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第二章 転換
第八話 変化
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【帝国軍総司令部 飛行船係留場】
中央管制塔はを小さな離着陸場に誘導した。
インペリアル級やセンチネル級、ヴァルキュリー級も格納できるように大小様々な縦穴が掘られたこのプラットホームには、既にインペリアル級五隻、センチネル級一七隻が埋まっていた。
シャトルを降りるとクロエ大尉が俺たちを出迎えた。
帝国情報部を表す紋章が刻まれたコートを羽織り、風ではためく士官用キャップを押さえている。
「わざわざお出迎えか?大尉」
クロエ大尉がシャトルに近づいてくると、同じくコート姿のシュトレーゼマンが言った。
「この会合の為に全力を尽くすまでですよ、シュトレーゼマン大将」
黒髪に茶色の澄んだ目をしたクロエはそう言った後、何か思い出したように俺の方を見た。
「ジークハルト・ミッターマイヤー少佐ですね。貴方のご活躍は聞いております」
「初めまして、クロエ大尉」
俺がクロエ大尉に手を差し伸べると、彼女は力強く握手をした。
「貴女の話も大将から聞きました。アランの森に精通しているとか」
「はい、情報部の諜報員としてアランの森を調査しました」
俺たちを奥へ案内しながら彼女はそう言った。
真紅の下地に大きなアルストツカ帝国の紋章が刻まれたドアをいくつも抜けながらようやく内部に辿り着いた。
数年前、まだ俺が士官候補生だった頃。
ここにヴィツェルと一緒に来たことがある。
アルストツカでは、毎日の様に巨大建造物が建てられ、壊され、この帝国軍総司令部の様なさらに奇怪な建造物へと育っていく。
その荘厳さといったら、見る者全てを魅了しただろう。
貴族王朝時代の高貴な装飾は削がれ、もっと簡素な美意識に基づいて修繕される。
曲線は鋭角に取って代わられ、光り輝く優雅さは素っ気ない実用主義に屈服していた。
服装も同じ方針で変化する。色は灰色や黒色、その中間の濃淡色で統一され、洗練されたデザインを好んで取り入れた。
勿論、帝国軍外部の者でも例外ではない。
しかし、大方の見方では、帝国市民も帝国軍部も満足していた。
こうしている間に一行は中央通路の半分を走破していた。
「やはりアラン湿地帯の機甲部隊の通行は不可能か?」
俺はクロエ大尉の整った横顔を見ながらそう言った。
「いえ、そうとは限りません。あの湿地地帯はV型装甲戦車の機動力があれば十分突破が可能です」
大尉が自慢気にそう断言した。
…やはり、シュトレーゼマンの計画はこれを見越して作られたのか?
あの湿地帯から進撃するなんて普通の人間では考えもしないだろう。
クロエと共に柱廊を歩いていると、シュトレーゼマンが名前を呼ばれた。
俺が振り返ると、シュトレーゼマンの戦友である男の顔があった。
「タグ・シャレストか」
シュトレーゼマンは心底驚いた様にシャレストの方を見た。
俺とクロエから離れ、シャレストが差し出した手を握った。
色白で鼻が高く、ふっくらと突き出した口。
シャレストは第一次大戦中のインペリアル級の司令官だった。
いま制服のジャケットには中将の階級プレートが付いている。
「会えて嬉しいよ、グスタフ」
シャレストは旧友の手を上下に振りながら言った。
「君がここに来ると聞いて、直ぐに飛んできたんだ」
シュトレーゼマンは顔をしかめた。
「わたしの訪問は極秘事項だと思っていたが」
シャレストは鼻を鳴らしたが、楽しそうだった。
「イルマでは、しっかり守られる極秘事項はほんの僅かなのさ」
