陰キャ男子にスポットライト〜憧れの王子様を探して舞台に上がります〜

おとや

文字の大きさ
1 / 6

1 すべてのはじまり

しおりを挟む
 オープンキャンパスが開かれたのは夏の暑い日だった。晴れた空にはもくもくと掴めそうな大きな雲が浮かんでいて、蝉が延々と鳴いていた。じっとりとかいた汗で服が身体に張り付く。気持ち悪いと感じるよりも、弾む気持ちの方が勝った。憧れの葉佐高校は難関校として知られている。新しく建て替えられた硝子張りの校舎は近代的で、キラキラと輝く新生活を連想するのは容易かった。制服もカッコいい。ブレザーは紺色でズボンも同じく落ち着いた紺色だ。ネクタイは深い赤で、黒のラインが知性を感じさせる。校舎の中もピカピカだった。氷上玲音ひかみれおんの兄、氷上莉音ひかみりおんは第一志望だった葉佐高校をさらりと合格して、現在高校二年生、学生生活を謳歌している。葉佐高校は人気も高くて倍率も凄い。同級生で、いや受験生で葉佐高を知らない奴なんて居ないんじゃないかとさえ思う。そんな人気校の話を同級生たちとするたびに兄の話になり、「玲音の兄ちゃんすげー! 」となり、「兄弟なのに似てねーな」となり、どうあっても優秀な兄と比べられるので、そのうち玲音は葉佐高の話をしなくなっていった。
 大量のパンフレットを渡されて、一緒に貰った不織布の手提げ袋に全て詰め込んだ。オープンキャンパスに来た他校の中学生たちに続いて体育館に入った。学校紹介で一番最初に演劇部が短い劇をすると言う。司会の学生がマイクを片手にはっきりとよく通る声で話し始めた。
「この劇は私達演劇部が考え、そして演劇部で上演する、私達だけの劇です。興味がある方は一緒に物語の世界を作りましょう! それでは、上演です」
 玲音は目を輝かせた。心が弾む。久しぶりに気持ちが上を向く。幕が開いて一人の女性がボロボロの服を纏い立っているのが見えた。

 彼女の名前はシンデレラ。売られるように政略結婚が決まった彼女に舞踏会の手紙が届く。彼女は婚約者がいる身でありながら、最後の夢を見るために魔法使いの力を借りて舞踏会に行く。魔法の効き目が無くなるから、十二時までに戻るようにと言われて。シンデレラが参加した最後になるはずの舞踏会で、王子がシンデレラを見初めてしまう。シンデレラを心から愛していたがそうと伝えられず金で買うような真似をしてしまった婚約者は焦った。酷く後悔した。あぁ、もうすぐ、王子がシンデレラを見つけてしまう……。

 目の前で繰り広げられる劇は鮮やかで、登場人物全員がキラキラと輝いて見えた。ストーリーに引き込まれて、見れば見るほど続きが気になったけど、物語は途中で終わってしまった。オープンキャンパス用のショートバージョンだったらしい。
 玲音はますます葉佐高に行きたくなった。ここなら今までの自分を変えられるかもしれない、そう思った。入試まであと半年。玲音の中で何かが変わろうとしていた。

 玲音が学生生活が息苦しいと感じるようになったのは、中学二年の終わり頃だった。仲の良かったクラスメイトたちに亀裂が走ったのは、玲音と仲が良かった木嶋崇矢きじまたかや、その妹である咲良さらが原因だった。彼女は誰もが認める美少女だった。サラサラの長いストレートヘアは後ろで一つに括られ、細身の身体は抱き締めると折れそうなくらい華奢だ。目はぱっちりとしてまつ毛は長く、肌は白くて滑らかだ。笑うと天使のように愛らしく、その場にいるだけでキラキラと輝く彼女は一瞬で男子校の生徒たちを虜にした。誰もが彼女を目で追い、自分の彼女にしたいと意気込んだ。
 玲音の通う男子校では、勉強が出来る事は当たり前で、クラスのカーストは彼女の有無で決まった。誰が他校の女子と仲が良いのか、誰が何人と付き合ったか、そんな事で上下関係が決まった。
 咲良は、玲音の通う男子校の隣の共学校に通っていた。帰り道に玲音と崇矢に遭遇する事が度々あった。それを見たクラスメイト達によって「崇矢に美しい妹がいる! 」と噂は瞬く間に広がっていった。咲良は一目惚れしたという玲音のクラスメイトたちに、次々と告白される事になった。学校が違うのに。接点だってほとんどないのに。下校時にたまに見かけるというだけで、彼女は追いかけ回される事になった。まさに地獄絵図だ。学校から注意が入ったほどだった。
 そんな咲良は玲音にだけ心を開いていた。玲音には彼女という存在がいまいちピンとこない。咲良は可愛くて素敵な女性だと思ったが、好きかと問われると良く分からなかった。だから、普通に会話したし、いつだって適度な距離にいた。それが、咲良にとっては紳士的に見えたのだろう。
 咲良は玲音に告白した。「付き合って欲しい」と、花が咲いたように眩しい笑顔をその時ばかりは緊張で引き攣らせて、彼女なりの精一杯の言葉を紡いだ。だからこそだ。玲音は彼女の想いに応える事が出来なかった。同じだけの熱量を返せないと思ってしまった。玲音は咲良を振った。玲音にとっての誠意だった。けれど、玲音が振ったのはクラスメイト達が憧れ続けた高嶺の花だ。お前はなんて酷いやつなんだと、その日からクラスメイトたちの逆恨みによる嫌がらせが始まった。
 唯一の味方だった崇矢も、玲音の志望校判定がBに繰り上がると急に冷たくなった。自分の方が優れているという気持ちが、崇矢にあったのかもしれない。居場所を失った玲音は逃げるように勉強に打ち込み、成績はメキメキと伸びていった。その事がまた崇矢の気に障り、他の生徒たちもよく思わなかった。



