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第一部
17.酒場にて
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その日の夜。
機甲闘技場に程近い大衆向けの酒場にて、ロランは闘技場の観客席で出会った男と共に、一人の人物のもとを訪れていた。
その人物は扉口から一番遠い席で、一人酒をあおっていた。
人物の名はジウ・ヴェステール。
先ほど機甲闘技場で大歓声をあびていた連戦連勝の覇者、その人である。
ジウは褐色肌の美女であったが、始終険のある表情を浮かべて周囲を威圧していた。
背丈はロランやヘルゲと同程度で、四肢は引き締まっており、素手の殴り合いでも大抵の男には引けを取らないであろうといった印象だった。
彼女は試合のあった日の夜はいつも、この時間にこの場所で酒を飲んでいた。
誰にも邪魔をさせずに、静かに一人きりで。
だがこの日はいつもと違って、招かざる客が彼女の前に現れた。
「ちょっといいかな?」
男がロランを連れ立ってジウに近付き、気安げに話しかけた。
この酒場で自分に声をかける者は耐えて久しかったため、ジウは少し驚いて声の主を見やった。
「何だ。《万聞》、あんたかい」
ジウは男の顔を確認し、粗野な態度で接した。
《万聞》のダニエレ。
そう呼ばれるこの男は、王都エルムヴァルで情報屋を営んでいた。
見た目は、二十代の中ほど。
しかし、一度見ただけでは決して覚えていられないような、中庸な顔立ちをしている。
背丈も体格も、それから服装も、これといった大きな特徴は見られない。
ダニエレはすすめられるのを待つことなく、さっさとジウの対面に腰を下ろし、ロランにも着席を促した。
ロランもここは素直に従って、ダニエレの隣の席に座った。
ジウの方でもダニエレの態度に慣れているのか、あきれつつも別段文句はいわなかった。
「また何かやっかいごとを持ってきたのかい?」
ダニエレを見やり、ジウが嘆息した。
そのようすから、ロランが二人の関係を漠然と察する。
ジウはちらりとロランを一瞥し、ダニエレに尋ねた。
「そっちの餓鬼は?」
ロランはずっと、外套の頭巾で顔を半ばまで隠すようにしていた。
見る者が見れば、すぐに訳ありだと思うだろう。
「彼はヘルゲでん……様の従騎士だそうだ。ええと、名前は……」
「ロランです」
「そうそう。しかも何と! 彼はあの聖鎧の騎士だそうだよ」
ダニエレがはしゃいだようすで言う。
ジウはうろんな目をロランに向けた。
「聖鎧の騎士ねぇ。それが本当なら、大したもんだけどね……」
聖鎧は、今世の者にとっては、おとぎ話の中にしか存在しないものである。
その騎士などというのは、嘘か冗談としか思えなかった。
「それで? ヘルゲの従騎士があたしに何の用だい?」
どことなく投げやりな口調で問う。
「ヘルゲ様より、あなたへの伝言を預かっております」
ジウの不貞腐れた態度にもかまわず、ロランが俯いた彼女をしっかりと見据えて言った。
「何だい? その伝言ってのは?」
「『時は来た』と」
ロランが言い終えた途端、ジウは手に持った木杯を、目の前の卓子《たくし》の上に打ちつけた。
ダニエレは驚いた顔を見せたが、ロランはまったく表情を変えず、ジウを見ていた。
「──そうかい……」
気を落ち着かせようと一つ息を吐いてからジウが呟く。
その表情は一言で言い表せないような複雑な様相を呈していた。
「なるほどね。そうかい、それであんたがここに来たのか」
ジウが今度は正面からしっかりとロランの顔を見つめる。
その視線に臆することなく、ロランもジウの目を見つめ返した。
「いい目だね。ロランか……ひよっとして、あんたは本当に……」
ジウの問いかけに、ロランがはっきりと頷く。
ロランの栗色の瞳は一点の曇りもなく、清らかで力強かった。
決して人を陥れる者の目ではない。
擦れ者であるジウにも、そう信じられるものだった。
「……分かった。少し考える。明日の夜、またここへ来な」
そう言うとジウは立ち上がり、ロランたちを置いてさっさと酒場を出て行った。
「心配ないよ」
酒場の扉口を見やったままのロランに、ダニエレが言う。
「彼女はカールション宰相に対して、並々ならぬ恨みがあるからね」
ダニエレはその理由まではあえて説明しなかった。
代わりに、
「ジウを味方につければ、他の機甲闘士の多くも協力してくれるはずだ。彼女はそれだけの力をもっている」
「ヘルゲ様はそれを求めているのですか?」
ロランがヘルゲに任されたのはダニエレへの接触とジウへの伝言のみである。
伝言を預かりはしたが、その意味までは教えてもらっていない。
深い意味があることはロランにも想像がつくのだが。
「そのはずだよ」
ダニエレが答えつつ、近くにいた給仕に酒と料理を注文する。
「まぁ十中八九、ジウは断らないさ。それで僕のあとの仕事は……」
腕組みをして目を閉じた。
「エリシール王女殿下の行方を突き止めることだね」
「はい」
「これも大方見当はついてるよ。後は確認するだけだ」
「よろしくお願いします」
「ああ。任せてよ。ヘルゲ様にはお世話になったからね」
ダニエレがロランに笑顔を見せる。
普段はひどく印象の薄い男だったが、その笑顔はとても人懐こいものだった。
そうこうしている内にロランたちの席に酒と料理が運ばれてくる。
