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セリアの気持ち

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 私は小さな村のごくありふれた平民の娘。幼いころに一度ショックな出来事があったはずなのだけどそれは今も思い出せない。でも、その時に私、セリア・イーベンスは青木聖だった記憶を取り戻した。
 記憶によればこの世界は昔やっていたゲームの世界に似た場所だというのが分かった。

 しかし、そこがいけなかった。私は境遇や才能からみてヒロインのポジションにいると思い込んでいたのだ。リンプス王子もレデンもザブラ君もすべて私とは出会わなかった。出会いを信じて続けていた私の中に最初から備わっていた天界の力と呼ばれる謎の力の修行やゲームで覚えていた各スキルの習得なども気づけばやることがなくなっていた。その時になってようやく私は家族以外と会話をほとんどしていないことに気づいたのだ。村の同い年だった子たちは私がスキル習得などに明け暮れている間に今更話しかけるのは難しい距離感になっていましたよ。

 困った私はゲームの舞台だった学院へ入学試験を受ける。学費などの心配をさせないために特待生で入ることを目指す。自身のステータス強化にほぼ青春時代を費やしただけあって一発合格、特待生にもなりここまでは私の思惑通り。だけど異世界はそこまで甘くない。
入学してから授業で目立たない日はなかった。

「平民と同じ授業を受けるなんて嫌よ。今度のテストで私が勝ったらあなた学院から消えてくださらない?」
 貴族のお嬢様からの先制パンチ。受けて立った私はそのテストで満点を取った。防いだなんだの言われこの話はなかったことになった。私は認められてこの人と友達になれるとか思っていたのに現実は何時もうまくいかない。

「何が特待生だ。平民が調子に乗るなよ」
 次は貴族のお坊ちゃん。その授業は実技の試合形式だったので、軽くひねるつもりやったら勢い増しすぎて壁にめり込んだ。一応死なないように回復スキルをかけてあげたのだが健康な状態で壁にめり込んで尻だけ見えているものだからとてもシュールだ。彼とはあれ以来口をきいていない。試合の後は友情が芽生えるとかそういうの期待していたのにやはり現実は私に厳しい。しかもこの試合は壁尻事件として学院の生徒たちの記憶に刻まれいつの間にか尾ひれの付いた噂が出回った結果、私の気分を害したものはもれなく全員壁にめり込まされるらしい。

 こうしていろんな授業でバラエティに富んだ怪事件を生み出し続けた結果、私には誰一人として近づく生徒はいなくなった……ある人物を除いて。
「あなた、わたくしのものになりなさい」
 初めて出会った相手のはずなのに私はこの人物を知っている。あのゲームに出てきた悪役令嬢様だ。名前は確かグラティア。
「聞いていますの?」
「聞いてます……ああ、ええと、いやです」
 人とのかかわりを求めた私だが、後ろのメンツを見て関わり合いになりたくないと思ってしまった。そこにいたのはあのゲームの攻略対象たち。みんな仲良くこの悪役令嬢を中心にグループを形成していた。視線だけでもわかる。こいつら全員、この悪役令嬢に惚れている。
ゲームをプレイし、ルートを見てきた私にそれは絶大なダメージを与えていた。
「なぜです!?」
「いや……なんかもう……無理」
 私はこの日初めてグラティアさんから逃げ出した。
 その後も彼女は何回も私に接近してきたが筋違いの怒りをぶつけてしまうのが嫌で頑張って避けた。

 そんなある日、職員室に用事で来ていた私に先生からお願いをされる。
「ティーチ先生が転入生の対応に向かったまま帰ってこないんだ。職員会議の時間だからと見かけたらでいい声をかけてくれ」
 私は思った。学院の生徒では誰しもが私の存在を知り距離を取っている。しかし、外部から入ってくる子ならどうだ。今の私を知ってもらえばもしかしたら……
 私は索敵スキルを駆使してティーチ先生の居場所を数分で見つけ移動する。
 気づけばもうティーチ先生のいる個室の前に来ていた。
「お話し中申し訳ありません。そこにティーチ先生がいらしたら少しよろしいでしょうか」
軽いノック。
「僕はここにいます。どうぞ入ってきてください。用件を聞きましょう」
 許可が下りたので早速中へ。

