千尋くんは、可愛いでねじふせる!?

月塔珈琲

文字の大きさ
11 / 11

信頼とか信用とか。

しおりを挟む
 何が何だかわからないわたしの気持ちを置いてけぼりにするかのように、マシロさんのワーゲンバスは猛スピードでわたしを乗せ走り出す。

 わたしも乗らなきゃいいのに、でも制服とリュックは返してもらわなくてはならないから、混乱しつつも車に乗ってしまった。

「あの、いったいどこへ向かってるんですか? 昨日のマンションと道が違う気がするんですけど」

 勢いよく流れる窓の外の景色はどんどん街から離れて行って、昨日チヒロくんと訪れたマンションとまるっきり方向が違った。

「ちょっと寄り道していくからね。本当は、チヒロに茉莉花ちゃんの迎え行かせようと思ったんだけど、あの子方向音痴だからねー」

 短髪の男性、マシロさんは信号で止まると「寒くない?」といってひざ掛けを差し出してきた。

「ありがとうございます」

 わたしはそれを受け取る。バックミラーに映るマシロさんをまじまじと見つめていると、ミラー越しに目が合った。

「……心底驚いたって顔してる。昨日の私と今日の私は、中身は何一つ変わらないんだけどね。まあ普通の反応かな」

「すみません、昨日の縦巻きロールがあまりにも印象的だったもので」

「ウィッグかぶるのに、髪が短い方が楽なのよ。ちょっと短くしすぎたかなって思ったけどねー」

 信号が青になる。雪の降り始めた交差点を、マシロさんは「積もるかなー」なんて言いながら走り出す。

 白星町からだいぶ離れた陽月市という地域まで来たところで、マシロさんはあるマンションの駐車場に入った。

 ワーゲンバスから降りて、そのままエレベーターで五階まで行き、突き当りの505号室の前にマシロさんとわたしは立った。

 マシロさんがインターホンを押す。中からおそらくチヒロくんであろう声がして、ドアが開いた。

「遅い」

 不機嫌そうなチヒロくんがドアの向こうから顔を覗かせる。相変わらずの美少年だけど、目の下にはクマが出来ていた。

「文句を言うなら自分で迎えに行きなさい。チヒロが私より早く帰ってこれるとは思わないけど?」

 言いながら、マシロさんはわたしに手招きをして部屋に入っていった。わたしはおそるおそる後をついて行く。

「あの、制服とリュックさえ返してもらえれば、わたしはすぐにでも帰らせていただきたいんですけど」

 リビングに案内され、マシロさんがキッチンでお湯を沸かし始める。

「とりあえず座って」

 とチヒロくんがソファーを指さした。

「制服とリュックは昨日のマンションにある」

「ええっ、話が違うじゃないですか! 制服返してもらえると思ったから、わたしはマシロさんについてきたんですよ!?」

「樫木茉莉花、とりあえず話があるから座ってよ」

 樫木茉莉花。その名前で呼ばれて、わたしの体は硬直してしまった。まるで暗闇に突き落とされたような感情が胸の奥で渦巻いている。

「その名前で呼ばないでください。わたしは、わたしはもう樫木茉莉花じゃないんです」

 あの頃のわたしとは、違う。思い出すのは、あのサイン会の日。あの日樫木茉莉花は死んだのだから。

「制服とリュック、返してもらえないなら帰ります」

 だんだん手が震えてきて、指先が冷たくなってきた。そんなわたしの様子を見て、チヒロくんとマシロさんは顔を見合わせる。

「……あのさ、あんたに会ってもらいたい奴がいるんだけど」

 わたしが無言でいると、

「無理にとは言わないけど」

 と言いながらチヒロ君はソファーに座った。

 そこに、マシロさんが紅茶とドーナツを運んできた。

「座ってお茶だけでも飲んでいかない? 会うか会わないかは、その後決めて」

 ね? と、マシロさんが優しく笑った。それでもわたしはその場に立ちすくんで動けなかった。

「……遥か遠い夜汽車、オレ昨日観たんだけど。他にも週末のライアーとか、魔女の棲む家とか」

 チヒロ君の口から、わたしが過去に出演した映画やドラマのタイトルが次々出てくる。

「気が付いたら朝になってて、寝不足でクマが出来て最悪なんだけど」

「すみません、最悪な気分にさせてしまって」

「そうじゃなくてさ」

 チヒロ君が小さくため息をついて、頭をかいた。それを見たマシロさんが、噴き出して笑う。

「素直じゃないわね。あのねぇ茉莉花ちゃん、この子ハマっちゃったのよ」

