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第一章・始まりは…
20・また何度でも君に、恋をする
しおりを挟むヴィクトァールの胸でひとしきりリュシフェルが泣き終えた後、近くに控えていた執事が用意してきた冷えたタオルを受け取り、ヴィクトァールはリュシフェルへと手渡した。
冷えたタオルをまだ熱を持った瞼へとあてているリュシフェルをヴィクトァールが気遣わしげに見詰めている。
「…ヴィクトァール様、わざと私のことを泣かせましたわね?」
「君が無理を重ねているように見えていたから吐き出してしまえば楽になるかと。
それに私は一月後は不在となる身だ。君の涙腺が決壊した時、傍にいてやることが叶わなくなる。ならば私が居る間にと思ったのだ…済まぬ」
「いいえ、人前でこのような姿を見せずに済むようにとのお気遣い、心より感謝いたします」
「感謝など要らぬ。何、ただの独占欲だ。君が他の男の前で泣くのは嫌だというだけに過ぎない」
「そういう言葉を何の衒いもなく仰るから本心よりの想いには聞こえませんのよ…」
「私が深く心より想うのは君だ。偽りの恋人を演じてもらってはいたが、君へ告げた言葉に偽りの心はない」
「その言葉は真実…ですの?」
「心からの真実だよ。私は君を深く想い、その心を望みさえしている憐れなひとりの男に過ぎぬ、今は」
「…光栄に存じます。私のような者へ掛けるには勿体なさ過ぎて俄かには信じられないことが残念ではありますけれど」
「散々、君を欺いてしまったからな。そう言われても仕方あるまい」
「欺い…とはいえ、ヴィクトァール様の行動は私を思ってのことが大半だとは理解しているつもりですのよ」
「ならば、有難い。私は不実な男ではないつもりだ」
「不実とは思いませんわ…良くも悪くも、人の気持ちに聡い方ということはよく存じ上げているだけ、ですのよ」
「中々に手厳しいことをリュシフェル嬢は言うのだな…ふっ」
透き通るような翡翠の瞳が眇められ僅かな微笑がヴィクトァールの面に浮かんでいるのを見つけたリュシフェルは、
「ふふふ!私だって言う時は言いますのよ?」
アメジストの瞳をまるで悪戯っ子のように得意げに輝かせながらヴィクトァールへと微笑み掛ける。
「元気が出た様だな?これで安心できる」
得意げなリュシフェルを見詰める翡翠の瞳は穏やかな思い遣りに溢れており、見ているだけで心が温かくなる。
一転、ヴィクトァールは真剣な顔へ改まり、傍に座すリュシフェルへと向き直って居住まいを正し告げた。
「リュシフェル嬢、私はこれから領地に戻り、後を継ぐ為に辺境伯の仕事を学びながら父に鍛え直され研鑽を積むことになる。
いずれは次期クレピュス辺境伯の名に恥じない男となるつもりだ」
透き通ったような翡翠の瞳が強い輝きを放ち、春の野原のような若草色の髪がサラサラと零れる。
人より背の高いヴィクトァールだけに、その眼差しはより遥か遠くを望むようにリュシフェルの目には映る。
「私がリュシフェル嬢に相応しい男になれたと思えた時に、まだ君が誰とも結ばれずにいたならば…その時は今度こそ全力で君を口説きたい。
再び、会い見える時がきたならばリュシフェル嬢、覚悟しておいてくれないか」
「ええ…覚悟しておきますわ」
「約束だぞ」
「お約束いたしますわ。ヴィクトァール様もご覚悟なさってくださいませ。
王立学院在籍の間も貴方様に負けないよう私も学び研鑽していくつもりでおりますので…!」
「それは楽しみだ!君には負けられない」
ヴィクトァールとリュシフェルは互いの顔を見合わせ声を上げて笑い合った。
「ヴィクトァール様、本日はありがとうございました。私ずっとモヤモヤとしたまま吐き出すことも叶わず頼ることもできず独り苦しんでおりましたの。
ですが、こうして吐き出させてくださりスッキリとできたお陰で見えてきたものがございます。遥か前を向き歩み出しておられるヴィクトァール様をこうして目の当たりにいたしますと、いつまでも立ち止まり悩んでいた自分の愚かさに漸く気付けましたわ」
「それは良かった。君には元気でいてほしいから助けになったのならば結構」
「不思議なのですけれど…ヴィクトァール様が私のことをお認めくださっているからこそ、このようなお言葉も掛けていただけると思えば、みるみる元気が出て参りましたの!
ヴィクトァール様に置いて行かれないよう私も前を向き歩いて行こうと今なら素直に思えますわ」
「流石、私の認めた令嬢リュシフェル・ノワールだ!」
「どうしましょう?そのようなお言葉を伺ってしまいましたら、私ますます元気になってしまいますわ!
このパーゴラ(四阿の屋根)だって壊してしまうかもしれませんわよ…ふふふ」
「リュシフェル嬢、君は笑っている方がいい。私が不在の間も笑っていてくれ」
「お寂しくなりますわ…ロックフォースがもっと近ければいいのに!」
「ふっ…君が声を掛けてくれたなら何時如何なる時でも駆けつけてみせよう」
「ふふふ!それではお約束と違いますわ」
「そうであった!お互い負けぬよう励まないと会えぬ訳か。はははは」
爽やかなふたりの笑い声が天高く響き渡るように庭園の奥にある四阿から広がっていく。
「…今ならばコームプシェ男爵令嬢のことを君はどう思う?」
「ええ。はっきりと申し上げまして大嫌いですわ!
けれど、その感情に囚われてしまえば私は腐った魚のようになってしまいます。いくらヴィクトァール様といえども腐った魚のような私などお嫌でしょう?
ですから、立ち止まらず前へと進みますわ。貴方様に負けないように、貴方様に想われるに相応しい、想いの深さに恥じない女性となれるように」
晴れやかに笑うリュシフェルのアメジストの瞳は陽光を受けて益々その輝きを増し、ヴィクトァールの心を真っ直ぐに捉えたのだった。
「君が健やかに過ごせるようロックフォースから祈るよ」
「ありがとうございます!私もヴィクトァール様のご活躍をお祈りしています」
リュシフェルのアメジストの瞳とヴィクトァールの翡翠の瞳が空中でかち合う。
「また会える日まで約束だぞ…覚悟しておくがよい、リュシフェル嬢!」
「お約束に添えるよう励みますわ。それでは、ヴィクトァール様もお元気で…」
「体も心も労わりながらだぞ、良いか?暫しの別れだ…負けるでない!リュシフェル嬢」
「ええ、負けませんわ!何者にも負けないようになってみせます。ヴィクトァール様がアッと驚かれるよう…!」
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