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曇天の心

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 せっかくのお昼、サラさん特製弁当を目の前にしているのに私、セリア・イーベンスは今まで感じたことのない不安を胸に抱いている。やはりサラさんに問いかけねばならない。
「なんでそういうこと言うの」
 ちがう、そうじゃないよ。でもなぜかその言葉が私の口から出ていた。完全にめんどくさい女だよわたし。しかも少し涙が目頭を潤し始めてる。感情の制御ができてない。昔の私ならそんなことなかったのにサラさんという友達ができてちょっと脆くなったのかな?

「えっと、その話せば長くなるうえにセリアさんに話してはまずい話なんです」
 《話》って単語多くない?たぶんサラさんも混乱しているのだろう。
「あのー、では話せる範囲でよければ話します」
 サラさんは何とか言葉を絞り出して妥協点を提示してきた。
「お願いします」
「実はグラティアさんに魔術を習う話になりまして」
「魔術?それだったら私だって」
 直情的になっているのか言葉にすぐに突っかかってしまった。これでは話が進まないと分かっているのに。
「いえ、グラティアさんとその・・・・・・ちょっとめんどくさい約束をしてしまったのです」
「めんどくさい約束?」
「グ、グラティアさんから告白まがいの言葉をいただきまして、それで断ったのですがちょっとあれこれありまして、2週間だけ夜の時間をくださいと言われ魔術の練習という名目の元グラティアさんに会わねばならないのです」
 断ってはくれたんだ。違うそうじゃなくて女の子同士だよ?グラティアさんは3人も攻略対象はべらせているのにまだ足りないの。
「そんな一方的な約束守る必要ないんじゃ」
「すみませんあれこれありましての部分でちょっと断りづらくなってしまって。でもそのあれこれだけはきかないで頂けると私が助かります」
 耳まで真っ赤にしてこちらの返事を待つサラさん、よほどの恥ずかしい事なんだろう。
「もう、仕方ないなー。でも私が一番のお友達だからね。わかった」
「はい、もちろんです。グラティアさんなんかに負けません」
 あれ?地球にいたころこれと似たようなセリフを聞いたことがあったような……
「と、とりあえずお昼ご飯食べようか。お昼休み終わっちゃうしね」
 細かいことへの思考を放棄し私はサラさんとお昼の時間を楽しむことを選んだ。

 夜、サラさんはグラティアさんのところに行っていていない。日課の友達のベッドへのダイブも今日は乗り気になれなくて1回しかやってない。
 いつ帰ってくるんだろう。夜もお話ししたいのにな……
「ただいま戻りました」
 サラさんが帰ってきた。私の体は自然とサラさんの方へと向かい抱きしめていた。
 サラさんすごい抱きやすい。あと服越しに感じる体温もすごくいい。ずっとこの状態でいれば多分無敵になれる。
「おかえり~さびしかったよ~」
「わわわ、セリアさん、近いです」
 恥ずかしいのかな。すごい慌ててる。私もこの間から自分が少し大胆になっている気はする。友達同士のスキンシップがどこまでなのか実は前世でもわからなかったなあ。
 つい、彼女のベッドの匂いと今の彼女に匂いが同じなのかを興味本位で嗅いで見たくなった。そう、興味本位なのであって断じて私は変態でも匂いフェチでもない。
 ん?ちがうにおうだ。正確にはサラさんのベッドと同じ匂いのほかにもう一人分の匂いがあるというか。
「もしかしてグラティアさんにも抱き着かれた?」
「ええと……抱き着かれたというよりは押し倒されました?」
 とてもつもないことをいいよる。
「まって、そういう不純な感じなの?え、サラさんおーけーしちゃったの?????」
 サラさんとグラティアさんがそういう関係になってしまった。そう考えただけで私はなぜか心が締めつけられる。
「違いますよ、ただベッドにふたりで寝転がっていただけです。何もやましいことはありません」 
「じゃあ、私とも一緒に寝て」
 明らかに狼狽するサラさん。
「しょしょしょ、しょれはちょっと早すぎるというか」
「グラティアさんとはできたのに私とはできないんだ」
「わかりました。どんとこいです!」
 サラさんは決心した表情だ。ただ一緒に寝るだけなのに大げさな気もした。
 その夜はなぜかいつもより快眠だった気がする。サラさんを抱いて寝るととてもきもちがよかった。

