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第二章 転換
第九話 ロスタム作戦
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【帝国軍総司令部 最高会議場】
台形の形をした帝国軍総司令部は、帝都の軍事管轄区域の中心にある。
総司令部には帝国軍保安局に加え、帝国軍情報部、空陸二軍の司令部とその他諸々の組織が入っている。
無数の高射砲で防御された、ほとんど窓もないこの複合施設は、司令部というより監獄に似ている。
ついましがた、帝国軍の上層幹部が顔を揃えた。
カシウス・コンスタンチン陸軍総督とアリーズ・ハドラシアン空軍総督。
加えてロスタム作戦立案者、ハーベル・イシュタル陸軍大将——。
それにアルブレヒト・シュナイダー宰相。
保安局からはエルンスト・リヒター長官、そして肝心の皇帝も加わった。
総司令部の最上階にある作戦会議室では、背の高い窓から午後の遅い光が明るく差し込む中、両者白熱した議論を展開している。
幹部らは大きな円卓を囲み、シュナイダー宰相、皇帝が上座についていた。
テーブル中央にはアステルダムを表す地図が広げてある。
地図上には駒が無数においてあり、軍事施設を表すものもあれば飛行船団の配備を示しているものもある。
インペリアル級、センチネル級、ヴァルキリー級。
それぞれがシンボルで示され、機甲師団や歩兵師団も戦線に配置されている。
「ロスタム作戦を何としても中止させたいのは分かった」
これはイシュタルだ。
自身の持ち込んでいた計画が否定されて少々機嫌が悪くなっていた。
その様な態度から皇帝陛下のお墨付きで司令権が全権委任されることを強く望んでいるのは明らかだ。
相手がシュトレーゼマンであろうとどこであろうと、このアステルダム侵攻作戦を共有したくはないのだ。
「だが、貴官の言う単なる“平押し作戦”でポルトス侵攻を成功させたのは事実だ」
「お前は、死傷者を十万人以上出したあの侵攻を成功だと言っているのか?」
シュトレーゼマンがオハリア侵攻時の怒りを露わにした。
「貴様の作戦で、一時攻勢が揺るぎかけたのだぞ。そんな作戦を——」
「では、発言を訂正させて頂きたい」
イシュタルがそのまま黙ったので、ジークハルトが口を開いた。
「誠に失礼ながら小官の考えでは、このロスタム作戦で得られる軍事的成果はあまりに限定的なものになると言わざる終えません」
総司令部の視線がジークハルトに集まる。
戦線に配置された駒を手に取り、周りを見渡した。
イシュタルの苛ついた表情とコンスタンチンの無関心な態度がよく見えた。
軍中枢への感触は悪い。いつものことだ。
ジークハルトは続けた。
「そこで我々が提案させて頂くのは、イシュタル大将閣下の包囲撲滅戦法と我々の奇襲戦法を両立させた、短期決戦の作戦です」
俺は戦線に配置された駒をトロン離島群まで引き下げた。
コンスタンチンが呆れた表情で駒を見つめる。
「まず前線を意図的に下げ、このトロン離島群にアステルダムの主力を集めます。そして、事前に待機させておいた飛行艦隊で包囲します」
ジークハルトは離島群の南と北に展開した飛行船団を指差した。
「事前に待機というが、索敵される可能性を考慮しているのか?」
空軍のアリーズ・ハドラシアンが疑い深くそう聞くと、ジークハルトは更に続けた。
「雲海の上で飛行するので、その可能性は非常に低いといえます」
「少佐、それでは飛行船の内部気圧が——」
コンスタンチンがここぞとばかりに反論しようとしたとき、沈黙を貫いていたクロエ大尉が先に口を開いた。