「さぁ食べよう。『腹が減っては、ことはなせぬ』だ」
ダニエレの言葉にロランは頷き、二人は料理に手を伸ばした。
機甲闘技場に程近い大衆向けの酒場にて、ロランは闘技場の観客席で出会った男と共に、一人の人物のもとを訪れていた。
その人物は扉口から一番遠い席で、一人酒をあおっていた。
人物の名はジウ・ヴェステール。
先ほど機甲闘技場で大歓声をあびていた連戦連勝の覇者、その人である。
ジウは褐色肌の美女であったが、始終険のある表情を浮かべて周囲を威圧していた。
背丈はロランやヘルゲと同程度で、四肢は引き締まっており、素手の殴り合いでも大抵の男には引けを取らないであろうといった印象だった。
彼女は試合のあった日の夜はいつも、この時間にこの場所で酒を飲んでいた。
誰にも邪魔をさせずに、静かに一人きりで。
だがこの日はいつもと違って、招かざる客が彼女の前に現れた。
「ちょっといいかな?」
男がロランを連れ立ってジウに近付き、気安げに話しかけた。
この酒場で自分に声をかける者は耐えて久しかったため、ジウは少し驚いて声の主を見やった。
「何だ。《万聞》、あんたかい」
ジウは男の顔を確認し、粗野な態度で接した。
《万聞》のダニエレ。
そう呼ばれるこの男は、王都エルムヴァルで情報屋を営んでいた。
見た目は、二十代の中ほど。
しかし、一度見ただけでは決して覚えていられないような、中庸な顔立ちをしている。
背丈も体格も、それから服装も、これといった大きな特徴は見られない。
ダニエレはすすめられるのを待つことなく、さっさとジウの対面に腰を下ろし、ロランにも着席を促した。
ロランもここは素直に従って、ダニエレの隣の席に座った。
ジウの方でもダニエレの態度に慣れているのか、あきれつつも別段文句はいわなかった。
「また何かやっかいごとを持ってきたのかい?」
ダニエレを見やり、ジウが嘆息した。
そのようすから、ロランが二人の関係を漠然と察する。
ジウはちらりとロランを一瞥し、ダニエレに尋ねた。
「そっちの餓鬼は?」
ロランはずっと、外套の頭巾で顔を半ばまで隠すようにしていた。
見る者が見れば、すぐに訳ありだと思うだろう。
「彼はヘルゲでん……様の従騎士だそうだ。ええと、名前は……」
「ロランです」
「そうそう。しかも何と! 彼はあの聖鎧の騎士だそうだよ」
ダニエレがはしゃいだようすで言う。
ジウはうろんな目をロランに向けた。
「聖鎧の騎士ねぇ。それが本当なら、大したもんだけどね……」
聖鎧は、今世の者にとっては、おとぎ話の中にしか存在しないものである。
その騎士などというのは、嘘か冗談としか思えなかった。
「それで? ヘルゲの従騎士があたしに何の用だい?」
どことなく投げやりな口調で問う。
「ヘルゲ様より、あなたへの伝言を預かっております」
ジウの不貞腐れた態度にもかまわず、ロランが俯いた彼女をしっかりと見据えて言った。
「何だい? その伝言ってのは?」
「『時は来た』と」
ロランが言い終えた途端、ジウは手に持った木杯を、目の前の卓子《たくし》の上に打ちつけた。
ダニエレは驚いた顔を見せたが、ロランはまったく表情を変えず、ジウを見ていた。
「──そうかい……」
気を落ち着かせようと一つ息を吐いてからジウが呟く。
その表情は一言で言い表せないような複雑な様相を呈していた。
「なるほどね。そうかい、それであんたがここに来たのか」
ジウが今度は正面からしっかりとロランの顔を見つめる。
その視線に臆することなく、ロランもジウの目を見つめ返した。
「いい目だね。ロランか……ひよっとして、あんたは本当に……」
ジウの問いかけに、ロランがはっきりと頷く。
ロランの栗色の瞳は一点の曇りもなく、清らかで力強かった。
決して人を陥れる者の目ではない。
擦れ者であるジウにも、そう信じられるものだった。
「……分かった。少し考える。明日の夜、またここへ来な」
そう言うとジウは立ち上がり、ロランたちを置いてさっさと酒場を出て行った。
「心配ないよ」
酒場の扉口を見やったままのロランに、ダニエレが言う。
「彼女はカールション宰相に対して、並々ならぬ恨みがあるからね」
ダニエレはその理由まではあえて説明しなかった。
代わりに、
「ジウを味方につければ、他の機甲闘士の多くも協力してくれるはずだ。彼女はそれだけの力をもっている」
「ヘルゲ様はそれを求めているのですか?」
ロランがヘルゲに任されたのはダニエレへの接触とジウへの伝言のみである。
伝言を預かりはしたが、その意味までは教えてもらっていない。
深い意味があることはロランにも想像がつくのだが。
「そのはずだよ」
ダニエレが答えつつ、近くにいた給仕に酒と料理を注文する。
「まぁ十中八九、ジウは断らないさ。それで僕のあとの仕事は……」
腕組みをして目を閉じた。
「エリシール王女殿下の行方を突き止めることだね」
「はい」
「これも大方見当はついてるよ。後は確認するだけだ」
「よろしくお願いします」
「ああ。任せてよ。ヘルゲ様にはお世話になったからね」
ダニエレがロランに笑顔を見せる。
普段はひどく印象の薄い男だったが、その笑顔はとても人懐こいものだった。
そうこうしている内にロランたちの席に酒と料理が運ばれてくる。
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