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場酔い

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「あああああああああ」
人吉君の絶叫が部屋の中で響きます。何をされたのか、なぜそんなことになっているのか。わからないでしょう。いまだに私も妖精さんというやつが見えているわけではないので不明な点が多いです。しかし、現実として人吉君の右腕はありえない方向に曲がっています。
攻撃されていることを認識してすぐに駆け寄ってくる女子生徒C、ですが治癒系のスキルを発動する前に何かに足を取られます。
「え?いや、なに、やめて」
「妖精さん、それもっていっていいよ」
 そしてそのまま足を引っぱられているようです。徐々に加速していきそのまま窓を割り外へと強制的に連れ出そうとしている勢いです。何とか助けようと女子生徒Aが彼女の手を掴もうとしますが、あと少しが届かなかったようで、窓に吸い込まれるように女子生徒Çはこの場から退場しました。窓の割れる音、彼女の恐怖に歪む顔は並のホラー作品より見るものに恐怖を与えます。

この一連の流れは以前に見たことがあります。山でチョウタ君がクラスメイトを襲撃した際に妖精さんにやらせた行動と似ていますね。ただあの時とは違い、加速していました。これは彼の加護が成長しているのか元から妖精さんには備わっていたのか。どちらにしても敵に回したくないです。
「回復役を最初に排除するのは鉄則だよ」
 チョウタ君の言葉にはクラスメイトへの配慮とかそういうのは一切感じられず純粋に排除したかったのでしょう。作戦としては間違っていないのですが……
「チリをどこにやった。あの子は無事なのか」
 肩を抑えながら人吉君はチョウタ君に問いただしています。
「チリってさっきの子だよね?実は僕にもわからないんだ。妖精さんにそれを使って遊んでいいよって言っただけだからさ」
「ああ、そうか。ならもう動くな。お前を固定する」
 目になにかしらの力が籠められるのが確認できます。魔眼と呼ばれる類のものでしょうか。
「あれれ、うごけない?金縛り?」
 金縛りならば多少震えるような動きがあるのですがチョウタ君は頭部以外ピクリとも動きません。
「固定したんだよ。お前を」
 右腕を抑えながらチョウタ君にふらふらと近づいていきます。ステータス開示、固定というスキルについてみてみます。取得したのは山に住む龍を討伐した時に得たもののようです。金縛りや停止と同系統の効果ではありますがこちら加護ではなくスキル。触れた対象を固定するスキルですね。魔力の消費量も結構少なめです。もう1つは目に見えるものを固定するスキル。広範囲と射程の長さから魔力を大量に消費するスキルみたいです。どちらも対象を固定し好きに解除できる。固定された対象は肉体的に固定される。固定する時間はそのもののスキルレベルに依存し1年以上固定することも可能。固定する時間を気にせず相手を止められるので最高の所初見殺しです。
どうしましょう。チョウタ君を助けたほうがいいのでしょうか。
「サラ、私達いつ出ればいいの?」
 横で一緒に覗いていたセリアが不安そうな顔でこちらを見ています。
「私もかなりタイミングを失っていると思うのですが今出るのも……なにか違う気がします。もう少し見ていましょう」

「妖精さん、外してもらえるかな」
 その言葉だけで固定は解除されました。妖精さんは何でもできるんですね。
「化け物だな……アサギ、ヨー、馬場。ちょっと遠回りかもしれないけど来た道を戻ってチリを迎えに行ってくれないか。ここは俺が引き受ける」
 人吉君は主人公補正でももっているようなムーブしてきますね。
「でもそれじゃあ人吉は」
 女子生徒Aがヒロインっぽいムーブ……ではなく、彼を一人置いていくことが心配のようです。
「いいいから行ってくれ。お前たちしか頼れないんだ」
「行こうあーちゃん」
 女子生徒Bの顔に迷いはなく女子生徒Aを真っ直ぐ見ていました。
「……わかった」
 女子生徒A,Bと幼女がこっちに来ますね。
「どうしましょう。セリアさん」
「サラ、ちょっとおとなしくしててね」
 セリアさんが私を抱きかかえました。
「天翼」
 《天翼》は一定時間飛ぶことのできるスキルですね。セリアの背中に羽が生えそれはまるで天使のようで少し見とれてしまいました。これで天井まで飛んでやり過ごす作戦のようです。
「ありがとうございます」
セリアは転移系スキルばかり使っている印象なのでこういった移動系のスキルを使えるのをついつい忘れてしまいますね。反省点です。
女子生徒たちは状況が状況なようでこちらに気づく様子もなく通り過ぎていきました。ですが一瞬だけ幼い女の子がぴたりと止まりこちらを見ています。ピンチです。ですが何を言うでもなく渡り廊下の隅にある非常用の階段を下りていきました。それを見届けてから 私たちは慎重に元の場所へと降りました。



「それで君はどうするの。このままやるっていうんならしょうがないから、相手してあげるけど命が惜しいならそのまま帰ったほうがいいよ」
「そうだな。絶体絶命だ。ピンチだ。得体のしれない力を前にしてなすすべなく倒されそうになる。仲間に託したものもある……ふぅ、完璧だ」
 腕がいかれているはずなのにまるで元に戻ったような錯覚、何かのスキルでも使ったような足の速さ、一瞬でチョウタ君との距離を詰めます。その間に3回何かを殴り飛ばす。

「妖精さん!?」
 見えない何かを固定しています。スキルの使用からそう判断しただけですが。
 そのままチョウタ君の顔面を気持ちのいい右ストレートで振りぬきます。
「ぶえっ」
 情けない声と共に殴り飛ばされるチョウタ君はすごい勢いで壁に叩きつけられました。

「ああ……いい気分だ」

 ステータスを見て確信しました。今、人吉君はこの場の空気に酔っているようです。
「どうして、なんで、妖精さんが見えないはずじゃ」
「見えないし気配は感じない。だから適当に殴った」
「何を言ってるんだよ」
 チョウタ君の日頃の言動の方も何言ってるんでしょうと思いますよ。
「僕の加護である場酔いは、あらゆる現実を改変する。この場で主人公と思えたなら、自分がそうであると確信できたなら、見えなくても感じ取れなくても攻撃をすれば必ず当たるし、最後に笑うことができる。君たちがはずれといった加護の力だよ」
 本来、お酒の席で飲まなくても場の空気だけで酔うことができるだけの加護のはずがどうしてここまで極大介錯されてしまったのでしょう。異世界転移者や転生者は加護の力を成長させやすいとは思っていましたがここまで性質が変わっているのは初めてみます。

「妖精さん……妖精さん……妖精さん」
 
チョウタ君がうわごとのように妖精を呼んでいます。辺りに不穏な空気が立ち込めました。
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