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小里 雪

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三日目

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 今日は、わたしが地図が大好きだという話から始めようと思う。



 地図があると、今見ている景色の向こう側に何があるのかを確かめることができる。山でも街でも、地形や建物に遮られて、人の目がとらえられる範囲は限られている。その場で地図が取り出せれば言うことはないが、今の風景を記憶にとどめて、あとであの向こうに何があったのかを地図で確認のも楽しい。

 だんだん慣れてくると、行ったことのない場所でも、等高線が引いてある地形図ならば、地図を見るだけでその場所からの景色が何となく想像できるようになる。さらに慣れると、等高線がなくても川の流れと土地利用の様子から地形が浮かび上がってくるようになる。

 携帯やスマホでGPSが使えるようになったとき、わたしは狂喜した。自転車や散歩で、特に目的地もなくうろうろしても、後からそれがどこだったのかすぐに確認できる。なにより、わたしが移動した道が線になってつながる。「場所」が地図の形に縮められ、その上を同じ縮尺で縮められたわたしが歩く様子を想像する。いつの間にか地図の中のわたしがわたしになり、わたしはたまに空を見上げ、わたしを地図の上で追っているわたしに合図を送る。

 地図上の二点をつなぐこと。その二点の間に、本当はどんな風景が続いているのかを知ること。そして、それをわたし自身の力だけで行うこと。そうやって地図上に射影された二点間の本当の距離を知りたかった。そういう「地図」と「世界」の関係をわたしは自分のからだの中に取り込みたかった。わたしの移動が、地図の上で線になるという感覚がうれしかった。

 山の頂上からは見渡す限りの景色が広がる。地図を見すぎたせいなのか、わたしはたまに、地図が景色を映したものなのか、景色が地図を映したものなのか、ちょっと混乱することがある。

 わたしが移動の経路上の景色を細部まで認識するためには、移動の速度はあまり速くない方がいい。自転車の速さがギリギリなのかもしれない。自転車に乗ると地図上のびっくりするほど離れた二点を軽々と結ぶことができるということに気づいたわたしは、あっけないほど簡単に自転車のとりこになった。

 ただ、最近のわたしは、自転車でも速すぎると思うことが増えてきた。だからまた、歩く旅である登山に戻ってきたのかもしれない。

 ブルース・チャトウィンは言った。「ぼくの神様は、歩く人の神様なんです」と。歩くことでしか見えないものがある。遠ければ、途中で食事をすればいい。途中で泊まればいい。そのためのザックとテントなんだから。きっと、山に行くのは簡単。むしろ、わたしには、「山に行こうと思うこと」の方が難しかった。



 八月七日、山行も三日目に入る。今日は行程に余裕があるため、一時間遅く〇四〇〇起床。昨日と同じ餅入り棒ラーメンの朝食を摂り、ゆっくりと準備をして、〇五五一に高山裏避難小屋を発つ。朝から快晴で、日焼け止めを塗り、帽子を被り、サングラスを装着して出かける。

 小屋から二十分ほど歩くと道端に水場があるので補給する。と、うしろから地下足袋を履き、腰に鉈を下げた男性がやってきた。手に持った鍋に水をくみ、もと来た方向に帰っていく。鍋で水を運んでいるということは、目的の場所はそう遠くないはずだ。しかし、高山裏に泊まっている様子はなかった。格好を考えても登山者ではなく、樵か猟師の様だったが、狩猟については期間外のはずだ。

 特に険悪な視線とか、そういうものはなかったけれど、山で生きている人独特の威圧感のようなものを感じた。それにしても、彼はどこから来たのだろう。

 しばらくトラバース(高度をあまり変えずに、斜面を横切るように歩くこと)気味に樹林帯の中を進む。そして林が切れると、目の前に一抱えもある大きさの石がゴロゴロとしている斜面に出る。その斜面は山肌をスプーンで抉り取ったような形、そう、地理を勉強した人ならわかるはずだ。これは氷河によって削り取られた圏谷カールと呼ばれる地形だ。

 この道は北西から荒川岳に登るから、周囲の高みに遮られて、最初のうちは太陽の光が届かなかった。やがて、太陽はその高度を増し、カールの中にも周囲から遅れて朝日が入り込む。荒川岳まではこのカールを比高にして六百m登り続ける。

 昨日のハードワークの疲れが抜けきっておらず、脚が思うように上がらない。大きな石に躓き、右膝をつく。タイツこそ破けなかったものの、タイツの下で出血がある。関節へのダメージもあり、この後ずっと、特に下りで両膝に痛みを感じ続けることになる。

 ようやく稜線に到達。稜線に出ると富士山が迎えてくれた。この後は緩くなった傾斜を荒川前岳へ向けて登って行く。

 荒川前岳と中岳は、ほとんど同じ山と言ってよい。荒川岳の主峰である悪沢岳わるさわだけは南アルプスの主稜線からやや離れた場所にあり、前岳と中岳の微妙な鞍部に分岐があるので、〇八三五、そこに大ザックをデポし、サブザックで悪沢岳に向かった。

