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第2章 一本取ったり、武器を忘れたり、キジを撃ったり、デポされかけたり。
4. まっきー、恋の歌。
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帰りがけに、ぼくとまっきーはスーパーに寄った。買うものはキャベツと油揚げとツナ缶で、ブロックベーコンとジャガイモと人参と玉ねぎと干しシイタケはストックがあった。
「缶詰は重いって言ってたけど、ツナ缶くらいならいいよね。」
「うん。ツナ缶なら軽いから、縦走のときも持って行ってるみたい。炊き込みご飯にツナ缶っていいアイディアだね。今まではパックの炊き込みご飯の素を使うことが多かったけど、逆にこっちの方が軽いかも。」
今日は昨日とは違い、風が静かだった。スーパーの外に出るとまだ明るかった。
「ねえ、みーち、公園でアイス食べて行こうよ。」
とまっきーが言い、ぼくたちはコンビニでアイスを買って、駅近くの公園のベンチに並んで腰を下ろした。
「まっきー、旭先輩のこと好きなの?」
迷うことなくぼくは聞いた。まっきーが、その話をしたくてここに寄ったことはもう分かっていたから。
「うん。大好き。山岳部入ったときから、っていうか、入る前から。」
鮮やかな夕焼けが空を染めていた。それに照らされたまっきーの顔も、さっきと同じくらい赤く見えた。
「わたしね、中学のとき吹奏楽部でちょっと嫌なことがあったんだ。中三で夏コンのメンバーに選ばれて、夏休みも練習があったんだけど、行きたくなくて仕方なかった。クラリネットは大好きだけど、もう吹奏楽部ではやって行けないって思い始めてた。」
港西の吹奏楽部は関東大会の常連で、全国大会にも何度も出場している。あまり部活動に力を入れていないうちの学校の中で、唯一に近い全国レベルの部だった。部員も中高合わせて百人近くいて、練習も厳しい。その中で、きっといろいろな人間関係もあるのだろう。
その吹奏楽部で、中三ですでにコンクールメンバーに選ばれるということは、実はまっきーはクラリネットもものすごく上手なんだろう。
「夏休みの練習の後、ちょっと悲しくて帰りながら泣いちゃってね。そしたら旭先輩がちょうど山から帰って来たところだったんだ。大きなザックを背負って、なんかもうボロボロだったんだけど、ちょうどそこの県道で、西側がちょっと開けてるから、丹沢の方を見ながら歩いてたんだって。わたしも泣いてて前がよく見えてなくて、それでぶつかってわたしひっくり返っちゃったんだよね。」
あの先輩が大きなザックを背負っているってことは、合計で間違いなく百㎏は超える。まっきーがひっくり返るのも無理はない。
「わたしが泣いてるのが、転んでどこかを怪我させたせいだと思った先輩はものすごい平謝りでね。びっくりしただけで全然怪我はなかったんだけどね。」
まっきーは食べかけのアイスの棒をもてあそんでいる。
「で、うちの学校の山岳部の人だって分かって、わたしも吹奏楽部と全然違う世界の話を聞いてみたくて、この公園でスマホの写真とか見ながら山の話をたくさんしてもらった。山の話をする先輩は、もうすっごく楽しそうだった。体もザックもボロボロで、ちょっと臭かったけどね。」
まっきーはそのときのことを思い出したようで、くすりと笑う。
「そのときは、計画を最後までこなせずに、撤退して帰って来たところで、とても悔しかったけど、でも、仕方ないよねって言って笑ってた。実力も足りなかったし、運も悪かった。でも、山は逃げないからまた行けばいいし、おれたちは誰かと勝ち負けを競ってるわけじゃないしねって。」
前を向きながら話していたまっきーが、ぼくの方を向く。そして、最高の笑顔で続ける。
「それ聞いたらものすごく楽になってね。それまで、ほかの学校よりもうまく演奏しようとか、同じ部の中でもコンクールのメンバーに選ばれるようにほかの部員と競ったりとか、そんなことばかりだった。それで人間関係もおかしくなっちゃったり。そうか、誰かに勝たなくてもいいんだって。この人みたいに、自分のしたいことをするときに、ほかの誰かに勝つかどうかなんて、気にする必要ないんだなって。わたし、先輩の前で声をあげて泣いちゃったよ。で、その晩うちに帰って速攻で両親に『山岳部に入りたい』って言って、それで今に至る感じ。ほんとはいろいろ反対されたりしたんだけど、その話はまた今度ね。みーちとはまだたくさん時間があるから。」
