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第二話 ストラスブールは異常なし
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第二話 ストラスブールは異常なし
「ここは、ほんっとにだだっ広いねぇ」
見渡す限りのどかな農園風景が広がり、青緑がかった山脈の陰が辺りを囲っている。
ジュールとは異なり、雲ひとつない快晴だ。
ここはグラン・テスト地方。首府はストラスブール。
先の戦争で敗れたフランスは、大部分がエゼルダーム王国に併合された。
以後、グラン・テスト地方は巨大な王国を支える農業地帯に成長している。
「あ、いた!」
「オイゲン中尉!お待たせいたしました!」
「ご苦労さん」
ジル・スティングレイと名乗った彼女はグラン・テスト地方の公務員。
長い黒髪を一つに結いている。
背はオイゲンの肩くらい。
簡単に挨拶を済ませると車に案内した。
砂埃を撒いて農道を進み、庁舎のあるストラスブールへと向かった。
「収穫期を終えたので、人はまばらです。ここぞとばかりに休暇に出かける市民も多いので」
「金はあるからねぇ」
「はい、フランスの農産業の約三割を担ってますから。皆豊かですし物価も安く、暮らしやすい」
「犯罪発生率も一番少ないですし」
「──地元局員も温和なので勤めやすいです!」
そう語るジルの横顔は活気に満ち溢れている。
まるで世の中の欲について全く無知のように。
「気に入ってるんだ?」
「はい!」
“ストラスブール グラン・テスト地方庁舎”
車を降りると庁舎の入り口で立ち止まり、後ろのジルに踵を返した。
「人員整理の話は聞いているかな?」
「いえ、聞いてません。なんです?」
「建国一〇〇周年を機に諸組織は予算を削減される。それに伴うリストラだよ。君たちも例外じゃない」
「──私たち、どうなるんですか?」
「さあね、リーダーの君は大丈夫だと思うけど、半数は炙れるんじゃないかな」
「じゃあ、ここにいる私の部下たちは…?」
「分からな──」
「駄目です!ゼッタイ!」
ジルが声を荒げた。
オイゲンは動じない。
「皆、優秀なんです!クビにするなんて絶対に駄目です!」
「そう慌てるな。クビを切るかはこれから決まるんだから」
「だから今日来られたんですね。隅々まで見ていってください、文句の付け所はないはずです」
慣れた手つきで無数に纏められている資料をめくっていく。
一つの区切りが終わると、休まず次へ進む。
「ふむふむ、確かによくまとめられてるね」
「じゃあ次は──」
先に行こうとしたジルにオイゲンが待ったをかける。
「もう一つの“仕事”を済ませる。この辺りで美味しいお菓子屋はないか?」
「…え」
『──いい加減な人、そんな人がゲットーだなんて』
「なんですか、さっきの」
「友人からの頼み事でね」
「それこそ経費の無駄遣いじゃないんですか?」
「法に触れることはしてないよ、次は何処へ?」
「ヴォージュ部署へ」
「アルデンヌに変更だ」
「何か…?」
ジルが急にそわそわし始めた。
オイゲンが目を通している資料に視線を向ける。
“レポート報告時刻”
「ここ、十一月四日。アルデンヌ部署からの報告書の時刻が食い違っている」
「他は、決まった時刻に提出されている。けど、この日だけいつもより五分遅れてる」
「──資料の量が多い訳でもない。入出の時刻も乱れがあるし、明らかにリズムがおかしい」
オイゲンは振り向き、“何故なんだ”と言わんばかりにジルを見やった。
「規定の時刻には間に合ってますし、五分くらい…。体調を崩したりもありますし…」
「そうなの?」
「いえ…分かりません」
「五分遅れたときにどうして確認しなかった?」
「……」
しばらく沈黙が続いた後、オイゲンが口を開いた。
「これね、改竄されてる」
「まさか…そんなことありえません!」
「アルデンヌ部署までどのくらい?」
「車で二時間です」
オイゲンが身支度を始める。
「行かれるんですか?」
「うん」
ジルもコートを羽織り、急いで革鞄を持ちあげた。