 空からはらりと雪が舞い落ちる。吐く息は白く、ふわふわした手袋をはめた手で小さなお守りを握りしめる。
「行ってきます」
 鍵を掛けて玲音は一歩を踏み出した。浅く降り積った雪が歩くたびにサクサクと音を立てる。
 受験票は持った。鉛筆も消しゴムも余分に持った。心臓がドクドクと煩い。この日の為に必死で勉強した。どうしても葉佐高校に合格したかった。お受験を経てようやく入った中高一貫の男子校は、普通ならストレートで上がって高校生になるが、もうあんな奴らと一緒にいたくない。だからといって偏差値の低い高校に行くわけにもいかない。絶対に親が許してくれない。ここより上の偏差値の高校といえば葉佐高しか無かった。この受験に文字通り玲音の人生が掛かっていた。
 自宅から少し離れた場所に受験会場に向かうバス停がある。そこからなら乗り換えずに一本で行ける。玲音はよく知る道をドキドキする心臓を押さえて少し早足で歩いた。時間はたっぷりある。急ぐ必要も無かったけれど、どこかソワソワして落ち着かない。雪が舞い散る朝の道路は人の姿も殆ど無く、車通りも少ない。信号を渡ると目の前に目的のバス停が見えた。あと三十分くらいでバスが来る。時刻表も前もって確認した。曜日も時間も確認した。抜かりはない。全て上手く行く……そう思ってバス停に向かっていると背後から甲高い悲鳴のようなブレーキ音と、何かにぶつかるような大きな音が聞こえた。思わず振り返った玲音の目に飛び込んで来たのは、今まさに交通事故を起こして潰れた車とすぐ傍に横たわる女性の姿だった。
 心臓がどくんどくんと早鐘を打つ。思わず駆け寄ると、女性は頭から血を流していて、車の運転手もだらりともたれ掛かるようにして意識を失っていた。周りには誰も居ない。早く人命救助をしないと。焦りと不安が迫り上がってくる。玲音は携帯で119を押した。血が流れていく。止血しないと。女性の傷口にハンカチを押し当てる。これで止血になっているのか?運転手の方はどうだろう。ようやく繋がった救急に懸命に状況を伝えようとする。長い時間が経った気がした。あぁ、急がないとバスが来てしまう。けれど、人の命が掛かっている。目の前の人を見捨てていけるはずも無かった。玲音の目から涙が溢れた。あれだけ必死に勉強して、絶対に合格したいと望んだ葉佐高校が遠退いて行く。全ての努力が崩れ落ちて、目の前が真っ暗になった。でも、人として、この人たちを見捨てる訳にはいかない。そんな事出来ない。震える唇を噛み締めて溢れる涙を拭う。その時だった。

「どうした!? 大丈夫か? 」

 視界に映る年若き青年は、憧れの葉佐高校の制服を纏っていた。

「今日受験で……交通事故が起きて……」
「行け、俺が代わる」

 強い意志を宿した瞳で彼が言った。

「でも……」
「いいから。あ、そうだこれやる。絶対合格しろよ」

 玲音の手のひらには神社のお守りがちょんと乗っていた。彼は柔らかい笑顔で手を振る。

「ありがとうございます……! 」

 玲音はそれだけ言って深くお辞儀すると、お守りを握りしめて走り出した。ちょうど、受験会場に向かうバスがこちらに向かって走って来るのが見えた。玲音が乗り込むと、バスはすぐに走り出した。窓から先ほどの青年が見える。合格すれば、先輩になるであろう人。玲音の窮地を救ってくれた人。名前も分からないけど、合格すればきっと会える。握りしめたお守りには何故か『安産祈願』と書かれていた。
 あれだけ煩かった心臓の音も落ち着いて、受験会場に着く頃にはいつもの冷静な自分に戻っていた。静かな闘志を燃やして、あとは今までやって来た事を全て出し切るだけだ。受験会場の硝子張りの美しい校舎が玲音を迎え入れた。


 結果は三月に葉佐高校の掲示板に張り出された。手にした受験票の番号は確かに掲示板にあって、玲音は嬉しくて泣きそうになった。と、同時に頭にあの人が浮かんだ。葉佐高校の先輩、あの日助けてくれた彼に会えるだろうか。心臓がどくんどくんと鳴る。名前も聞けなかった彼を思い出そうとする。第一印象は背が高くてスラッとしていたように思う。それから、セットされた黒髪にキレイな目をしていて、……何だかとても男前だった。玲音の口の端が上がる。どうしても、ニヤけてしまう。会えたらなんて言ってお礼を伝えよう。玲音は弾む気持ちを押さえて葉佐高校を後にした。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

処理中です...