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第三章

戒心散花 21

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 ◇

 アイリスとローガンが三軒目の被害者宅から出た丁度その頃。

 リトはアイリスの住むアパートで買い込んだお菓子を食い散らかしながら時計を眺めていた。

「あー、もう夕方の六時か……」

 いつもならそろそろ夕食の時間だ。

 そう考えた瞬間、俺は自分の顔を両手でバチンッと叩く。

「……なぁーにが夕食だよ……。
くそっ、あいつといすぎて変に感化されちまった」

 元々は路地で溝鼠の如く生活してた俺は、そもそも一日三食の飯なんて碌に食べれた事なんてなかった。

 俺の今までの日常は、人を殺して金を得て、その金で食べれるだけ食べて。

 ただそれだけの日々だった。

 それが、ちょっとでも心の中であいつの飯を今日は食べれないのかと残念に思ってしまう自分が腹立たしくて仕方がない。

「そうだよ。あいつが居なくて今せいせいしてんだ。
このまま帰ってこなければ……」

 そこまで考えた時に、腹からぐぅ、と虫の音が聞こえてきた。

「いや、腹なんて菓子で満たせるし」

 俺は持ってるポテチを無理矢理食べて空腹を誤魔化す。

 それでも、今日一日菓子しか食べていないせいか、あまり腹は満たせない。

 ……いや、待てよ?

 そもそも俺、……?

 たった数ヶ月前までの俺はどうやって生活していた?

「……これが平和ボケって奴か?」

 俺は家主が不在の部屋で一人項垂れた。



 ◇

 夕方の七時頃。場面は変わってアイリスとローガンは共にサリーの家を出た後、街に向かって歩いていた。


「しっかしまあ、不倫する側が悪いのは確かだが、不倫する側も可哀想だったりするよな。
まあ、俺が言えた義理ではないが」

 アイリスの横を歩いていたローガンの呟きに、アイリスはそれはどういう事だと反論する。

「婚姻関係がある以上、不貞行為する人が有責なのは当然じゃないの?
可哀想も何もないと思うけど」
「そりゃあ百%不倫した側が悪いけどさ。
結婚したのに相手にされなくなったら辛いもんもあるんだぜ?」
「ふーん、じゃあおじさんもそうなの?」

 アイリスの問いに、ローガンはかぶりを振る。

「俺の場合は妻と関係が不仲だとか相手にされないとかじゃないな。
ただ俺が一人の相手じゃ満足出来ないっていうクズなだけだ。
まあ妻もそれを知っているしお互い見合い結婚で恋愛気分なんてのもなかったし、俺は例え妻が浮気してても何とも思わないから妻もそうだろうよ」

「ふーん、そう、なんだ」

 アイリスはローガンの言葉を聞いてチラリと道向かいの家の物陰を見やる。

「でも、それはおじさんのただの思い込みかもしれないよ?」

 アイリスの言葉にローガンは「は?」と顔を顰めて反応する。

「それはどういう事だよ?」

 ローガンがそう尋ねた瞬間、アイリスは側の街灯を駆け上がり瞬く間に道向かいの街灯へと飛び移った。

 それからすぐに家と家の間の薄暗い路地へと入っていく。

 それを見たローガンは呆気にとられる。

「……は? いやいや、急にどうしたんだよお前!」

 そう言ってローガンは慌ててアイリスを追いかけようと道を渡ろうとしたその時。

 ボンっと何かが爆ぜる音がした。
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