なぜか、一瞬ことばに詰まる。夕焼けの紅が徐々に藍に飲み込まれ、薄暮がぼくたちを包みつつあった。西の空に残った光を見上げ、少し間をおいてからぼくは答えた。
「そうだったのか。誰かに勝つためじゃないって、すごくいいなあ。ぼくもそうやって競うのはあんまり好きじゃない。もともとスポーツがそれほど得意じゃないからかもしれないけどね。ぼくも旭先輩といろいろ話をしてみたくなったよ。」
きっと、旭先輩は、誰よりも自由なんだろう。誰と比較しなくても行きたい場所があること。そのために努力ができること。それが眩しい。そのことにぼくより早く気付いたまっきーが眩しい。
「うん。ぜひ話してみて。ものすごくいい人だし、勉強もすごくできるし、努力家だし、わたしほんとに大好き。でも、ダメなんだよな。」
まっきーも空を見上げる。
「旭先輩、好きな人がいるから。」
ぼくはなぜか胸が締め付けられて、息ができなくなった。まっきーが旭先輩のことを想っている横顔がきれいだったからなのかもしれなかった。旭先輩はもしかしたら、稜先輩のことが好きなのかもしれないって思ってしまったからなのかもしれなかった。どちらなのか、自分でもよく分からなかった。
恐る恐る聞いてみる。
「それって、もしかしたら稜先輩?」
「ううん、違う。りょう先輩と旭先輩はいつもケンカしてる。仲はいいんだけどね。旭先輩が好きなのは、さらにもう一つ上の先輩。今はもう大学生で、今も昔も、取り憑かれたようにバリバリ山に登る人。石鎚先輩っていう人で、一昨年の独標にたくさん出てきてるよ。」
ほっとしたような気もするが、まだ胸騒ぎが止まない。
「でも、一緒に山に登れるだけでもいいんだ。さあ、帰ろう。話聞いてくれてありがとう。りょう先輩はこういう話になるとてんでポンコツだから。」
ちょっとだけ寂しそうな顔をしたあと、まっきーは初めて会った日みたいに、ぼくの手を持ってぶんぶん振った。たぶん、照れていたのだと思う。
「持つべきものは友達だね。次はわたしがりょう先輩との話聞くよ!」
バレていたのか。まあ、バレるよなあ。
まっきー。ぼくさ、まっきーと友達になれてほんとによかったよ。言わないけどさ。
「缶詰は重いって言ってたけど、ツナ缶くらいならいいよね。」
「うん。ツナ缶なら軽いから、縦走のときも持って行ってるみたい。炊き込みご飯にツナ缶っていいアイディアだね。今まではパックの炊き込みご飯の素を使うことが多かったけど、逆にこっちの方が軽いかも。」
今日は昨日とは違い、風が静かだった。スーパーの外に出るとまだ明るかった。
「ねえ、みーち、公園でアイス食べて行こうよ。」
とまっきーが言い、ぼくたちはコンビニでアイスを買って、駅近くの公園のベンチに並んで腰を下ろした。
「まっきー、旭先輩のこと好きなの?」
迷うことなくぼくは聞いた。まっきーが、その話をしたくてここに寄ったことはもう分かっていたから。
「うん。大好き。山岳部入ったときから、っていうか、入る前から。」
鮮やかな夕焼けが空を染めていた。それに照らされたまっきーの顔も、さっきと同じくらい赤く見えた。
「わたしね、中学のとき吹奏楽部でちょっと嫌なことがあったんだ。中三で夏コンのメンバーに選ばれて、夏休みも練習があったんだけど、行きたくなくて仕方なかった。クラリネットは大好きだけど、もう吹奏楽部ではやって行けないって思い始めてた。」
港西の吹奏楽部は関東大会の常連で、全国大会にも何度も出場している。あまり部活動に力を入れていないうちの学校の中で、唯一に近い全国レベルの部だった。部員も中高合わせて百人近くいて、練習も厳しい。その中で、きっといろいろな人間関係もあるのだろう。
その吹奏楽部で、中三ですでにコンクールメンバーに選ばれるということは、実はまっきーはクラリネットもものすごく上手なんだろう。
「夏休みの練習の後、ちょっと悲しくて帰りながら泣いちゃってね。そしたら旭先輩がちょうど山から帰って来たところだったんだ。大きなザックを背負って、なんかもうボロボロだったんだけど、ちょうどそこの県道で、西側がちょっと開けてるから、丹沢の方を見ながら歩いてたんだって。わたしも泣いてて前がよく見えてなくて、それでぶつかってわたしひっくり返っちゃったんだよね。」