クロエは名前も顔も知らない人物に終始戸惑っていたが、シュトレーゼマンの知人だと分かり、安心した様子だった。
「オハリア侵攻は大成功だったな、グスタフ」
シャレストが歩きながらそう言った。
「私はその時アルストツカに用事が——」
シュトレーゼマンはシャレストの言葉を途中で遮り、尋ねた。
「それで、私の訪問を漏らしたのは誰だ? コンスタンチン? シュナイダーか?」
シャレストは取り合わなかった。
「まぁ、いろいろ噂は聞いているだろう?」
そして目的ありげにゆっくりと歩いた。
「君はロスタム作戦に関わっていたな?グスタフ」
シュトレーゼマンは頷いた。
「ある事件を受けてV型戦車の開発を進めている。君は?」
「平穏だ」
シャレストは上の空で答えた。
不意にシャレストがシュトレーゼマンの上腕を掴んで立ち止まらせ、俺とクロエ大尉が遠ざかるのを待った。
俺たちに話を聞かれる心配が無くなると、シャレストは言った。
「グスタフ、噂は本当か?」
シュトレーゼマンは不審そうな顔をした。
「どんな噂だ? なぜ小声で話す?」
シャレストは答える前に周囲を見渡した。
「今後の話だ、もしかしたら俺は——」
シュトレーゼマンはシャレストの言葉を途中で遮り、自分とシャレストの声が行き届いていない事を改めて確認する為に、周囲をちらりと見た。
「ここではその話は出来ない」
シュトレーゼマンはきっぱりと言った。
「何の話ですか? ミッターマイヤー少佐」
クロエ大尉がいかにも情報部らしく聞いてきた。
シュトレーゼマンと同じように周囲を確認してからクロエの側に寄った。
「総司令部は現在、シャレスト中将解任の線で動いている」
クロエは意外にもあまり驚かなかった。
ただ、気にはなったらしく俺に尋ねた。
「何故です?」
「分からない、何らかの理由で総司令部にとって邪魔な存在となったのだろう」
本当は明確な理由は知っているつもりだったが、その件には口を閉ざした。
まだ会ってすぐの人物に全て話す必要は、無い。
結構離れた距離にいるシュトレーゼマンとシャレストはまだ話している。
「ここで話せないのは分かっている。ただ…君なら何か聞いているだろうと思ったのだ」
シャレストは一瞬黙り、話題を一旦逸らした。
「巨大なシュナイダー宰相の彫像が発注されたのは知っているだろう? 帝国広場に置くらしいが、今のところ荘厳というよりぞっとする代物だ」
シュトレーゼマンは眉を上げた。
「シュナイダー宰相をまだ見たことも無い人々がこの街には沢山いるのだ。素晴らしいアイディアではないか、シャレスト?」
シャレストは上の空で頷いた。
「勿論、その通りだ」
またすぐそばの柱を用心深く見つめた。
「噂では、君は陛下に会う予定らしいな」
シュトレーゼマンは曖昧に肩をすくめた。
「陛下がそうお望みなら」
シャレストは唇を固く結んだ。
「私の為に口添えしてくれ、グスタフ。昔馴染みの頼みだ。私は実戦現場に戻りたいのだ」
シュトレーゼマンは少々図々しいような気がした。
だが、よくよく考えるとシャレストの気持ちも分かる。
彼には家族もいるし、知己朋友の友を見捨てる訳にはいかない。
シュトレーゼマンは同僚の肩を掴んだ。
「必要とあらばそうするよ、シャレスト」
シャレストは弱々しく微笑んだ。
「いいやつだな、グスタフ」
そう言うと後ろに下がって姿を消した。
シュトレーゼマンは柱廊の角を曲がろうとする一行に追いついた。
幅の広い階段を登り広大な大広間に入っていくと、俺はかなりの注目を浴びた。
あらゆる階級のあらゆる人物が——役人も政治家も兵士も——じろじろ見ていないふりを装いながら、その場で立ち止まる。
一八歳という若さで皇帝に抜擢され少佐に昇進、皇帝との関係も深い…。
周りからすれば俺は異端児の塊だった。
