上 下
49 / 81

分身

しおりを挟む
あれから数十分後、シンさん達は時間切れで元の世界へ帰りました。クロムさんはシンさんとの同棲生活を満喫しているそうで、最後は笑顔でお別れしました。言えなかったお別れの言葉がこんな形で伝えられるとは思いもしませんでした。



「それでどうやって私を助けてくれるんですか」

真面目な話、先程は雰囲気にのまれてしまいましたがちゃんとしたプランを聞かなければ安心できません。

「たぶんそろそろ来ると思うから……まあ、話し合いでしょうか?」

 その言葉からすぐに、この部屋に新たな人物が本当に来ました。貴族部屋の入り口はティアが念入りに三重くらいの魔術式でロックしているはずなのに速攻で解除され中への侵入を許しました。

「やあ、サラさん。おや懐かしい顔もいますねえ」

 入り口から堂々と入ってきたのはティーチ先生でした。しかし、最初のころの少しぬけている先生といった印象と今の彼はまるで違います。オーマさんを見る目には鋭さがありました。

「まったく無粋な方、でもようやく本体がきましたわね」

 ティアの言葉の意味が私にはわかりません。

「いままで自分の分身は幾度となくあなたに篭絡されかけましたからね。まったく切り離すの大変なんですよ」

 ああ、なるほどスキルで分身を作り出せるのですか。すごいですねティーチ先生。あれもしかして私の今まで見ていたティーチ先生の情報は全部分身だった可能性もありますよね。

「うそをつきなさい。わたくしに何の情報も与えず、仲良くなったと思った次の日にはけろっとした顔で距離をリセットされ続けた回数約10回、それだけの回数こなせている時点で切り離すこと自体は容易なのでしょう」

「代わりにこちらは分身との情報共有ができなくなるのですからお互い様でしょう」

 ティアは常に何かと戦っている気がします。それにしても10回も恋をしているというのはティーチ先生、結構ちょろくないですか?二日の女こと私が言えた義理ではありませんが。

「恋に落ちた先生はかわいかったですのに。今回、あなたを落すことができればその先が見られるのかしら」

「分身にはとある記憶を入れていなかったのですよ。本来の自分はそう簡単に恋になど堕ちない。生涯愛したのは一人だけだ」

「あらあらその割には随分と慎重になられていたのですね」

「万が一に備え保険として分身を使用していたにすぎません。さて、少し時間をかけなければいけませんね。先生として生徒がいけないことをしていたら注意をしなければいけませんし。あなたたちはここで何をしていたのですか。さあ先生に話してください」

 ティーチ先生が薄気味悪い笑顔で教師としての力を振るってきます。

「何もしていませんわ。ただちょっとだけ刺激的なスキンシップをしていたにすぎませんわ」

「あれをちょっとというのですかティア」

 私はあの時の出来事を思い返して少しだけ体温が上がった気がします。襲われるのと魔王の件の順番が逆だったら受け入れてしまった可能性まであります。

「あなたには聞いていません。サラさんお答えください。解除コード105すべて話しなさい」

 あ……口が勝手に。

「天界のサポートに入ります」

「サラさん、いけませんわ」

 ティアが私の体に何かをしている。解除コードの強制力を弱らせるためにスキルを使用しているのかもしれません。

「私は貞操の危機を感じたため天界から支給されたペンライトを使い勇者シン、霧の魔物の集合体クロムを地球より召喚。その後、勇者シンの気配察知により魔王オーマの生存を確認。オーマはアルリス様が私を次の魔王にすると言いティアはそんな私を救おうと頑張ってくれようとしていました」

 ようやく、体が自由になりました。今は口も自由に動かせそうです。



「なるほど、オーマ君がここにいる理由がよくわかりました。まったくあなたは存外しぶとい」

「ティーチ……なんでだよ。なんで」

 ティーチ先生とオーマさんは知り合いのようですね。でも、オーマさんは少し悲しそうな顔をしています。

「なんですかその情けない顔は。言ったじゃないですか。僕は出世したいのですとね」

 この言葉を吐いたティーチ先生の顔はとても優しい。なのにとても冷たい。そう感じさせる表情をしていました。

「俺はお前とだったら天界を捨ててもいいと思ってたんだ。あの時お前だって俺と同じ気持ちだったじゃないか!」

「あなたと話すことはもうありません消えてください」

 ティ-チ先生がぱちんと指を鳴らすとオーマさんが苦しみ始めました。

「まったく仕方ありませんわね」

 どこから取り出したのかティアの手には小刀が握られていました。それで何かを斬る動作をしたようですが私には見えません。

「すまねえ。久々にあいつのこと見たらどうもだめだ」

 オーマさんの苦しさがなくなったようです。もしかするとあれはシンさんと同じくスキルを斬ったのでしょうか。

「皆さんで盛り上がっているところすみません!いま、一段落したっぽいので何があったのか教えていただけませんか!?」

 こういう謎だけまき散らかされるのは嫌いです。後置いてけぼりなのも。

「おや、もう解除コードによる力が切れてしまったのですか。仕方ありませんね。まだあなたは同僚です。これからこういうトラブルに遭ったときに対処できるように簡単に説明してあげましょう。そこのオーマという男は僕と共にこのバニラで勇者の仲間をやっていたのですよ。ですがある時、不運にも我がパーティの勇者が魔王を倒してしまいましてね、魔王討伐の報を受け天界の判断は世界のバランスのために天界の誰かを再び魔王にといった感じです。僕はその話を聞いた時、ちょうどいいやつがいると思い私の出世を条件にオーマを差し出したというわけですよ。もちろん本人には内密に事を進めました。表向きはとても仲のいい親友同士を演じたのです。こんなにうまくいくとは思いませんでしたよ」

 とても歪な顔で笑っています。この方は本当に天使なのでしょうか。まだダグラさんのほうがましです。

「違うだろ。俺と約束をしたのは分身の方だったんだろ?だからリセットして本体のお前が」

「ああーそうですか。なるほどこれは愉快。そうですねリセットしましたよ不出来な偽物は」

「何がそんなにおかしいのですか」

 ティアが本心から怒っているのが分かります。

「なるほど、グラティア!あなたの入れ知恵でその結論にたどり着いたのですか。存外あなたも性根は優しいのですね」

 あの笑い方引っかかりますね。でも今の話を総合して私はなぜだか頭が冷えていてただ違うのだなと思いました。

「つまり、あなたが分身なのですね?」

 私のつぶやいた言葉はそこにいた全員に届いていたようで注目を集めてしまいました。

 そしてティーチ先生は私の発言にまたあの歪な笑顔を向けてくるのでした。

しおりを挟む

処理中です...