「……はま?」

「樫木茉莉花のファンになっちゃったのよ。ねぇ?」

 そう言いながらにやにや笑うマシロさんに、チヒロ君は自分の背中にあったクッションを投げつける。

「あーもう、オレ、テレビ見ないからあんたのこと全然知らなかったんだよ。昨日の生配信の後カシキマツリカで検索かけて、サブスクで出演作全部観た。見終わった後、オレ、ちょっと今まで損してた気分になった」

 あーあ、とチヒロ君はソファーの背もたれに勢いよく寄りかかる。

「あんたすごいじゃん。オレ、芸能人好きになったことないけど、あんたのことは好きだ」

 好きだ。

 好きだ?

 樫木茉莉花のことが?

 チヒロ君が?

 あまりにもストレートに放たれたその言葉。でもわたしは、その言葉を素直に受け取れない。

「あんな、あんな子役、みんなから嫌われてて、可愛くないし、演技だって上手くないし」

「卑屈になるなよ。サイン会の事件もネットの記事で読んだけど、あんたは何も悪くない。俺は樫木茉莉花の演技すごいと思ったよ。なにを卑屈になる必要があるんだよ。顔だってブスじゃない。可愛い」

 そんなこと言ったって、わたしは嫌われ者の樫木茉莉花。好きという言葉を、どう受け止めたらいいのかわからない。

「素直に受け取ってもらえないのは、あんたのこと信用してないし、まだ信頼関係もないからよ」

 マシロさんが、紅茶を注ぎながら、チヒロ君に言った。チヒロ君はマシロさんに舌を出した。

「信頼関係ねぇ。なあ茉莉花、これからオレと信頼関係築いていく気、ない?」

「さっきから、愛の告白みたいなこと言うのねぇ」

「うるせーよ。本気でさ。俺のドレス、また着てよ。あんたに合わせたドレス、作りたいんだ」

 チヒロ君が、真剣な顔でわたしを見つめている。どう答えていいか、わたしにはわからない。

 卑屈になるなっていうけれど、わたしはもう自分が可愛いと思わないし、世間でもブスって言われてて。演技だってへたくそで。

 でもチヒロ君はわたしのこと、褒めてくれた。ふと、関さんが図書室で樫木茉莉花が好きと言ってくれたことも思い出す。

「オレの言葉だけじゃ足りないなら、世界中の人間にあんたのこと可愛いって言わせてみせるよ。オレならそれができる――……」

 そうチヒロ君が言ったのと同時に、かちゃりとリビングのドアが開いた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

たまご先生
2025.07.21 たまご先生
ネタバレ含む
2025.07.21 月塔珈琲

ありがとうございます!
更新頑張ります!

解除

あなたにおすすめの小説

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

夜寝たくなくて朝起きたくない

一郎丸ゆう子
絵本
大人のための絵本です。現代人って夜寝たくなくて朝起きたくない人が多いな、でも、夜は寝ないと困るし、朝は起きないとなんないなんだよね、なんて考えてたら出来たお話です。絵はcanvaで描きました。

【完結】カラフルな妖精たち

ひなこ
児童書・童話
星野愛虹(ほしの・あにー)は小学五年女子。絵を描くのが大好き。ある日、絵を描いていると色の妖精・彩(サイ)の一人、レッドに出会う。レッドはガスの火を変化させて見せる。サイは自分の色と同じ物質をあやつり、人の心にまで影響できる力を持つ。さらにそのサイを自由に使えるのが、愛虹たち”色使い”だ。  最近、学校では水曜日だけ現れるという「赤の魔女」が恐れられていた。が、実はサイの仲間で凶悪な「ノワール」が関わっていた。ノワールは、人間の心の隙間に入り込むことを狙っている。彼を封印するには、必要な色のサイたちをうまく集めなくてはいけない。愛虹の所有するサイは、目下、赤と白。それでは足りず、さらに光のカギもないといけない。一体どこにあるの?仲間を探し、サイを探し。   これは愛虹と仲間たちが、たくさんの色をめぐって奮闘する冒険物語。児童向け、コミカルタッチの色彩ファンタジーです。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

まぼろしのミッドナイトスクール

木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。