春の庭

おとや

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仮初の春の中で

001 魔力を持った少女

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醜い異形の化け物は人を食う。
人々を異形の化け物から守るため、魔物討伐を生業とする一族がいた。
彼ら月華の一族は、強い魔力を先祖代々引き継いでその力で戦った。
けれど、強い魔力は命を削る。
一族の中でも特に魔力の強かった春はその力のせいで体も弱く、20歳まで生きられないと言われていた。
けれど、不思議と悲しくはなかった。
春には、幼なじみの和臣がいたからだ。

月華の一族は短命ゆえに、少女の頃に母親になる者も少なくない。それは春も例外ではなく、16の誕生日を迎える頃、春は和臣との結婚が決まっていた。
魔物を倒すための大切な力、けれど婚約者の和臣はほとんど魔力を持たなかった。
後ろ指を刺され、落ちこぼれだとバカにされる和臣の心の支えとなったのが、春だった。和臣は春を守るために強くなった。毎日、毎日、剣の腕を磨いて剣術で彼の右に出るものは居なくなった。

それでも、魔力を使った攻撃をされると、やはり仲間には勝てない。和臣は自分の命を魔力に変える方法を調べた。他の仲間達が短命であるように、自分も命を犠牲にすれば強くなれるのではないか??
けれどそんな都合のいい方法は見つからなかった。
時間は流れ、月華の一族で最弱の少年は、18歳のとき2つ年下の春と結婚した。

春は努力家で優しい和臣のことが大好きだった。
和臣もまた春のことを誰よりも愛しく思っていた。幸せな日々がそこにあった。
けれど、日常の中で春は次第に弱り子供を生む事は叶いそうになかった。それどころか、春の命までもが危なくなってきた。春の寿命はすぐそこまで来ている。そのことを、春はちっとも悲しいとは思っていなかった。最後まで和臣が側に居てくれると分かっていたからだ。
一方、残される和臣は割りきる事など到底出来そうもなかった。最愛の春がいない世界、考えただけでぞっとする。春は和臣にとって世界の全てだった。
和臣が19歳になる頃、和臣は春と一緒に住んでいた小さな家に結界を張った。そして、春をその中に閉じ込めた。春はその頃には起き上がるのも難しくなっていた。塀に囲まれた小さな庭には一本の桜が咲いていた。美しく咲き誇る満開の桜は、けれどいつまでも散ることはなく、春の容態も変化がなかった。季節が移り変わっても、桜は散らなかった。家の外は肌寒く、紅葉の美しい季節となったが、それでも庭の桜は咲き続けた。
「和臣さんと出会えて幸せだったわ。本当にありがとう。」春は毎日、会話の最後に同じ言葉を繰り返した。死の覚悟はとうに出来ていた。けれど春は死ななかった。それどころか、体力が回復しているようにさえ感じた。
本当は、温かい季節は既に終わり、季節は巡っている。そのことを春が知ったのは、廊下に落ちていた紅葉に違和感を感じたからだ。
一族の総会が開かれたある秋のこと、春は握りこぶしぐらいあるつやつやした石を和臣の部屋で見つけた。
幼い頃見たことのあるそれは、持ち出してはいけないものだと春は知っていた。
(何でこれがここにあるの・・・??)
廊下で見つけた紅葉、満開のまま咲き続ける桜、和臣の部屋にある石、今なお生きている春。
最悪の考えが頭をよぎる。
まさか、まさか!!
(和臣は、私の回りの時間を止めたの・・・?)
魔力を持たない和臣になぜそんな事が出来たのか。
(早く、この石を元の場所に戻さないと!!)
春は羽織を着ると、石を大事に持って家の外に飛び出した。
春が走り去った後、春の庭に咲く桜はぼろぼろと崩れ始めた。
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