「──私も同行します」
「“優秀な”部下が心配?」
「リーダーとして同行は当然です」
“グラン・テスト地方 アルデンヌ部署”
「王立情報局!こちらにお越しになっているとは…」
出迎えたのはアルデンヌ部署の担当者。
ジルと目が合うと軽く会釈した。
「軽く報告書を読ませてもらう」
あたふたする署員を気に留めることなく、すたすたと入っていくオイゲンを横目に、出迎えた男が小声で話す。
「なんなんです?訪問は明後日では?」
「すぐに終わるわ」
オイゲンによる検閲は小一時間を要した。
既に時計の針は半分を回っている。
「ハンス巡査とホフマン巡査は?」
「いえ…」
「そりゃいないよね、祭りの日なんて騒ぎに乗じて闇取引に最適だもん」
オイゲンは窓の方に寄り、傾きかけている斜陽に資料を照らした。
「十一月四日の夜。その二人はとある通報で郊外の某倉庫に出動した」
「だが、記録には残ってない」
「出動したが何もなかったと言ってきたんだろうね。でも、君のところへ記録自体の削除を求めた──後々の事を考えて」
「君は悩んだ末にデータを改竄した。五分遅れて報告書を提出」
「──待ってください!」
「最近君は、高級品ばかり買っているね?安月給の地方公務員のくせに。王立情報局の情報網は君たちが思っている以上に多岐にわたる」
「二人の巡査は闇取引の分け前を約束させ、君に記録の削除を求めた」
男は膝から崩れ落ちた。
「……」
その後、駆けつけた親衛隊によって、二名の巡査と闇取引の相手。その他関与した複数の公務員が一斉逮捕。
既に日は暮れて、少し落ち着いた事件現場を背にオイゲンとジルは呆然と座っていた。
眼下には祭りで賑わう街の明かりが煌々と輝いている。
「申し訳ありませんでした」
「第三課が消えるってのに残念だ」
「…本当にすいません」
ジルも肩を落としていた。
部下にはあんなにも信頼を置いていたのに。
「俺は同僚のことを優秀だと思わないようにしてる」
「──何故です?」
「それを疑うことが第三課の仕事だからだよ」
ジルが顔を上げるとオイゲンの横顔を見つめた。
彼の目はどこを向いているのか分からない。
「寂しくないんですか?人を信じることも出来ないなんて」
「いや──」
「──寂しくないね」
「ここは、ほんっとにだだっ広いねぇ」
見渡す限りのどかな農園風景が広がり、青緑がかった山脈の陰が辺りを囲っている。
ジュールとは異なり、雲ひとつない快晴だ。
ここはグラン・テスト地方。首府はストラスブール。
先の戦争で敗れたフランスは、大部分がエゼルダーム王国に併合された。
以後、グラン・テスト地方は巨大な王国を支える農業地帯に成長している。
「あ、いた!」
「オイゲン中尉!お待たせいたしました!」
「ご苦労さん」
ジル・スティングレイと名乗った彼女はグラン・テスト地方の公務員。
長い黒髪を一つに結いている。
背はオイゲンの肩くらい。
簡単に挨拶を済ませると車に案内した。
砂埃を撒いて農道を進み、庁舎のあるストラスブールへと向かった。
「収穫期を終えたので、人はまばらです。ここぞとばかりに休暇に出かける市民も多いので」
「金はあるからねぇ」
「はい、フランスの農産業の約三割を担ってますから。皆豊かですし物価も安く、暮らしやすい」
「犯罪発生率も一番少ないですし」
「──地元局員も温和なので勤めやすいです!」
そう語るジルの横顔は活気に満ち溢れている。
まるで世の中の欲について全く無知のように。
「気に入ってるんだ?」
「はい!」
“ストラスブール グラン・テスト地方庁舎”
車を降りると庁舎の入り口で立ち止まり、後ろのジルに踵を返した。
「人員整理の話は聞いているかな?」
「いえ、聞いてません。なんです?」
「建国一〇〇周年を機に諸組織は予算を削減される。それに伴うリストラだよ。君たちも例外じゃない」
「──私たち、どうなるんですか?」
「さあね、リーダーの君は大丈夫だと思うけど、半数は炙れるんじゃないかな」
「じゃあ、ここにいる私の部下たちは…?」
「分からな──」
「駄目です!ゼッタイ!」
ジルが声を荒げた。
オイゲンは動じない。
「皆、優秀なんです!クビにするなんて絶対に駄目です!」
「そう慌てるな。クビを切るかはこれから決まるんだから」
「だから今日来られたんですね。隅々まで見ていってください、文句の付け所はないはずです」
慣れた手つきで無数に纏められている資料をめくっていく。
一つの区切りが終わると、休まず次へ進む。
「ふむふむ、確かによくまとめられてるね」
「じゃあ次は──」
先に行こうとしたジルにオイゲンが待ったをかける。
「もう一つの“仕事”を済ませる。この辺りで美味しいお菓子屋はないか?」
「…え」
『──いい加減な人、そんな人がゲットーだなんて』
「なんですか、さっきの」
「友人からの頼み事でね」
「それこそ経費の無駄遣いじゃないんですか?」
「法に触れることはしてないよ、次は何処へ?」
「ヴォージュ部署へ」
「アルデンヌに変更だ」
「何か…?」
ジルが急にそわそわし始めた。
オイゲンが目を通している資料に視線を向ける。
“レポート報告時刻”
「ここ、十一月四日。アルデンヌ部署からの報告書の時刻が食い違っている」
「他は、決まった時刻に提出されている。けど、この日だけいつもより五分遅れてる」
「──資料の量が多い訳でもない。入出の時刻も乱れがあるし、明らかにリズムがおかしい」
オイゲンは振り向き、“何故なんだ”と言わんばかりにジルを見やった。
「規定の時刻には間に合ってますし、五分くらい…。体調を崩したりもありますし…」
「そうなの?」
「いえ…分かりません」
「五分遅れたときにどうして確認しなかった?」
「……」
しばらく沈黙が続いた後、オイゲンが口を開いた。
「これね、改竄されてる」
「まさか…そんなことありえません!」
「アルデンヌ部署までどのくらい?」
「車で二時間です」
オイゲンが身支度を始める。
「行かれるんですか?」
「うん」
ジルもコートを羽織り、急いで革鞄を持ちあげた。
「──私も同行します」
「“優秀な”部下が心配?」
「リーダーとして同行は当然です」
“グラン・テスト地方 アルデンヌ部署”
「王立情報局!こちらにお越しになっているとは…」
出迎えたのはアルデンヌ部署の担当者。
ジルと目が合うと軽く会釈した。
「軽く報告書を読ませてもらう」
あたふたする署員を気に留めることなく、すたすたと入っていくオイゲンを横目に、出迎えた男が小声で話す。
「なんなんです?訪問は明後日では?」
「すぐに終わるわ」
オイゲンによる検閲は小一時間を要した。
既に時計の針は半分を回っている。
「ハンス巡査とホフマン巡査は?」
「いえ…」
「そりゃいないよね、祭りの日なんて騒ぎに乗じて闇取引に最適だもん」
オイゲンは窓の方に寄り、傾きかけている斜陽に資料を照らした。
「十一月四日の夜。その二人はとある通報で郊外の某倉庫に出動した」
「だが、記録には残ってない」
「出動したが何もなかったと言ってきたんだろうね。でも、君のところへ記録自体の削除を求めた──後々の事を考えて」
「君は悩んだ末にデータを改竄した。五分遅れて報告書を提出」
「──待ってください!」
「最近君は、高級品ばかり買っているね?安月給の地方公務員のくせに。王立情報局の情報網は君たちが思っている以上に多岐にわたる」
「二人の巡査は闇取引の分け前を約束させ、君に記録の削除を求めた」
男は膝から崩れ落ちた。
「……」
その後、駆けつけた親衛隊によって、二名の巡査と闇取引の相手。その他関与した複数の公務員が一斉逮捕。
既に日は暮れて、少し落ち着いた事件現場を背にオイゲンとジルは呆然と座っていた。
眼下には祭りで賑わう街の明かりが煌々と輝いている。
「申し訳ありませんでした」
「第三課が消えるってのに残念だ」
「…本当にすいません」
ジルも肩を落としていた。
部下にはあんなにも信頼を置いていたのに。
「俺は同僚のことを優秀だと思わないようにしてる」
「──何故です?」
「それを疑うことが第三課の仕事だからだよ」
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