 そこにいたのはお人形さんのような印象を与え光を思わせる髪色のかわいらしい女の子。たぶん私よりも年下。この学院は実力さえあれば年齢は問わないのである。
 ああ、こんな子と友達になりたい。そう強く願う気持ちが力に変わっていく気がする。でも、スキルも加護も全く使用している感覚はない。
ティーチ先生の会話を拾い上げる。自己紹介しなきゃ。
「セリア・イーベンスです。よろしくお願いしますね」
 向こうも結構緊張しているのが声でわかった。
「ひゃ、ひゃい!サラ・クラークでしゅ」
とてもかわいらしい声が若干震えている。
「ふふ、緊張しているんですね。なれない場所ですし。ティーチ先生、よろしければ先生がいない一時間の間、私がこの子に学院を案内してもよろしいですか」
私は思い切ってこの子の案内を申し出た。少しでも話して好印象を与えなきゃ。

 案内しようと思ったらトイレに逃げられてしまった。サラさんは落ち着かない様子なのが気になる。まさかすでに私のうわさを聞いていてあんな態度をとっているのだとしたら申し訳なくなる。考え込んでいたら彼女はこれから魔王を倒しに行く勇者のような決意の眼差しでこちらに向かってくる。小さな手には何か握られている。私の興味はそちらへ向いた。
「友人から頂いた大事なお守りです」
「珍しい形ね。少し見せてもらってもいいかしら」
 友人という言葉がわたしの興味を一掃増幅させる。サラさんは一瞬戸惑うするようなそぶりを見せるけどすぐに笑顔で私にそれを貸してくれた。
「はうあー!」
 彼女の謎の叫び声が気になりまた視線をそちらに戻す。先ほどとはまた違う熱のこもった視線を感じる。目にハートマークが付いていそうなくらいの視線が私へとロックオン。
「あら、セリアさん。見慣れない方といらっしゃるのね」
 グラティアさんだ。振り返らなくても彼女の保有する魔力量で感知できる。
 その後ろからいつものグループがやって来た。私は頭が真っ白になり気づけばサラさんを置いて逃げ出してしまっていた。サラさん、本当にごめんなさい。
部屋に帰る途中、寮長に呼び止められた。今日から私の部屋は二人で使うことになる。正確には前も二人だったのが、三日でお引越しした話はもう心に封印したのにフラッシュバックしてしまった。しかし、寮長からこちらに新しく来るルームメイトの名前を聞いて私はうれしさで満たされた。

部屋に入るまでひと悶着あったけどサラさんが入るのを確認するとまず私は用意していた言葉を伝える。
「あの……ですね。私と友達になってください!」
 言えた。やっとこの言葉を言える相手に会えた。
「あーはい。よろしくおねがいします」
 そして何でもないことのように、それこそ挨拶に返事をするような軽さで私の言葉を受け入れてくれた。

 そこからは楽しいことの連続だった。一緒にお風呂に入ったり、御飯を食べたり。朝の弱いサラさんを起こしたり、一緒に登校して一緒の授業を受けた。歌で心を通わせる瞬間は幸福感の塊が押し寄せてきたようなものだった。授業の間の休み時間に楽しいお話もした。私の望んでいた学院生活がようやく始まったのだ……そう思っていたのに。

 サラさんはよくグラティアさんと一緒にいる。半分は私が逃げてしまっているから結果的にそうなってしまうのだけど。でも、その機会は徐々に増えていき不安の種が大きくなる。
ある時、サラさんが私から逃げるようにグラティアさんのところに向かうのを止めた。ここでサラさんを行かせてしまったら帰ってこないんじゃないかと本気で思っていたから。結果的にサラさんは私の言うことを聞いてくれた。ちょっと大胆な行動にもでてこっちまでドキドキしちゃったけどこれも友達のスキンシップだよね。

 翌朝はサラさんを起こし別々の授業へ行く。なるべくいつも通りに接してみるけどさすがの私もまだちょっとドキドキしてるから別々の授業はありがたい。
そしてお昼休み。サラさんと朝に待ち合わせ場所を決めていた学院の中庭。サラさんが午前の授業で料理を作ってくれると言っていたので今日は二人でそれを食べる約束をしたのだ。
「セリアさん、ちょっと話があります」
しかし、食事中に彼女は何事もないように話す。
「2週間だけセリアさんの部屋に夜の自由時間に通います。大丈夫です何も心配しないでください」
 笑顔で告げる彼女の言葉は私の不安を極限まで駆り立てた。
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