どよめく群衆をかき分けクロエ大尉は帝国軍総司令部の最上階へと案内した。
中央管制塔はを小さな離着陸場に誘導した。
インペリアル級やセンチネル級、ヴァルキュリー級も格納できるように大小様々な縦穴が掘られたこのプラットホームには、既にインペリアル級五隻、センチネル級一七隻が埋まっていた。
シャトルを降りるとクロエ大尉が俺たちを出迎えた。
帝国情報部を表す紋章が刻まれたコートを羽織り、風ではためく士官用キャップを押さえている。
「わざわざお出迎えか?大尉」
クロエ大尉がシャトルに近づいてくると、同じくコート姿のシュトレーゼマンが言った。
「この会合の為に全力を尽くすまでですよ、シュトレーゼマン大将」
黒髪に茶色の澄んだ目をしたクロエはそう言った後、何か思い出したように俺の方を見た。
「ジークハルト・ミッターマイヤー少佐ですね。貴方のご活躍は聞いております」
「初めまして、クロエ大尉」
俺がクロエ大尉に手を差し伸べると、彼女は力強く握手をした。
「貴女の話も大将から聞きました。アランの森に精通しているとか」
「はい、情報部の諜報員としてアランの森を調査しました」
俺たちを奥へ案内しながら彼女はそう言った。
真紅の下地に大きなアルストツカ帝国の紋章が刻まれたドアをいくつも抜けながらようやく内部に辿り着いた。
数年前、まだ俺が士官候補生だった頃。
ここにヴィツェルと一緒に来たことがある。
アルストツカでは、毎日の様に巨大建造物が建てられ、壊され、この帝国軍総司令部の様なさらに奇怪な建造物へと育っていく。
その荘厳さといったら、見る者全てを魅了しただろう。
貴族王朝時代の高貴な装飾は削がれ、もっと簡素な美意識に基づいて修繕される。
曲線は鋭角に取って代わられ、光り輝く優雅さは素っ気ない実用主義に屈服していた。
服装も同じ方針で変化する。色は灰色や黒色、その中間の濃淡色で統一され、洗練されたデザインを好んで取り入れた。
勿論、帝国軍外部の者でも例外ではない。
しかし、大方の見方では、帝国市民も帝国軍部も満足していた。
こうしている間に一行は中央通路の半分を走破していた。
「やはりアラン湿地帯の機甲部隊の通行は不可能か?」
俺はクロエ大尉の整った横顔を見ながらそう言った。
「いえ、そうとは限りません。あの湿地地帯はV型装甲戦車の機動力があれば十分突破が可能です」
大尉が自慢気にそう断言した。
…やはり、シュトレーゼマンの計画はこれを見越して作られたのか?
あの湿地帯から進撃するなんて普通の人間では考えもしないだろう。
クロエと共に柱廊を歩いていると、シュトレーゼマンが名前を呼ばれた。
俺が振り返ると、シュトレーゼマンの戦友である男の顔があった。
「タグ・シャレストか」
シュトレーゼマンは心底驚いた様にシャレストの方を見た。
俺とクロエから離れ、シャレストが差し出した手を握った。
色白で鼻が高く、ふっくらと突き出した口。
シャレストは第一次大戦中のインペリアル級の司令官だった。
いま制服のジャケットには中将の階級プレートが付いている。
「会えて嬉しいよ、グスタフ」
シャレストは旧友の手を上下に振りながら言った。
「君がここに来ると聞いて、直ぐに飛んできたんだ」
シュトレーゼマンは顔をしかめた。
「わたしの訪問は極秘事項だと思っていたが」
シャレストは鼻を鳴らしたが、楽しそうだった。
「イルマでは、しっかり守られる極秘事項はほんの僅かなのさ」
クロエは名前も顔も知らない人物に終始戸惑っていたが、シュトレーゼマンの知人だと分かり、安心した様子だった。
「オハリア侵攻は大成功だったな、グスタフ」
シャレストが歩きながらそう言った。
「私はその時アルストツカに用事が——」
