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悪役令嬢さんの逆ハーレム

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 スーっと感情が引いていくのが分かりました。さっきまで目の前の女性しか見えていなかった私の視界が一瞬にしてクリアになります。声をかけてきたのは、金髪の御令嬢といった風貌のお偉い方と思われます。一目でわかるくらい女性としての魅力が詰まっていますね。どこがとは言いませんが私に足りないものです。



「グ、グラティアさん」

 セリアさんの表情が余裕のないものに変わっていきます。

「ですからティアって呼んでくださいといつも言っていますのに」

 グラティアさんと呼ばれた女性は少しむくれたような表情を作ります。

「申し訳ありません。ですが平民の私がそのように呼ぶのは……」

 わざとらしくため息をついてグラティアさんは私の方に目を向けます。



「それで、そちらの方はどなたかしら?」

「転入生のサラ・クラークさんです。私が校内を案内していたところなんです」

「まあそれは楽しそうですわ。ぜひ、わたくしもご一緒させていただけないかしら?」

「いえ、メクレン家のお嬢様にそのような」

「お願いします!」

 セリアさんの言葉を遮り食い気味にお願いしました。たぶんというか確信に近いですがグラティアさんはなんらかのスキルか補正によってセリアさんのヒロイン補正を無効化しています。

「とても元気があって良いお返事ですわね。サラさん」

 ここであなたから離れることは私の敗北を意味します。



 今のうちにステータスを覗こうとしている私に新手が現れます。

「ティア、急に飛び出してどうしたんだい」

 整った顔立ち品のある声、ステータスを見たらすぐに納得のいく容姿でした。この国の王子にして天界より派遣された方ですね。

「おや、セリアさんとお隣の子は……」

「サラ・クラークです。本日、転入してまいりました」

 解除コードはまだ使うタイミングではないですね。転生者の二人もいますし。

「これはどうも。僕はオールス王国の第一王子、リンプス・ファン・デン・オールスです」

 礼儀正しい挨拶をされましたが、私は作法に詳しくないのでただぺこぺこ頭を下げるだけでした。



「おいおいいつまで待たせる気だよ」

 リンプス王子の後ろから現れたのは学院の制服をわざと気崩しガラの悪さを全身でアピールしていくスタイルの男子生徒でした。首でも痛めてるのでしょうか。首の後ろに手を当てた状態で近寄ってきます。



「ねーさん、なにかあったの」

 さらにもう一人、リンプス王子や首痛男子より少し背の低いおとなしそうというか従順っぽいイメージの男の子がきました。グラティアさんに駆け寄っていく姿はまさに犬……失礼、なついている……じゃなかった、家族のような距離感を感じます。



「あらわたくしったら。みなさんを置いて先にいってしまったのには理由がありますの……でもその前にご紹介しますわね。こちらのヤンキー崩れ……間違えましたわ、少し正確に難がありますが話せば意外と優しいわたくしの幼馴染のレデンですわ」

「誰がヤンキー崩れだ。ていうかヤンキーってなんだよ。俺はレデン・ツー・ヴィートだ。おまえとは腐れ縁ってだけだよ」

「レデンのことは置いといて、こっちが私のかわいい弟、ザブラ・フリード・フォン・メクレン。とってもいい子ですの!」

「姉さん。僕は弟として姉さんの力になりたいだけだよ」

 レデンさんと自慢の弟さんを紹介するグラティアさん。弟さんは頭を撫でられて上機嫌ですね。



「す、すみません。私用事を思い出しました。これで失礼いたします」

 続々と集まってくる人たちに耐え切れなくなったのかセリアさんが急ぎ足でその場を去っていきました。

「また、セリアさんに避けられてしまいましたわ」

「えーと私は……」

「ふふ、わたくしが案内いたしましょう。天界の天使様。ゆったりと話せる場所へ」

「へ?」

 グラティアさんから突然の天界という単語に頭真っ白です。

 彼女は不敵な笑みで私を誘うのでした。試しているような雰囲気でなく確信をもって言っているのが伝わってきます。

「わかりました。案内してください」

 断れるはずなどあるわけないです。



 私はグラティアさんと女子寮にある彼女の部屋まで来ていました。さすがに男子禁制のため他の方々には帰っていただいたようです。部屋はまさに貴族のお嬢様のためにあるような部屋で1人部屋なのに随分と広い。すこし気になったのは籠に入った一匹の鳥。漆黒で見たことのない品種、やたらと私の方を見てきます。

