王立情報局 第三課

ヴィリアン・ダンス

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I

第一話 ジュールの朝は曇りが多い

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《大陸地図》


第一話 ジュールの朝は曇りが多い

『おはようございます、今週のニュースをジュール放送局よりお届けいたします』

の朝は曇りが多い。
十一月ならば尚更だ。

『フードリヒ連邦議長は、七〇歳のご高齢にも関わらず、建国一〇〇周年の記念パレードにも笑顔で出席されました──』

「ほんっと、元気よねー。ギチョーさん」

『式典は首都ジュールで盛大に執り行われ──』

「この国の象徴って感じ」

数年前に大きな戦争が終結した。
歴史上最大規模の戦争が世界に残したのは苦痛、そして、生々しい傷跡だった。

そして、今エゼルダーム王国と東ヨーロッパ共産圏連合による第二の戦争が始まろうとしている。

銃や大砲を使った従来の肉弾戦ではない。そんな力は国家に残っていない。

表向きは友好関係を示しておきながら、水面下では熾烈な情報戦、諜報戦が繰り広げられているのだ。

「パレードって事は、お兄ちゃん忙しくなるんじゃない?」

「うちの管轄じゃない」

霧で湿った新聞紙を広げてオイゲン・マーティンは言った。

「にしたって、今朝はゆっくりしすぎじゃないの
情報局の人間が遅刻なんてしていいの?」

「──はいはい」

「ほら、早く制服着て」

妹に半ば強引にクローゼットを開けられる。
中には制服一式がずかずかと置かれていた。

深い黒色の上着とズボン、黒色のベルトと銀色のバックルに黒色のブーツ。

袖の短い黒手袋に左胸の情報局バッジ。
エゼルダームの赤腕章を腕に通す。

そしてポケットにコード・シリンダー。

情報局に入る時に、最初に渡される。
小型のモールス電信機が搭載されていて、本部や仲間の連絡に使うのだ。 
もちろん信号は暗号化されている。

「あ、今日から出張だから。帰りは遅くなるかもな」

「なんでもっと早く言わないのよ!」

「いつものことだし」

「もー、準備ってものがあるでしょ!」

はい!っと言って革鞄を手渡される。

「いってらっしゃい、お土産よろしくね」

「──あぁ」

そのときカチッと電信音がなった。
コードシリンダーを取り出し、耳に当てる。

『シキュウ ホンブマデ』

“ジュール ラグラード街二番地 王立情報局本部”

「おはようございます」

王立情報局の本部は他の省庁と一緒に、王都ジュールの中心部に置かれている。

中央ホールを入ってすぐにある第三課の部屋には各員のデスクが並べられていて、資料倉庫と小さなキッチン付きだ。
この狭さだが、なかなか使い勝手が良い。

「よぉ、オイゲン」

赤毛で長身の男が椅子を動かして、オイゲンに向かい挨拶した。

「あぁ、ジョン」

「だから俺の名前はハンスだ!何度言ったら分かる」

「いい加減ジョンみたいな顔してるって認めた方がいいな」

「なら、お前の名前もフォードって言わせてもらうからな」

「──どうぞご勝手に」

諜報活動を一任されている王立情報局には様々な下部組織がある。

第一課、第二課と色んな種別があるのだが、我々が所属するのは第三課。
通称、“ならず者の吹き溜り”。
どういう訳かこの課にはワケありの諜報員が集まってくるのだ。

「三番街でクッキー買ってきました、食べてみてください!」

「ノワールさん、紅茶どうぞ」

「ありがと」

第三課は他の課と比べて少人数だ。
五人から六人ほどのメンバーで構成される。 
裏を返せば、そのくらいで済んでしまう仕事内容ってことだ。

毎日お菓子を持ってくるのは、アサギリ。
東洋人の混血で体術が得意。

今、紅茶をすすっているのはノワールさん。
バツイチの優しいおじさん。

さっき挨拶を交わしたのはジョー……じゃなくてハンス。

今はまだいないが、チーフのシルヴィア。

「チーフはいつ戻ってくるの?」

「どこいったの?」

「上に呼び出されたみたい、叱られてるのかしら」

「──それにしてもこのクッキーおいし~」

「あ、お疲れ様です」

今、入ってきたのがチーフのシルヴィア。
こう見えて一児の母だ。

「チーフ、クッキーどうぞ!」

「第三課諸君。明日からは来ないで良い」


「──チーフ?」

いつかは来ると思っていた。
軍の中でも情報局は毛嫌いされている。
しかも第三課の仕事は書類の検閲、整理、報告のみ。

そんなもの学院で勉強さえしていればなんとでもなる。
恵まれなかったエリート達の左遷場所。

「建国一〇〇周年に合わせた、国家改革の一つらしい。いろんな組織の予算や人員が軍部に回される」

チーフが淡々と説明した。
アサギリは今にも泣き出しそうだ。

「まぁ、最近反体制派の運動が激しくなってるからねぇ、しょうがない」

紅茶をすすりながらノワールさんが言った。

「まぁ廃止になったら、みんなバラバラだな」

オイゲンがそう呟くとアサギリがわめきだす。

「嫌ですよ!そんなの!」

「おいしそうなクッキーだな」

シルヴィアはクッキーを一つ手に取って、ぱくりと食べた。
チーフはこの件については、なんの異論もないようだ。

「──それと、マーティン。検閲出張忘れずに」

「え、廃止なのに行くんですか?」

オイゲン・マーティンは少々驚いた。
クッキーの微かな甘さが現実に引き戻す。

「まだ廃止まで一ヶ月ある」

「やれやれ…」

検閲出張とは王国領内の様々な地域に出向き、不備や不正がないか確認する仕事。
とはいえ、各自地区のお偉いさん方と定例的な挨拶をして帰ってくることがほとんどだ。

しかし、それなりの時間がかかる。
おびただしい数のテンプレート報告書を本部に送らなければならない。
それだけならば根気と学があれば誰だってできる。
問題はその費用だ。

大国丸ごと第三課のみで捌いていくので、それなりの渡航費が必要になる。
ケチ臭い上層部は少額の予算しか承認しない。

「ノワールさん、次の便は?」

「んー、二時間後くらいかなぁ。急いだ方がいいよ」

「んじゃ、いってきまーす」

「お土産忘れないでねー」

「はいはい…」

“王立情報局本部 大会議室”

「第三課課長シルヴィア・フリークスに廃止の旨、通告いたしました。異議はございませんでした」

「ご苦労、さがって良い」

「はっ!」

           ☆

「さて、今月末を持って第三課は情報局から消える──」

「──これで良いのかね?」

「よいのです。これで軍部が拡大し、反王国派の抵抗を押し潰すことが出来る」

答えたのは情報局長官ゲルティ・クック。
その冷酷さから親衛隊の部下たちから「血塗りのナイフ」と渾名された。

「とはいえ、各都市から第三課を撤退させるのは、やはりリスクがあるのではないか?」

「しかし、クック長官。彼らの眼は細かな所に行き届く。不正を見つけるのも早い」

「我々の敵は反乱分子共だ。一刻も早く奴らを根絶する必要がある」
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