めんどくさがり屋の第七皇子とかわいくないと噂の第一王女の結婚について語ろう

春日あまね

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第一章

20,一夜明けて - ②

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 扉が閉まった途端に、退室を見送るためずっと下げていた頭を上げたヨアンナが、ルージェに素早く向き直った。
 主従の二人のやり取りがよほど面白かったのか、ヨアンナは興奮冷めやらぬ顔になって話し始めた。

「想像と違うお方でしたね」
「ね。お可愛らしいところもおありなのよ」
「可愛いというより、駄々っ子? でしょうか」

 ヨアンナ節が息を吹き返した。
 言い得て妙な言い方に思わず、ルージェは吹き出す。

「ぷっ……。繊細なところもおありだから」

 笑いをかみ殺してルージェは答えた。
 その返答に、疑い深そうに一呼吸置いてヨアンナが言う。

「………気を付けます。補佐官様の方が怖そうでしたね。礼儀正しくて、間違いなく引く手数多のお顔立ちでいらっしゃいましたけれど」
「あら?」

 ルージェから揶揄される雰囲気を感じ取って、慌ててヨアンナが否定した。

「王国における世論ですよ! 一般論です。客観的に見て、です!」
「ふふ、そういうことにしておきましょう」

 確かにヴォルデマーは、瞳の色が赤いことを除けば、襟足長めで真っ直ぐな髪質の黒に近い濃紺色の髪や、切れ長の目が特徴のすっきり整った顔立ち、リーンハルトより少し高い身長に綺麗そうな筋肉がついている体躯など、どれをとっても王国へ行けば女性達が放っておかない容姿をしていた。

 普段は人の姿形などあまり気にしないヨアンナが口にするのも無理はない。
 帝国では王国と違い色々な容姿の人達を見てきたので、余計にそう感じたのかも知れなかった。

「それよりもお支度を急ぎませんと」
「そうね」

 二人は真顔に戻って頷き合い、着替えのために隣室へ急いだ。
 
 
 
 
 
 
       *   *   *







 皇族の中で最後に控えの間に入ったリーンハルトとルージェは、腕を組んでいた。
 結婚後皇帝への最初の謁見では、それが仲睦まじい様子を演出するための恒例となっている。

「リーンハルト第七皇子殿下、並びに、ルージェ妃殿下のご入場」

 先触れを受けて、控えの間からリーンハルトとルージェが謁見の間へとゆっくり歩を進めた。

 昨日の式は途中で中断してしまったので、他皇族との正式な場での初顔合わせに緊張していたのか、呼ばれて歩き出した瞬間ルージェは顔を強ばらせた。

 かけ声を後に謁見の間の扉を通った早々、二人は一斉に大量の視線を受けた。
 その視線のすべてが、すぐにルージェに集中した。
 
 集中したと同時に、謁見の間の時間が一瞬にして凍り付いたようになり、張り詰めた空気が部屋に充満した。
 
 皆の視線を一身に浴びながら歩き始めてまもなく、天窓から差し込んだ光がルージェの金髪とリーンハルトの銀髪に反射し、明るくあたたかく大きく広がった。
 しかし、場の空気は簡単に溶けてはくれなかった。
 
 登城の馬車の中で、おそらく好奇の目に晒されるであろう事の注意はヴォルデマーから聞かされていたものの、予想以上だった。
 ルージェが皇族や大臣や主立った貴族達の前に素顔を晒すのは初めてであったので、皆が興味津々であったのだが、その姿を見た途端に視線が強い驚愕に変わっていたのだ。

 特にヤヴィスの視線が、驚愕の表情から憤慨と嫉妬の表情に変わっていったのをリーンハルトは目の端で捉え見逃さなかった。


「昨日は大義であったな、リーンハルト」

 リーンハルトが挨拶の口上を述べる前に、父親らしい言い方で皇帝ディデリック自らが珍しく先に声を掛けた。

「儀式は滞りなく無事にすべて終えられたか」
「はい、陛下。つつがなく。お心遣いを賜りありがとうございます。ゆっくりと休ませていただきました」

 それを聞いてヤヴィスの目が粘着力を持って光った。

「そうか。それは重畳。以後も皇族としてふさわしい行動を心がけよ」
「深く心に刻みます」

 リーンハルトの返事を聞くと、ディデリックはルージェへ視線を移した。

「………ルージェも大義であった。来国して早々、心安らぐ暇もなかったであろう。大変な思いをさせた。リーンハルト、よく労ってあげなさい」

 ルージェとリーンハルトを交互に見てディデリックが言う。
 そのあと何か含むようにリーンハルトを見ながら一呼吸置いた。
 そして再びルージェを凝視した後、リーンハルトを見て確認するように言った。

「……しかしこんなに見目麗しいとは。聞いていた話とは違うな。……リーンハルト、嬉しいであろう」

 リーンハルトに肯定の意を期待し促す口調だった。


(私が……見目、…麗しい?)

 ディデリックが放った言葉に、ルージェは違和感と疑問を覚えた。
 初めて聞いた言葉に、思わず眉をひそめ表情が崩れそうになったが、誰でもないこの国の皇帝の面前なので堪えた。
 いつもならば何を言われても表情なんて動きはしない。やはり緊張しているのだろう。
 そしてすぐに、帝国流の自分が経験したことのない新たな嘲笑の仕方なのかしら? と思いつく。
 ヴォルデマーも好奇の目に晒されると、言っていたではないか。

「はい。陛下には心より感謝申し上げます」

 すんなりと認め答えたリーンハルトの姿に、ディデリックの言外の意味を感じ取っての事だろうとルージェは思った。

「そうかそうか。しばらくはゆるりとするがよい」

 返答に満足したのかディデリックは機嫌良く頷き、それから表情を一変させて威厳のある声で言った。

「では宰相、始めよ」
「かしこまりました」

 頷いた宰相が詔書の巻物を紐解き、広げた。神妙な顔で読み上げる。

「皇帝陛下よりの詔書である」

 そこで宰相は声を張り上げた。

「ワーレン第二皇子の内乱画策を受け、第二皇子は皇籍剥奪、皇位継承権剥奪、廃嫡とする。
 正式な裁定は、法務省に一任するものとする。身柄はバース監獄に置く。
 それに伴い以下の通り、第二位以下の皇位継承順位を繰り上げるものとする。
 第二位、ノアナ第三皇女。第三位、シャルロッテ第四皇女。第四位、ボードー第五皇子。第五位、ネフェン第六皇子。第六位、リーンハルト第七皇子。第七位、ツェツィル皇弟大公。綱紀粛正をより徹底せよ。
 次に、ヤヴィス第一皇子立太子の儀は混乱が静まった後に行うものとし、来月より先に延期するものとする……」
 




 二人が謁見の間を出ると、ヴォルデマーが待機していた。

「リーンハルト様、レイテ長官より呼び出しがありました」
「また呼び出し? めんどくさいなー」

 丁寧に一礼して二人を迎えたヴォルデマーに、リーンハルトは不服そうに言った。

「はい。ぜひ、妃殿下もご一緒にとの事でございます」

 ヴォルデマーがルージェを見て言う。
 ルージェはその視線を受け、うなずいた。
 リーンハルトは二人の様子は気にも止めず、なげいた。

「はー、嫌な予感しかしない。僕、昨日なにか、失敗した?」
「私には分かりかねます」

 ヴォルデマーはいつものことと、淡々と対処する。

「しかたないなぁ。…じゃあ、ルージェ。行こっか」

 リーンハルトがルージェに視線を向け、言葉とは裏腹に心底行きたくないという顔をして言った。

「次は、魔法省だ」






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