「総督、それは情報部が流したデマゴギーです。飛行船の設計情報は、全て情報部によって改ざんされています」
コンスタンチンは本気で驚いたようだ、苛ついた表情が驚き顔に変わっている。
「何故、総督である私にその情報が入っていないのだ!」
「申し訳ありません、総督閣下。帝国軍内部には事情通が沢山いますので」
クロエ大尉は、軍内部の監視を担うはずの帝国軍保安局のリヒターを見やった。
「保安局を責めているのか…」
リヒターはクロエ大尉を睨みつけている。
「個人的な意見はよそで言ってくれ、今回の会議は穏便にいきたい」
冷たい声でシュナイダー宰相が仲裁に入る。
ジークハルトは、幹部一同が静かになるのを待ってから口を開いた。
そして歩兵師団の駒をアステルダムの北端に配置し、撤退した戦線も元の位置まで引き上げた。
「飛行艦隊による対艦爆撃のあと、歩兵師団を主力とする陸上部隊がアステルダム北部に上陸し、本土に残っている敵軍主力を北部に引きつけます」
コンスタンチンの皮肉じみた批判が無いのを確認してから、ジークハルトは言葉を続けた。
「同時に機甲師団を主力とする戦車部隊が南部の湿地帯から奇襲を実施。防衛線を食い破って主力部隊を二正面攻勢に持ち込みます」
「少佐、南部湿地帯からの進撃は不可能だと思うが」
イシュタルがまたもや呆れた様子でヴィアーズに聞いた。
「一般的に装甲車両の通過が不可能とされている湿地帯だからこそ奇襲効果があるのです閣下。そして、帝国軍情報部の調査によるとアステルダム南部の湿地帯における装甲車両の行軍は決して不可能ではありません」
クロエ大尉がジークハルトに代わりそう断言した。
「ならば、制空権の確保はどうするつもりだ? ほとんどの航空戦力はトロン離島群に投入するはずだ」
コンスタンチンもイシュタルに代わり反論する。
「一度目の攻勢に残っている全ての航空戦力を投入します。一般的に一度目の作戦に投入する航空機の数は全体の二〇%~三〇%とされています。よってアステルダムの航空機は七五〇機~千機程度と予測され、我が軍は十分に航空優勢を維持できるでしょう」
クロエ大尉が情報部で培った知識を披露して言った。
「なにを馬鹿なことを言っている!?一度の作戦に全ての戦力を賭けるなど正気の沙汰ではない…」
「ええ。だからこそ成功するのです。アステルダム司令部も閣下のように考え、航空戦力を後方に温存し、一度には投入しないでしょう。一撃目に全力投入すれば制空権の確保は容易です」
「陛下、どうされますか?」
皇帝の横についていたシュナイダー宰相は言葉に尽き、皇帝の言葉を借りることになった。
「どちらの主導で作戦に遂行すべきか否かという問題に関しては予の個人的見解は述べない。しかし、ロスタム作戦が単純かつ予測されやすい作戦である事はいい加減認めなければならないぞ。イシュタル大将」
コンスタンチンとイシュタルは平静を装いながらも拳を握りしめて怒りを堪えていた。
「ロスタム作戦は直ちに修正すべきである。もちろん、シュトレーゼマン大将やミッターマイヤー少佐の案を盛り込んでな」
皇帝はイシュタルの方に体を向け、更に続けた。
「イシュタル大将、直ちに作戦内容を修正せよ」
「しかし陛下、ロスタム作戦は完成して…」
「聞いていなかったのか、大将?さもないとシュトレーゼマンに計画を一任させるが」
問答無用の威圧感で、皇帝は言い放った。
「…分かりました、陛下。最善を尽くします」
皇帝はイシュタルの絞り出した様な悔しい声を聞き届けると、くるりと身を翻し会議室を離れた。
やり取りを見ていたコンスタンチンは、軍紀を無視した皇帝の命令に憤慨した。
そんな彼に部下であるイシュタルは気を遣い、指揮系統に沿ってその指示を仰いだ。