 悪沢岳へは、いったん鞍部まで下ったあと、そこから一五〇m以上登り返さなければならない。だからわたしは、前岳、中岳と連続性を持った「東岳」という名称を好まず、あえて「悪沢岳」と呼ぶようにしている(頂上の標識は「東岳」)。

 悪沢岳への稜線は人が多かった。特に、わたしとはすれ違う方向に歩く人が多く、手を使わなければ登り降りできないような岩場では、軽く渋滞が起こっているほどだった。おそらく千枚小屋に宿泊していた人達だろう。大きなザックを担いでこれから縦走する人たちも多い。

 この支稜で、今山行初めてライチョウの姿を見かけた。人を恐れない姿に多くの登山者が立ち止まって写真に収めていた。なんと、標高三千mを越えるこの場所にニホンザルもいたのだが、ライチョウを捕食しているという話もあり、あまり単純に珍しがっていい話ではないようだった。

 〇九五〇悪沢岳山頂に到着。今山行の最高標高になる 三一四一m。素晴らしい天気に恵まれた。前日までの雨でダストが全て洗い流されたように透き通った空気の中、絶景としか言いようがない展望が待っていた。南アルプスの主要な山々が、全てくっきりとその姿を露わにしていたのだ。これから向かう南西方向に、ザックを置いたばかりの荒川中・前岳。左に赤石岳。その間から、少し離れた稜線が続く。これが私がこれから歩いていく道だった。大沢岳、中盛丸山、兎岳、そしてひときわ大きな聖岳は赤石岳に重なっている。

 北方に目を転ずると、雄大な塩見岳があり、その左側に昨日越えてきた烏帽子・上河内・板屋の稜線がある。塩見岳右側に日本第二位の高峰である北岳。北岳のすぐ左の白く見える山が甲斐駒ケ岳で(雪が積もっているわけではなく、甲斐駒だけ花崗岩の多い山なので白く見える)、塩見岳の後ろにほぼ重なって仙丈ケ岳も見える。

 ことばを失うとは、このことだろうか。わたしが今まで歩いた道と、これから歩く道がこんなにもはっきり見えているのだ。空の中に溶けるようにずっとずっと続く稜線。わたしはこんなにも歩いてきた。そしてわたしはこんなにこれから歩けるのだ。

 一〇一六に悪沢岳を辞し、一一一〇、ザックをデポした前岳に戻ってきた。ここから荒川小屋までは下るだけで、ガイドブックのコースタイムでは荒川小屋から五時間弱の百間洞まで行くことも可能だった。しかし、昨日の疲れが回復しないうちに荒川前岳への大登りがあったため、この時間で脚が既に動かなかった。

 前岳から荒川小屋までの区間は、高山植物の花が咲き乱れるとても美しい区間だが、温暖化でニホンジカがこの高度まで登って来るようになったため、柵を張って生態系を保護している。縦走路はその柵を張った区域の中を出たり入ったりするため、柵に設けられた扉を開けたり閉めたりしながら荒川小屋に向かう。

 このときの下りで、両膝の痛みがかなり悪化していた。

 一二二五、荒川小屋に到着。受付を済ませ、まず気力を振り絞ってテントを設営した後、小屋でビールを買って飲む。荒川小屋のすぐそばには夏でも溶けない雪渓があるため、ばっちり冷えている。飲みながら、晴れて乾燥した地面から舞った土埃がこびりついたわたしの頬に、涙が道を作った。この疲労と、悪沢岳から見た景色が、わたしの中でつながったように感じていた。



 この日の午後は長かった。晴れていたのでテントの中にいると暑いため、木陰を見つけてそこでゆっくり文庫本を読んでいた。

 居心地のいいテントサイトでゆっくり本を読んでいるうちに、体力が回復するのを感じる。ようやく今になって、からだが縦走のペースに慣れてきたようだった。

 明日は、昨日よりさらにきつい行程が待っていた。カレーよりカロリー摂取量が大きいスパゲティの夕食を摂った。ゆで汁を少なくした上、標高が高く、沸点が低かったため、全くうまいとは思えないものが出来上がったが、義務感で、まるで修行のように腹に詰め込んだ。

 そして夜はいつものように泡盛を飲み、6pチーズを食べ、文庫本の続きを読んだ。明日は再び三時起きなので、一九三〇、早めに消灯したが、しばし寝付けず、テントの外に出て星空を見上げる。

 銀河中心はいて座の方向にあり、いて座は夏の星座だから、天の川は夏が一番濃い。しかし日本の夏は湿度が高いため、一番きれいに天の川が見えるはずの季節に、空の透明度が落ちてしまう。でも標高二五〇〇mを越えるここでは、まるで音まで聞こえるかのように空にかかっているのだった。わたしは小石だらけの地面に寝転び、天の川に手を伸ばしてみる。

 

 

 

 

陸封の鱒が初めて海を見る ように わたしが あなたを 見た 夏
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