「さあ、こちらにいらして」

 ベッドに腰かけた彼女が隣に座りなさいとシーツをぽんぽん叩く。

「失礼します」

 隣に座るとニマニマ笑いながら私を見てくる視線は何かを企んでいるというのがひしひし伝わってきます。

「それでは何からお話いたしましょう」

「なぜ私が天界の者だと知っていたのですか?」

 まずはこれが分からなければ何も話せません。

「そこからですわね。簡単です。リンプス様から教えていただきましたわ」

「なぜ彼が……」

「仲良くなったからですわ」

 仲良くなったら自分の正体ばらしちゃう天使がいていいわけないでしょう。と昔の私なら言うのでしょうが。シンさんの時、私もある程度のことを人間の皆さんにばらしているので強く言えません。

「ソウデスネ、仲良くなったなら仕方ないですね」



 そこからグラティアさんはどうやって彼らと仲良くなったのかダイジェストで教えてくれました。

リンプス王子は親が決めた婚約者との結婚を望んでいなかったらしく、とあるパーティで物理的にぶち壊したそうです。それからなぜか王子と仲良くなっていったそうです。



 幼馴染のレデンさんとは喧嘩ばかりしていたらしいです。そんな尖った性格の彼は両親からも疎まれ、周りからも怖がられ孤独になっていたそうです。しかし、グラティアさんだけは気にせずいつも通り話しかけていたそうです。そしたらいつのまにかレデンさんはとげとげした性格が丸くなっていったらしいです。



 弟のザブラさんはあまり人と話すのが得意ではなくいつも一人で本を読んでいたらしいです。でもお姉ちゃんとして心配だったからいやがる弟を無理やり遊びに連れ出していたらしいです。いつしかしっかりとした子になりグラティアさんのフォローをするまでになったとどや顔しています。



「話だけ聞いているとまるで物語の主人公みたいなことしていますね」

「ええ、わたくし死にたくありませんでしたから」

「死ぬ?」

「そうですわ。ここはわたくしが生前やっていたゲームと似た世界。ゲームでの今のわたくしのポジションが悪役令嬢だったのですわ。知っていまして?わたくしの元ネタのキャラ全部のルートでヘイト抱えて、処刑またはヒロインの男に殺されるかの二択ですのよ」

「は、はあ」

 あの女神様ならやりかねない配役ですね。

「だから、わたくしは自分が死なないようになるべく皆さんと仲良くいたしましたわ。他者から恨みを買わないようになるべく印象が良くなるよう動きましたわ。それでも不安だったわたくしは暇な時間は体もしっかりと鍛えましたわ!」



 たくましすぎます。そしてすさまじいまでの行動力。これは強いです。

「なるほど。でもそれだけで天界のことをべらべらしゃべるわけ……」

 いや、ありえるかもしれません。恋は天使も人も盲目にします。私の元相棒も結局は恋ゆえにああなってしまいました。

 もしかして天界の者は恋に弱いのかもしれません。

「新人で初仕事って言ってた気がしますわね。天界から来たことを打ち明けていただいた時もキャラクターの性格が抜けてなくてあまり印象が変わらなかったのを覚えていますわ」

 ダグラさんやタンゾウさんがそうだったように役割になりきってしまうと天使としての性格にかなりの影響を与えてしまうみたいですね。これ上に報告しなきゃいけない案件では?



「さて、わたくしのことは話しましたわ。次はサラさんの番ですわよ」

「何が聞きたいんですか。もしかして私がここに来た理由とかでしょうか」

「それは特に気にしていませんわ。今更、天界から来られた方が一人か二人増えた程度で驚かなくてよ?それよりお願いがありますの」

「私にできることでしたら」



「セリアさんと仲良くなりたいのですわ」

 ああ、また面倒くさいことになりそうですね……
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