コンスタンチン総督は軽く頷き、許可を与えると歩み去ったが、その前にじろりとジークハルトを睨みつけた。
台形の形をした帝国軍総司令部は、帝都の軍事管轄区域の中心にある。
総司令部には帝国軍保安局に加え、帝国軍情報部、空陸二軍の司令部とその他諸々の組織が入っている。
無数の高射砲で防御された、ほとんど窓もないこの複合施設は、司令部というより監獄に似ている。
ついましがた、帝国軍の上層幹部が顔を揃えた。
カシウス・コンスタンチン陸軍総督とアリーズ・ハドラシアン空軍総督。
加えてロスタム作戦立案者、ハーベル・イシュタル陸軍大将——。
それにアルブレヒト・シュナイダー宰相。
保安局からはエルンスト・リヒター長官、そして肝心の皇帝も加わった。
総司令部の最上階にある作戦会議室では、背の高い窓から午後の遅い光が明るく差し込む中、両者白熱した議論を展開している。
幹部らは大きな円卓を囲み、シュナイダー宰相、皇帝が上座についていた。
テーブル中央にはアステルダムを表す地図が広げてある。
地図上には駒が無数においてあり、軍事施設を表すものもあれば飛行船団の配備を示しているものもある。
インペリアル級、センチネル級、ヴァルキリー級。
それぞれがシンボルで示され、機甲師団や歩兵師団も戦線に配置されている。
「ロスタム作戦を何としても中止させたいのは分かった」
これはイシュタルだ。
自身の持ち込んでいた計画が否定されて少々機嫌が悪くなっていた。
その様な態度から皇帝陛下のお墨付きで司令権が全権委任されることを強く望んでいるのは明らかだ。
相手がシュトレーゼマンであろうとどこであろうと、このアステルダム侵攻作戦を共有したくはないのだ。
「だが、貴官の言う単なる“平押し作戦”でポルトス侵攻を成功させたのは事実だ」
「お前は、死傷者を十万人以上出したあの侵攻を成功だと言っているのか?」
シュトレーゼマンがオハリア侵攻時の怒りを露わにした。
「貴様の作戦で、一時攻勢が揺るぎかけたのだぞ。そんな作戦を——」
「では、発言を訂正させて頂きたい」
イシュタルがそのまま黙ったので、ジークハルトが口を開いた。
「誠に失礼ながら小官の考えでは、このロスタム作戦で得られる軍事的成果はあまりに限定的なものになると言わざる終えません」
総司令部の視線がジークハルトに集まる。
戦線に配置された駒を手に取り、周りを見渡した。
イシュタルの苛ついた表情とコンスタンチンの無関心な態度がよく見えた。
軍中枢への感触は悪い。いつものことだ。
ジークハルトは続けた。
「そこで我々が提案させて頂くのは、イシュタル大将閣下の包囲撲滅戦法と我々の奇襲戦法を両立させた、短期決戦の作戦です」
俺は戦線に配置された駒をトロン離島群まで引き下げた。
コンスタンチンが呆れた表情で駒を見つめる。
「まず前線を意図的に下げ、このトロン離島群にアステルダムの主力を集めます。そして、事前に待機させておいた飛行艦隊で包囲します」
ジークハルトは離島群の南と北に展開した飛行船団を指差した。
「事前に待機というが、索敵される可能性を考慮しているのか?」
空軍のアリーズ・ハドラシアンが疑い深くそう聞くと、ジークハルトは更に続けた。
「雲海の上で飛行するので、その可能性は非常に低いといえます」
「少佐、それでは飛行船の内部気圧が——」
コンスタンチンがここぞとばかりに反論しようとしたとき、沈黙を貫いていたクロエ大尉が先に口を開いた。
「総督、それは情報部が流したデマゴギーです。飛行船の設計情報は、全て情報部によって改ざんされています」
コンスタンチンは本気で驚いたようだ、苛ついた表情が驚き顔に変わっている。
「何故、総督である私にその情報が入っていないのだ!」