あの先輩が大きなザックを背負っているってことは、合計で間違いなく百㎏は超える。まっきーがひっくり返るのも無理はない。
「わたしが泣いてるのが、転んでどこかを怪我させたせいだと思った先輩はものすごい平謝りでね。びっくりしただけで全然怪我はなかったんだけどね。」
まっきーは食べかけのアイスの棒をもてあそんでいる。
「で、うちの学校の山岳部の人だって分かって、わたしも吹奏楽部と全然違う世界の話を聞いてみたくて、この公園でスマホの写真とか見ながら山の話をたくさんしてもらった。山の話をする先輩は、もうすっごく楽しそうだった。体もザックもボロボロで、ちょっと臭かったけどね。」
まっきーはそのときのことを思い出したようで、くすりと笑う。
「そのときは、計画を最後までこなせずに、撤退して帰って来たところで、とても悔しかったけど、でも、仕方ないよねって言って笑ってた。実力も足りなかったし、運も悪かった。でも、山は逃げないからまた行けばいいし、おれたちは誰かと勝ち負けを競ってるわけじゃないしねって。」
前を向きながら話していたまっきーが、ぼくの方を向く。そして、最高の笑顔で続ける。
「それ聞いたらものすごく楽になってね。それまで、ほかの学校よりもうまく演奏しようとか、同じ部の中でもコンクールのメンバーに選ばれるようにほかの部員と競ったりとか、そんなことばかりだった。それで人間関係もおかしくなっちゃったり。そうか、誰かに勝たなくてもいいんだって。この人みたいに、自分のしたいことをするときに、ほかの誰かに勝つかどうかなんて、気にする必要ないんだなって。わたし、先輩の前で声をあげて泣いちゃったよ。で、その晩うちに帰って速攻で両親に『山岳部に入りたい』って言って、それで今に至る感じ。ほんとはいろいろ反対されたりしたんだけど、その話はまた今度ね。みーちとはまだたくさん時間があるから。」
なぜか、一瞬ことばに詰まる。夕焼けの紅が徐々に藍に飲み込まれ、薄暮がぼくたちを包みつつあった。西の空に残った光を見上げ、少し間をおいてからぼくは答えた。
「そうだったのか。誰かに勝つためじゃないって、すごくいいなあ。ぼくもそうやって競うのはあんまり好きじゃない。もともとスポーツがそれほど得意じゃないからかもしれないけどね。ぼくも旭先輩といろいろ話をしてみたくなったよ。」
きっと、旭先輩は、誰よりも自由なんだろう。誰と比較しなくても行きたい場所があること。そのために努力ができること。それが眩しい。そのことにぼくより早く気付いたまっきーが眩しい。
「うん。ぜひ話してみて。ものすごくいい人だし、勉強もすごくできるし、努力家だし、わたしほんとに大好き。でも、ダメなんだよな。」
まっきーも空を見上げる。
「旭先輩、好きな人がいるから。」
ぼくはなぜか胸が締め付けられて、息ができなくなった。まっきーが旭先輩のことを想っている横顔がきれいだったからなのかもしれなかった。旭先輩はもしかしたら、稜先輩のことが好きなのかもしれないって思ってしまったからなのかもしれなかった。どちらなのか、自分でもよく分からなかった。
恐る恐る聞いてみる。
「それって、もしかしたら稜先輩?」
「ううん、違う。りょう先輩と旭先輩はいつもケンカしてる。仲はいいんだけどね。旭先輩が好きなのは、さらにもう一つ上の先輩。今はもう大学生で、今も昔も、取り憑かれたようにバリバリ山に登る人。石鎚先輩っていう人で、一昨年の独標にたくさん出てきてるよ。」
ほっとしたような気もするが、まだ胸騒ぎが止まない。
「でも、一緒に山に登れるだけでもいいんだ。さあ、帰ろう。話聞いてくれてありがとう。りょう先輩はこういう話になるとてんでポンコツだから。」
ちょっとだけ寂しそうな顔をしたあと、まっきーは初めて会った日みたいに、ぼくの手を持ってぶんぶん振った。たぶん、照れていたのだと思う。
「持つべきものは友達だね。次はわたしがりょう先輩との話聞くよ!」
バレていたのか。まあ、バレるよなあ。
まっきー。ぼくさ、まっきーと友達になれてほんとによかったよ。言わないけどさ。
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