想を語る大人に散々利用されてきたんだよ」

クラリスは顔を強張らせる。
胸を、刺されるような気分だった。

アニは続ける。

「“人を救いたい”なんて、何百回も聞いた。そのくせ、できた魔石をみて?貴族たちしか使ってない」

アニの瞳に、静かな諦めが落ちる。

「……きみが“同じ種類”じゃないって証拠、どこにあるの?」

「アニ。こいつはそういう奴らとは……」

たまらず口を挟んだルスカを、クラリスはそっと制した。

「ううん、ルスカ。アニの言う通りだよ」

アニがわずかに目を細める。

「わたしだって最初は……自分が楽になって、しかもお金が手に入ったらラッキー、くらいに考えてた。
でも、それでも――抗菌薬ができれば、多くの人が救われる。それだけは、本気で信じてる」

クラリスはゆっくり視線を上げ、アニを真っ直ぐに見る。

「今のわたしには、納得してもらえる材料なんてない。だけど……“できるかどうか”じゃなくて、やるしかないの。
だっていつかこの国は感染症が流行る。たくさんの人が死ぬ。
だから……アニが認めてくれる方法、必ず見つける。
――待っててくれる?」

しばらく二人は見つめ合った。

やがてアニはぷい、と横を向く。

「……そんなの、待てないよ」

「アニ、俺からも頼む」

王子であるルスカが深く頭を下げる。
アニはちらと視線を向け、しぶしぶと口を開いた。

「……"あの"ルスカ王子殿下にそんなことされたらね。……ひとつだけ、条件がある」

クラリスはぱっと顔を上げる。

「東の我が家の領地の山に“魔物”が出てさ。民から討伐依頼が来てるんだ。でも討伐って金もかかるし、誰も行きたがらない。
――それを倒せたら、きみを認めてあげる」

「……え?
と、と、討伐……?」

クラリスの間抜けな声が、部屋に鮮やかに響き渡った。
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