 二日目の夜、この時間は私にとっての地獄だ。サラさんが帰ってくるまで何も手に付かず不安でベッドに顔を押し付けることしかできない。サラさんの枕に顔を押し付けて心の安定を図っていると部屋のドアがひらいた。
「ただ……いまです」
 入ってきた彼女は手の感触を気にしているような動作だった。
「どうしたのサラさん、自分の手を見つめちゃって」
「いえ魔術の基礎訓練では手を絡めるようにして握るとか……すこし不思議な気分だっただけですよ」
 魔術の基礎訓練で手を絡めるように握る?そんなことした記憶がない。何か様子がおかしい。私の中に芽生え始めている謎の感情が成長していく。でもまだ今は抑えられる。
 私はそれを紛らわすように二人で軽い会話をしてその日は就寝した。

 三日目、サラさんからお昼にされた話によると今日の夜はずっと一緒にいられるらしい。ただお風呂の時間だけいなくなると言われた。一人で入るお風呂はやっぱり寂しい。でも夜は一緒に居られるし、とかプラスに考えるようにする。今日は私が部屋に戻るとサラさんが私を待っていた。
「お帰りなさい」
 サラさんはやっぱりグラティアさんのところでお風呂に入ったようだ。湯上りの火照りとまだ乾いていない髪は多少色っぽくも見える。
「ただいま……なんか新鮮ね。私がいつも待ってばかりだったから」
「そうですね。私もそう思っていたところです」
 こういう会話を一生していたい。でも気になって仕方ないことがある。
「今日は何をしてきたの?」
「今日はそんな大したことはしてないですよ。ただお風呂に入ってお互いの体を洗ったりしただけです。でもやっぱり圧倒的な力の前には私の無に等しいこれでは相手になりませんでしたよ。いえ比べるまでもなく敗北していましたしおこがましいというやつですね」
 だんだんと声のトーンが落ちていくサラさん。自分の胸に手を当ててなぜか無力を痛感してるように見えた。
「ですから、揉みしだいてやりましたよ。持つ者から持たざる者へのせめてもの抵抗です」
 手をワキワキさせながら虚しさを感じているような。とにかく今日の彼女は不安定だ。
「まあ、悪くなかったですよ。裸の付き合いってやつですね。前にトーカさんも同じことを言っていましたしそれの良さを改めて知りました」
 最終的にいい表情をしているサラさんを見て、また私の中に芽生えていた感情が成長していく気がした。

 四日目、私はお風呂でショックを受けていた。いままでサラさんとお風呂に入る時にこんな気持ちになることはなかったのに……
「サラさん……その下着って」
 そう、サラさんの下着が!いつも飾り気のないシンプルな無地の白の上下でそろえているはずのサラさんが!フリルの付いたかわいらしい下着を身に付けている。脱衣所でショックのあまり固まっている私にサラさんは少し恥ずかしそうにしている。
「えっと、グラティアさんに選んでもらいました。とても似合ってるって言ってくださいまして、お風呂上がりの下着をプレゼントされたんです」
 私の友達がどんどん他の人間に染められていく。まんざらでもないサラさんの表情がまた。
「へ、へーそうなんだ。たしかに似合ってるね」
「そ、そうですか。うれしいです」
 似合ってるのは確かなんだ。ただそれをさせた相手が私じゃないだけ。それだけのことなのにわたしの心に謎のダメージが入っている。
 だめだ、だめだ、こんな気持ちをまだ一週間以上も味わわなければならないなんて無理だ。
 
 そろそろあの人から逃げるのをやめよう。苦手を克服するきっかけなんて大抵は大したことじゃないんだ。わたしはたまたまサラさんの下着だっただけ。
 私は脱衣所で逃げ続けたことに向き合う決心を固めるのだった。
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