シュトレーゼマンはシャレストの言葉を途中で遮り、尋ねた。
「それで、私の訪問を漏らしたのは誰だ? コンスタンチン? シュナイダーか?」
シャレストは取り合わなかった。
「まぁ、いろいろ噂は聞いているだろう?」
そして目的ありげにゆっくりと歩いた。
「君はロスタム作戦に関わっていたな?グスタフ」
シュトレーゼマンは頷いた。
「ある事件を受けてV型戦車の開発を進めている。君は?」
「平穏だ」
シャレストは上の空で答えた。
不意にシャレストがシュトレーゼマンの上腕を掴んで立ち止まらせ、俺とクロエ大尉が遠ざかるのを待った。
俺たちに話を聞かれる心配が無くなると、シャレストは言った。
「グスタフ、噂は本当か?」
シュトレーゼマンは不審そうな顔をした。
「どんな噂だ? なぜ小声で話す?」
シャレストは答える前に周囲を見渡した。
「今後の話だ、もしかしたら俺は——」
シュトレーゼマンはシャレストの言葉を途中で遮り、自分とシャレストの声が行き届いていない事を改めて確認する為に、周囲をちらりと見た。
「ここではその話は出来ない」
シュトレーゼマンはきっぱりと言った。
「何の話ですか? ミッターマイヤー少佐」
クロエ大尉がいかにも情報部らしく聞いてきた。
シュトレーゼマンと同じように周囲を確認してからクロエの側に寄った。
「総司令部は現在、シャレスト中将解任の線で動いている」
クロエは意外にもあまり驚かなかった。
ただ、気にはなったらしく俺に尋ねた。
「何故です?」
「分からない、何らかの理由で総司令部にとって邪魔な存在となったのだろう」
本当は明確な理由は知っているつもりだったが、その件には口を閉ざした。
まだ会ってすぐの人物に全て話す必要は、無い。
結構離れた距離にいるシュトレーゼマンとシャレストはまだ話している。
「ここで話せないのは分かっている。ただ…君なら何か聞いているだろうと思ったのだ」
シャレストは一瞬黙り、話題を一旦逸らした。
「巨大なシュナイダー宰相の彫像が発注されたのは知っているだろう? 帝国広場に置くらしいが、今のところ荘厳というよりぞっとする代物だ」
シュトレーゼマンは眉を上げた。
「シュナイダー宰相をまだ見たことも無い人々がこの街には沢山いるのだ。素晴らしいアイディアではないか、シャレスト?」
シャレストは上の空で頷いた。
「勿論、その通りだ」
またすぐそばの柱を用心深く見つめた。
「噂では、君は陛下に会う予定らしいな」
シュトレーゼマンは曖昧に肩をすくめた。
「陛下がそうお望みなら」
シャレストは唇を固く結んだ。
「私の為に口添えしてくれ、グスタフ。昔馴染みの頼みだ。私は実戦現場に戻りたいのだ」
シュトレーゼマンは少々図々しいような気がした。
だが、よくよく考えるとシャレストの気持ちも分かる。
彼には家族もいるし、知己朋友の友を見捨てる訳にはいかない。
シュトレーゼマンは同僚の肩を掴んだ。
「必要とあらばそうするよ、シャレスト」
シャレストは弱々しく微笑んだ。
「いいやつだな、グスタフ」
そう言うと後ろに下がって姿を消した。
シュトレーゼマンは柱廊の角を曲がろうとする一行に追いついた。
幅の広い階段を登り広大な大広間に入っていくと、俺はかなりの注目を浴びた。
あらゆる階級のあらゆる人物が——役人も政治家も兵士も——じろじろ見ていないふりを装いながら、その場で立ち止まる。
一八歳という若さで皇帝に抜擢され少佐に昇進、皇帝との関係も深い…。
周りからすれば俺は異端児の塊だった。
どよめく群衆をかき分けクロエ大尉は帝国軍総司令部の最上階へと案内した。
応援ありがとうございます!
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