65 / 70
第二章
第35話 医師として
しおりを挟む「クラ……魔石が……もうない……!!」
「そ、そんなわけないよ、あんなにあったじゃない!」
クラリスはアニの持つ袋を手に取る。
つい先日まで、あの魔物から採取した魔石がゴロゴロと音を立てていた袋だった。
だが。
袋の中にはもはや、幼児の拳ほどの魔石しか入っていなかった。
「ど、どうしよう……!魔石をもらいにこの前の村に行く!?」
「間に合わないよ、馬車で何日もかかる!」
「それでも行かないと、みんな苦しいままじゃいられないよ!!症状だって、進行するかもしれない!その魔石じゃ、せいぜい二百枚が限界だよ!」
クラリスは診療所に置いていたコートを羽織る。
「わたし、行ってくる!」
「ま、待ってよ!無茶だって!」
アニがクラリスの手を引いた時だった。
「なんの騒ぎだ?」
凛とした声が場を割く。
「ルスカ!このバカを止めてよ、魔石が足りないからって、この前の村に行くなんていうんだ!」
アニは手首をがしりとつかむが、クラリスはそのままずるずるとアニを引きずりながら診療所の出口へと向かっていく。
「魔石が?」
「そう、だって行かないとみんなを助けられないよ!患者だって、これから増えるばっかりなんだ!誰かが行かなきゃ!」
「だから!なおさらクラが行くのはダメだって!!」
アニが悲鳴に近い声を上げた時だった。
「……城だ」
ぽつりと呟いたのは、ルスカだった。
その目には、強い光が宿っていた。
「え?それって……!」
アニが目を見開く。
「城にあるものを溶かす。……俺が行く。
俺にしか、できないことだ!」
石畳にたまった水溜りを蹴り上げ、ばしゃりと水飛沫が跳ねる。
ルスカは城への道のりを駆けていた。
(静かだな……こんな時だというのに)
気づけば雷の音もせず、先ほどまで鼓膜を震えさせていた魔物の叫び声ももうしない。
雨も、止んでいた。
走り続けてきた足が止まる。
肺が空気を求めて大きく肩を上下させる。
(兄上が、退治なさったのだろう。……本当に、すごい方だ)
顔を伏せた。
(俺が、どんなに望んでも得られなかった力だ)
脳裏によぎる、シュヴァンの姿。
素晴らしい魔法能力。
政に明るく、書類仕事はミスもない。
兵への指示は的確で、斬新な発想まで持つ。
王からも、王妃からも、家臣たちからも、民からの信頼も厚い。
『シュヴァン王子殿下がいれば、この国は安泰だな!』
ついに城を出た。
その影から、逃げるように。
けれど。
(今の俺は医師だ。そう生きると決めた!そして、命を救うために、使えるものは、なんだって使ってやる!)
顔を上げた。
肺は痛む、靴の中がじんじんと痛む。
しかし、ルスカの足は、再び石畳を蹴った。
王子ではなく、医師として。
「ご報告申し上げます!」
謁見室。
玉座に座す王と王妃、そしてフィーリアの前に、
息を切らした兵が膝をついた。
「シュヴァン王子殿下により、魔物は沈黙した模様です!しかし、出現地域の被害は甚大で、それ以外の地区でも、奴の攻撃により、多数の民が被害を訴えており……!!」
王が小さく咳をした。
兵ははっと口を閉ざす。
王はゆるやかに片手を上げ、静かに問う。
「民はルスカの診療所へ行ったのではないのか。そこならば、対応できると、そう報告を受けておる」
咳を挟みながら、王はちらとフィーリアを見る。
フィーリアは、迷いなく頷いた。
「そ、それが……!
民が殺到し、混乱をきたしているとの報せが……!」
王の喉から、低い呻きが漏れた。
その時。
「お、お待ちくだ――」
「うるさい!待てん!」
扉の向こうで揉み合う声。
次の瞬間。
重い扉が、勢いよく開いた。
「ルスカお兄様!!」
フィーリアの声が、高く、はっきりと響く。
王妃が息を呑んだ。
「ルスカ!貴様……!!」
王は苦々しげに口を開く。
息を切らしたルスカは、玉座を真っ直ぐ見上げた。
「王族として逃げ出したに飽き足らず……」
一歩。
「医師の仕事も逃げ出したのか!!」
また一歩。
赤い絨毯にぽたぽたと水滴がたれる。
しかし、ルスカは一切気にも留めず、王の前へ進み出る。
膝をつく。
顔を上げる。
その目に、迷いはない。
「ルスカ・パストリア、医師として――」
一瞬、息を吸う。
「恐れながら、進言いたします!」
70
あなたにおすすめの小説
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
幼女と執事が異世界で
天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。
当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった!
謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!?
おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。
オレの人生はまだ始まったばかりだ!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる