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第二章 転換

第七話 改革

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【帝国軍総司令部 シュトレーゼマンの私室】

「おめでとうミッターマイヤー少尉。いや、今は少佐か?君のおかげで既存の部隊に加え、新たな機甲部隊の編入が決まった」

執務室での会話の後、俺は皇帝の強い希望により特別措置で少佐へ昇進。

しかし、皇帝の政界への道は、断った。

まだ、総司令部でやるべきことがある。

「だが改革はこれからだぞ少佐。来年の予算案は対エゼルダーム戦を重視した空軍の飛行艦隊、航空機部隊が最も割合が高い。装甲地上部隊の予算は二の次だ。陸軍はともかく、それに合わせた空軍の改革はほとんど進んでないのが現状だ。新型兵器の開発も難航している」

「一つよろしいですかシュトレーゼマン大将。サンマルク前哨基地が鹵獲したレジスタンスの改造戦車を入手することは出来ないでしょうか?」

「理由はなにかね」

「彼らは縦深作戦という浸透戦術に似た軍事思想を持っていました。彼らの戦車も縦深突破用に最適化されているはずです」

「改造された戦車をサンマルク前哨基地で入手し、新型戦車開発に役立てるというのはどうでしょう」

「なかなか面白い話だ、前哨基地のジェラード軍曹は喜んで協力するだろう」

 【ゲーゲン・オートマトン社 兵器開発部】

ゲーゲン・オートマトン社は帝国軍の歩行兵器、飛行船、武器等の生産、開発を手がける半官半民企業だ。

そのオートマトン社の研究所にある格納庫では、ジークハルトが格納庫一体を見渡せる展望デッキを行ったり来たりしていた。

昇降操作ができる可動式の架台に載せたレジスタンスの改造戦車三両の破損箇所を調べ、解析しているのがデッキから見てとれる。

辺りには潤滑油や炎に炙られた金属の強い匂いと、解体するときの耳障りな騒音が満ちていた。

ジェラード軍曹は、あんな危機的状況にも関わらず何台かの戦車の乗組員を降伏させ、何とか回収する事に成功した。

巨大な砲身に似つかわしくないほどスマートなレジスタンスの兵器は、エンジンもやはり工夫しているようだ。

純帝国製もあればエゼルダーム製など、様々なエンジンを組み合わせている。

ジークハルトは何往復したのかも分からなくなっていた。ちょうど戦車のある架台の反対側にいるとき、耐爆ドアが開いて技術官が現れた。

ジークハルトはくるりと後戻りして中間地点で顔を合わせた。

「何が分かった?」

「期待どうりです、少佐」
と汗を拭いながら技術官が言った。

「搭載されたエンジンを分析した結果、ガスタービン機関と呼ばれる最新の技術を使っている事が分かりました。その馬力は従来のⅠ型とは比べ物にならないくらい強力です」

ヴィアーズは頷き、言葉を続けた。

「見たところ、色々な国のエンジンを組み合わせているようだが」

「その通りです、いわゆる“つぎはぎ”ですよ。各国の利点だけを生かした最高のエンジンです。」

「装甲は?」

「傾斜させて被弾効果を高めています、また複合装甲を使い、装甲自体の耐久力も底上げしています」

「問題は砲塔です。一二〇mmが一般的な標準サイズの戦闘で、一八〇mm口径を主力戦車に採用するのは無理があるかと」

「分かった、この事はシュトレーゼマン大将にも伝えておく。量産型への改良も頼む」

「分かりました」

その一週間後、この分析結果に衝撃を受けたシュトレーゼマンは検討委員会を設置。

この改造戦車の更なる解析と新型戦車の開発は総じてV(fünfフュンフ)計画と呼ばれた。

そして、避弾経始を取り入れた複合装甲や大口径の主砲、新型ガスタービンエンジンといった改造戦車の特徴を取り入れた中戦車の開発計画が始まり、正式採用された車両にはO-193系列の最終形。 

Ⅴ型装甲戦車の名称が与えられることが決まった。

【帝国軍総司令部 ヴォルフスキの私室】

「少佐、対アステルダム作戦──“ロスタム作戦”の詳細を見たかね」

「はい。我々の改革案を真っ向から無視するような内容でした」

現在アステルダムとの接触は、どれも小規模戦闘に留まっている。

そのアステルダムとの小競り合いに終止符を打つために陸軍のイシュタル大将によって“ロスタム作戦”が立案された。

その内容は正直言うと薄い。

地形が平坦なアステルダムの特徴を利用し、大軍で領内を通過し、首都ロスタムを包囲する。

なんの工夫もない歩兵主体の平押し作戦だ。

機甲部隊の役割も歩兵の援護に限定されてしまう。

「私も頭に来たのでね、空軍参謀のシャレスト中将と一緒に帝国総司令部へ直談判してきたのだよ。もちろん相手にもされなかったがね。だが、どうもそれで終わりそうにない。探りをいれてみたところ、帝国総司令部はシャレスト中将解任の線で動いていることがわかった」

「シャレスト中将をですか!?」

空軍参謀のタグ・シャレスト中将は、空軍の中の陸上支援部門のトップの一人だ。

シャレストを解任させたい総司令部上層部は、やはり浸透戦術を疎外したいのだろう。

「そうだ。頑迷な総司令部のアホどもは脳みそが腐りきってるらしい。このままでは我々の改革案など葬りさられてしまう。そこで、君の出番だ」

「皇帝と結びつきの強い君なら、総司令部の指揮系統に縛られずに動ける。皇帝陛下と直接面会し、我々の計画案を売り込んでくれ、会合の手筈は整えてある」

シュトレーゼマンが考案した作戦計画は理にかなった奇襲・包囲戦法だ。

まず小規模戦闘が繰り返されている西部戦線を一気に引き下げ、アステルダムの艦隊を沖合のトロン離島群に集める。

トロン離島群では空を漂っている岩石によって移動が制限されているため、飛行艦隊により容易に包囲でき、対艦爆撃で一気に片がつく。

そして、空軍の包囲と同時に歩兵主力の部隊をアステルダム北部に攻め込ませ、アステルダム軍の主力をひきつける。

加えて、歩兵部隊を囮に、 V型戦車を主力とする装甲部隊が通行が不可能だと思われている、南部の湿地帯から奇襲を実施。

薄くなった防衛線を食い破って、大陸北端まで到達。
アステルダム軍の主力を挟み込む。

「会合には総司令部から陸軍総督コンスタンチン、陸軍参謀イシュタル大将も参加する。彼らは当然、君の発表を潰そうと躍起になるだろう。私も最大限サポートするが、説得の成否は君次第だ。失敗は許されんぞ。」

「ですが──」

「心配するな、面会時に君の部下として情報部ハルテン・クロエ大尉が君を補佐する。彼女はアステルダムの自然地形に精通している、強力な助っ人になるだろう」

「…分かりました、大将。最善を尽くします 」

随分な難題だが自分から改革案を持ちかけた手前、逃げ出すわけにはいかない。
気が重いがやるしかないだろう。
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