元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

最終話 今世こそ、老衰を

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あれから、夜は終わらなかった。

松明の火は絶えることなく燃え続け、
溶かされる魔石の熱が、何度も夜を塗り替えた。

「おい!次の石溶かせ!こっち終わるぞ!」
「先生たち、夜食用意してきたよ!」

声は途切れず、手は止まらず、
治癒した者が次の患者を支え、列はゆっくりと、確実に短くなっていった。

やがて、空が白みはじめる。

ようやく朝の光が差し込んだころ、
列の終わりが、はっきりと見えた。

「はい、これでどうかな?咳は、ない?」

最後に受診した男の子が、はにかみながら頷く。

その瞬間。

張りつめていた糸が切れたように、クラリスはその場にぺたりと座り込んだ。

大きく、息を吐く。

見上げた空は、透き通るような青だった。
徹夜明けのまぶたに、太陽の光が容赦なく突き刺す。

「……終わった」

かすれた声で、つぶやく。

「過労死するかと思った……」

その声は、人々の歓声に紛れて誰にも届かない。

それでも。

朝の光は、まぶしいほどに、やさしかった。









あの魔物襲撃事件から、パストリア王国には確かな変化が訪れた。

魔法陣の発展だ。

王は、魔法陣と魔石の存在を公にすることで、民の不満が爆発するのではないかと危惧していた。

確かにそんな声も一部からあがった。

けれど、怪我を負いながらも魔物と第一線で戦うシュヴァンの姿を、診療所で夜通し戦うルスカの姿を、多くの民は自らの目で見た。

なにより、あのフィーリア姫が怒り狂う王に逆らって国民のために提言をした、という美談。

なぜだかそれが、何よりも民の心を打った。

反乱の芽すら育たなかったのだ。


代わりに、民の間に芽生えたのは――関心だった。

診療所で、ささやかな能力が魔法陣となり、人を救う力へと変わる。

その光景を、ほとんどすべての市民が目にしていたのだ。

その結果。

この国で唯一魔法陣化の能力を持つヴァルディス家に、大いなる注目が集まった。

そして。

「あのさぁ……この計画書だけど」

机に肘をついたアニが、書類をひらひらと振る。

「トイレにこれ設置したら“流れる”って……どうやって魔法陣をトイレに置くわけ?掃除できるからって、魔石の値段考えてる?各家庭の予算、見た?」

「は、はいっ……!!すみません……!!」

ぺこぺこと頭を下げながら出ていく男。

「……やってんなぁ、アニ」

診療所の軒先でそれを眺めながら、ミュラーがぼそりと呟く。

「暮らしの発展に携われるのが、楽しくて仕方ないみたいですよ」

「そうかぁ……今まで貴族の嗜好品にばかり使われるの、嫌だったんだもんなぁ……。そりゃあ、よかったよ……でもなぁ……」

ミュラーは、隣に建てられた立派な建物を見上げる。

「俺の診療所の横に、俺の診療所よりでかい事務所を、キャッシュ一括で建てられた俺の気持ち、わかる?」

目尻にじわりと涙を浮かべるミュラー。

クラリスはぽん、とその肩を叩いた。

「先生はあと三十年ローンですもんね」

「そのとおりだよ!!」

ミュラーはその場に膝をつき、天を仰いだ。

アニは診療所の横の空き地を買い取った。

そして魔法陣化のための事務所を構え、毎日厳しい審査を行っている。

危険性はないか。
再現性はあるか。
本当に暮らしを良くするのか。

訪れる者は手厳しい意見を“いただく”ことになるが――

貴族には高額の相談料を。
平民にはほぼ無料で。

その結果、事務所の予約は途切れることがなかった。

更にアニは隙あらば診療所にも顔を出している。

そして。

その横で、今日もため息をつく者は、ミュラーだけではない。

「はぁぁ……」

患者のはけた診療所で、クラリスは大きくため息をついた。

「抜けてたよね……特許の存在。この世界に特許さえあれば、いまごろ大金持ちだったのに……」

目尻をうっすら潤ませる。

「まあまあ、クラ。クラの魔法陣のおかげで、みんな元気に暮らせてるんだし。よかったじゃない」

「それはそうだけどさ!!」

クラリスもまた天を仰ぐ。

「魔法陣あっても結局毎日残業だよ!!過労死するって!」

ぐい、とカップを飲み干し、机に置く。

ルスカが本から顔を上げた。

「……お前、結局休みの日もここにきてるじゃないか」

「それもそう!!なぜかきちゃう!!」

頭を抱える。

「そもそも、魔法陣を治療に使える人が少なすぎるんだよ……。知識がないと危ないし……。教育を貴族にしか与えない国が悪い。ほんと、国が悪い」

「お前は飲み屋の親父か」

ミュラーがぽこ、と本で頭を叩く。

「国が悪い……そう、国が……」

ぶつぶつ呟きながら、クラリスはゆっくり顔を上げた。

「ク、クラ?大丈夫?」

「……当たりどころ悪かったんじゃないの?」

「そんなに強く叩いてないだろ!!」

「先生、一応元軍人ですからね」

ルスカの一言が落ちる。

その瞬間。

クラリスの目が、かっと見開かれた。

「……あ」

椅子ががたん、と鳴る。

「作ればいいんだ。学校!!」

一瞬の沈黙。

「……は?」

「医者を量産する!!そうすれば、わたしが働かなくて済む!過労死しなくて済む!!」

拳を握りしめる。

「もうプール付き豪邸は望まない!せめて……せめて今世こそは、老衰してみせる!!」

その宣言は、診療所の外まで響き渡った。
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