「申し訳ありません、総督閣下。帝国軍内部には事情通が沢山いますので」
クロエ大尉は、軍内部の監視を担うはずの帝国軍保安局のリヒターを見やった。
「保安局を責めているのか…」
リヒターはクロエ大尉を睨みつけている。
「個人的な意見はよそで言ってくれ、今回の会議は穏便にいきたい」
冷たい声でシュナイダー宰相が仲裁に入る。
ジークハルトは、幹部一同が静かになるのを待ってから口を開いた。
そして歩兵師団の駒をアステルダムの北端に配置し、撤退した戦線も元の位置まで引き上げた。
「飛行艦隊による対艦爆撃のあと、歩兵師団を主力とする陸上部隊がアステルダム北部に上陸し、本土に残っている敵軍主力を北部に引きつけます」
コンスタンチンの皮肉じみた批判が無いのを確認してから、ジークハルトは言葉を続けた。
「同時に機甲師団を主力とする戦車部隊が南部の湿地帯から奇襲を実施。防衛線を食い破って主力部隊を二正面攻勢に持ち込みます」
「少佐、南部湿地帯からの進撃は不可能だと思うが」
イシュタルがまたもや呆れた様子でヴィアーズに聞いた。
「一般的に装甲車両の通過が不可能とされている湿地帯だからこそ奇襲効果があるのです閣下。そして、帝国軍情報部の調査によるとアステルダム南部の湿地帯における装甲車両の行軍は決して不可能ではありません」
クロエ大尉がジークハルトに代わりそう断言した。
「ならば、制空権の確保はどうするつもりだ? ほとんどの航空戦力はトロン離島群に投入するはずだ」
コンスタンチンもイシュタルに代わり反論する。
「一度目の攻勢に残っている全ての航空戦力を投入します。一般的に一度目の作戦に投入する航空機の数は全体の二〇%~三〇%とされています。よってアステルダムの航空機は七五〇機~千機程度と予測され、我が軍は十分に航空優勢を維持できるでしょう」
クロエ大尉が情報部で培った知識を披露して言った。
「なにを馬鹿なことを言っている!?一度の作戦に全ての戦力を賭けるなど正気の沙汰ではない…」
「ええ。だからこそ成功するのです。アステルダム司令部も閣下のように考え、航空戦力を後方に温存し、一度には投入しないでしょう。一撃目に全力投入すれば制空権の確保は容易です」
「陛下、どうされますか?」
皇帝の横についていたシュナイダー宰相は言葉に尽き、皇帝の言葉を借りることになった。
「どちらの主導で作戦に遂行すべきか否かという問題に関しては予の個人的見解は述べない。しかし、ロスタム作戦が単純かつ予測されやすい作戦である事はいい加減認めなければならないぞ。イシュタル大将」
コンスタンチンとイシュタルは平静を装いながらも拳を握りしめて怒りを堪えていた。
「ロスタム作戦は直ちに修正すべきである。もちろん、シュトレーゼマン大将やミッターマイヤー少佐の案を盛り込んでな」
皇帝はイシュタルの方に体を向け、更に続けた。
「イシュタル大将、直ちに作戦内容を修正せよ」
「しかし陛下、ロスタム作戦は完成して…」
「聞いていなかったのか、大将?さもないとシュトレーゼマンに計画を一任させるが」
問答無用の威圧感で、皇帝は言い放った。
「…分かりました、陛下。最善を尽くします」
皇帝はイシュタルの絞り出した様な悔しい声を聞き届けると、くるりと身を翻し会議室を離れた。
やり取りを見ていたコンスタンチンは、軍紀を無視した皇帝の命令に憤慨した。
そんな彼に部下であるイシュタルは気を遣い、指揮系統に沿ってその指示を仰いだ。
コンスタンチン総督は軽く頷き、許可を与えると歩み去ったが、その前にじろりとジークハルトを睨みつけた。
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